第46話

冬が先に寝て、リビングにトラジとにーちゃんは戻ってきた。


「トラジ、母さんにバンドの話は?した?」


「あー、それな。新しい事務所に移動になったんすよ」


「二郎くん、もしかして…無理して来たんじゃない?」


「いやいや。関係ないっすよ。俺はちゃんとデビューできるかわかんねー。けどさ、まあベースやれるならいいけど」


「トラジかっけー」


「トラジはベースうまいのに、なんでみんなわかんないの?」


「ありがとよ、春。生意気に見えんだろ?たぶん。んじゃ、仕事だから帰るわ」


「えーもう?」


「秋、用があればすぐ電話しろよ?春、病院木曜だろ?俺行くから」


「うん、わかった」


トラジはにーちゃんの病院の付き添いをしている。母さんだけに負担にならないように…というか、トラジはにーちゃんといたいからに違いない。


「あー!二郎じろう!」


「兄貴遅いから」


玄関から騒がしい声。父さんの帰宅だ。


「冬は?泣いてなかった?」


「寝てたしー。お前が泣いてたじゃん」


父さんは今日もトラジに電話したってこと?


「だって…二郎に会いたいだろうに、仕事の邪魔したらいけないと思って気を使ってる気がして。…バンドは暇?」


「うっせー。ライブハウスの仕事は毎日のように入れてるっつーの。あと事務所変えたから」


「えー!?どういうこと?仲間割れ?」


父さんはしつこくトラジを捕まえているようなので、玄関を見に行く。


「あーもう。秋、説明しとけ。じゃ」


「もう帰るの?ご飯は?」


「食ったから。じゃ」


父さんはトラジ大好きだ。

見送りながらも名残惜しそう。


「トラジは父さんのせいで慌てたんだって」


「な、なにー。そうかぁ…二郎…一緒に住んでほしいのになぁ」


「父さんと毎日会いたくないって言ってた」


「そんなのありえないよ!…あ、冬は?寝てるんだよね?」


「父さんうるさいー。静かにしてよ」

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