第6話
sideミーラ
あのワイバーンが来てから村は変わりました。余裕のあった村は過去のものです。一ヶ月前も徴税官が村へ来ました。村長と貴族が話していました。貴族に敬称は使いません。私が偉いと思う人にしかこれは使うつもりは無いです。でも直ぐに使うに値する人が来ました。
中の良い友達は皆、次々と他の村へ逃げていきます。私にはそんな場所はありません。みんな余裕が無い。私も生きていくだけで精一杯。
とうとう、村に残っている若い女性は私一人となりました。みんな私をあの手この手で逃がそうとしてくれましたが時に現実は残酷です。だってみんながこんなにも頑張っているのにそれが報われていません。
突如として村に響き渡る音。それは誰も聞いたことのない音でした。空に二本の白い線がうっすらとあります。
「敵性個体を発見。ノーネーム、エンゲージ。Fox2。」
大きな翼が二枚。小さな翼が後ろに二枚。太陽に照らされた黒い鳥は矢を放ちました。それもまた一筋の白い線を空に残してワイバーンを叩き落としました。
数分後また別のもっと大きな鳥が現れて下に降りてきました。
村中が大騒ぎです。だってこの悪循環の元凶が倒されたのですから。喜んでいる人が大半ですが……。遅いと嘆いている人もいます。私はどちらでしょうか?私は自分の事が分からない。
一部の勇気ある若者が鳥を見に行きました。曰くそれは真っ直ぐな翼を持ち、上に三本のかぎづめを持っているということです。村長やリベレそれにみんなは相談して一つの結論を導きました。
とりあえず監視をするだけに留める事にしました。それが決まって数時間たった頃、監視の一人から連絡がありました。
「鳥から人が出てきました!」
血相を変えて報告を村長にしています。村長はとりあえず来させるように返します。周囲には未知の恐怖が伝播していきます。
何者なのか?何をする気か?皆知りたがっています。
それからしばらくして彼が現れました。彼は自らを武器商人と名乗り、私達に武器を売り込み始めました。村長と話しているそうです。私も気になり見に行く事にしました。この地方では珍しい服を着た少年が武器を売り込もうとしています。あれ?私を今見たような気がする。…………やっぱりそうです。でもその後彼はまた村長と話し始めました。
その時です、村長が話しを中断して出てきました。彼にはトイレだと話したそうです。わざわざ嘘をつかなくても素直に言えば良いのに……。
「ミーラ、一回しか聞かないからきちんと答えてくれ。君はこの村を離れてでも生きたいか?」
……どうしてそんな事を聞くのでしょうか?とうに諦めた事なのに……。生きたいです、でもそれは叶わない願いです。皆の努力を否定したく無いですけど……領主に勝てるとは思えません。
私に質問をしてきた村長やそれを見守る他のみんなが優しい顔をしているのが気になります。長い長い時間。永久とも思えるふわふわした時間。わたしは……。
「でも、みんなと離れるのは。」
「それ以上言わないで良い。君は優しいからそういう答えを言うのは予想していた。だからみんなでこれは決める。」
村長は村人全員を集めてこう問いました。見知った顔ばかりです。皆、私を慈愛や自己犠牲何か形容し難い目で見ています何故?何で……?
「既にリベレから聞いたと思うが武器商人の武器とミーラを交換しようと思う賛成する者は挙手をしてくれ。」
言葉の意味が分かりません。いや本当は理解する事を拒否していました。そしてほとんどの手が挙がります。
「では賛成多数でこの案を実行する。ミーラ済まない、恨むなら私を恨んでくれ。」
私はただその場に立ち尽くしていました。それから色々な人が私に会いに来て何かを言っていきます。そして意味の無い音が私を通り過ぎます。
「ミーラ、聞いてるか?さよなら、また何処かで会おう。」
「…………みんながお前に生きて欲しいと思ったからこうなったんだ。幸せに生きてくれ。」
「元気でな。俺達は大丈夫だから心配するな。」
「ミーラ、奴隷は権利が保障されてる。一週間に一回の休日と一日三食これが無いときは主人に申し立てろ。」
今思えば最後の言葉は凄くリベレらしかったです。ぶっきらぼうで変な知識を持っている。担保何て言葉を知っていたのも彼ぐらいです。
この後私は初めて彼に会いました。信じられないことに彼は名前を忘れていました。その上私に名前を決めてくれと頼んできました。私は自然とある名前を口にしました。古代の英雄です。ユータ。その人は猛々しく戦い、魔王と刺し違えそして死にました。ユータは誰もが知るヒーローです。黒髪で黒目。絵本の中のユータに彼はそっくりでした。
彼への感謝と村のみんなへの申し訳なさが矛盾を引き起こす。私は嬉しいのかそれとも悲しいのかどうしても分からない。
私は彼に全てを話しました。それは贖罪のようなものでした。ユータ様はそれを聞こえなかったと言って軽く流してしまいました。優しい人です。
その後私が上から見た黒い鳥が横に並びました。ユータ様が説明をしてくれます。上から見ると空に溶け込むような色をしています。
ユータ様は何者なのでしょうか?名前も忘れているとなると自分の事を説明できないのでしょうか?
何か可愛そうな気もします。自分の名前すら忘れる程辛い出来事があったのでしょうか?
やがて彼の本拠地が見えてきました。もう寝ていてもおかしくない時間です。私の目の前には多くの灯りがあります。私は彼にこう尋ねます。
「こ、これは何ですか?」
光魔法を使える人でもここまで多くの明かりは一度に維持できないはずです。だけども彼の答えは後で教えるといったものでした。完全にはぐらかされています。
全然信用されてないみたいですね……。彼からみたら騙されたようなものでしょうから。
それにしてもきれいです。一列に並ぶ光源がずっと奥まで続いています。私の短い人生でこの景色は初めて見ました。
ぼーっと眺めていると彼は新たな物で移動するようです。ハンヴィーという少し馬車に似た乗り物です。私は彼の隣に座ります。
そういえば私は彼にとって何なのでしょうか?担保と村長は言っていましたが村にお金が無いことぐらいみんな知っています。私が彼の所有物となる日も近いのでしょう。でも今の私は何にあたるのでしょうか?
そんな事を考えていると食堂につきました。どうやら彼は村の人と同じで暗いところは見えないようです。私は獣人の血をひいているので暗いところは普通に見えます。私は彼の案内をすることにしました。こんなにも広い所です。きっと彼も知らない所があるのでしょうね。
突然、彼が思いついたかのように明かりをつけました。私は驚いて彼を巻き込み、後ろに倒れてしまいました。その時に思った事があります。
彼は少なくとも表面上は、私と何ら変わらない普通の人です。私を支えることもできないただの人です。私は心の何処かで彼を誤認していたようです。私は彼に手を差し伸べました。彼が立ち上がれるように。彼は気まずそうに目をそらしながら立ち上がりました。
私は彼にもう一度何者なのか尋ねてみました。すると彼はこう答えました。
曰く、武器を召喚して使うことが出来る。名前とか身近な事は覚えていない。寂しいから武器商人となった。
彼のスキルは人ならざる強さでした。少なくとも私の持つ『小さい幸運』のスキルよりも希少です。私は彼に一つお願いをする事にしました。何か対価を求められたら全てを差し出すつもりです。
「どうか、そのスキルで村のみんなを助けてくれませんか?」
彼は当たり前のようにもちろんと答えてくれました。救えるものは救う。彼には感謝しかありません。いつの日かきちんとお礼を言いたいです。そんな日が来ることを祈ります。
所で、私が作った美味しい料理を彼が苦笑いして食べていたのはどうしてでしょうか?私は美味しいとおもうのですが……。その理由がわかる日もいつか来ると良いな。私のささやかな小さな願いです。
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