決着

 おれは、一旦後退し、呆然とこちらを見つめるラナンの元へ戻った。


 突然、戻ってきたおれを認めたラナンは、正気を取り戻したのか、龍の姿でも分かりやすく狼狽えている。


「ど、どうしたのです?」


「すまない、ラナン。人の姿になってくれないか?」


 おれは彼女の鼻先を撫でつつ、そう端的に伝えた。


 事情を説明する暇がないことを説明せずとも分かってくれたらしい。


 何も言わずラナンの体が淡く光り、瞬く間に人の姿へと変わった。


 そこでラナンの白く柔らかい肌に作られたおびただしい数の傷を見て、おれは改めて腹の奥底からふつふつと怒りが込み上げた。


「これ羽織って」


 おれはすぐにコートを脱いでラナンに寄越すと彼女はゆっくりと羽織る。


 その間にラナンへ気持ち程度の〈治癒魔術〉をかけ止血した。外にいる聖騎士に頼めば傷痕を残さず治してくれるだろうから、今はこれだけだ。


「随分と余裕だな!!」


「アセビ?!」


 少年の姿をした魔族の声が背に投げ掛けられ、続いておれの背後を見たラナンが声を上げた。


 魔力と気配から察する所によれば、おれに向かって魔法が放たれたのだろう。


 ——だが、問題ない。


 ちらりと背後を見やると、おれが発動した魔術が、魔族の魔法を阻んでいた。


「大丈夫、〈空間を隔絶する魔術〉だ。ラナン、二度と君を傷つけさせやしないよ」


 格好をつけたものの、そこそこの規模の魔術を発動しながらだ。決着を急ぎたい。


 おれが魔術の範囲内から出ようとすると、弱々しい力に邪魔された。


 見ると、ラナンがおれの服の裾を掴み、無言でこちらを見つめていた。


「心配ないよ」


 もうこれ以上この娘を傷つけない為に必ず奴らを殺す。


 そんな黒い思いを隠すようにおれはわざと荒々しくラナンの頭を撫で回した。


 ラナンが手を離してくれたので、おれはようやく決着を付けるため魔術の範囲から外に出た。


 瞬間、白い斬撃がおれの頬を掠めた。


「茶番は終わりか?」


「ご丁寧に待ってくれていたのか?」


「秩序の者はそうするだろう。あとはそうだな……我が名はセクムト、厄災候補である」


 セクムトは、まるで誇り高い貴族のように声高々と名乗った。


 しかし、なるほど。これでセクムトの魔法に合点がいった。


「なんだお前、『絶断ぜつだん』の後釜か」


 ここで初めてセクムトの顔から人をくったような笑みが消えた。


 『絶断』は、おれがリュカやエイデン達と旅をしていた頃に戦い、葬った厄災の一柱だ。


 『絶断』の名の通り、万物を切断するなんとも危険極まりない相手だった。


「——〈貫く魔術〉」


 セクムトと話しながら不意打ちに放った魔術が少年の姿をした魔族の右膝を撃ち抜いた。


「な、なぜ?」


 自分がおれの魔術に反応出来なかったことを疑問に思ったのだろう。


 先程放った〈貫く魔術〉は、〈加速する魔術〉を掛け合わせた少し違う魔術だ。故に、狙いが僅かに逸れてしまった訳だ。


 それを奴らに教えるつもりは毛頭ない。


「〈貫く魔術〉……」


 おれが詠唱すると少年の姿をした魔族は、怯えた様子で前方を魔力障壁で固めたが、無意味だった。


 少年の姿をした魔族の胸の中央を含めた複数箇所を〈貫く魔術〉が撃ち抜いた。


「ッ?!」


 誰もこの魔術は、なんて言っていない。


 遠隔で魔術を発動することなどそこそこの修行を積めば難しくない。


 少年の姿をした魔族が塵になったことで、残りはセクムトだけとなる。


「ほら、一騎討ちだ」


「……虚勢を張っても無駄だ」


「?」


「ララークを含め貴様はかなりの数を魔術で殺し、更に後ろの龍にかなりの規模の魔術を使っている」


 おれはいくつかの白い蔓術式を構築する。


「魔力切れは必然だろう!!」


 おれとセクムトが互いに向かって駆け出したのはほぼ同時だった。


 飛んでくる幾多の斬撃をなんとか無理のある体勢で躱す。


 明日からしばらく筋肉痛になりそうだ。


「ハハハ、滑稽なダンスもこれで終わりだ」


 瞬間、セクムトの鋭い突きの延長線上に放たれた鋭利な魔法が、的確におれの心臓へと向かってきた。


 それをおれは、


「なっ?!」


 目の前の光景が理解出来ていないのか、セクムトは目を見開いている。


「自分で言ったじゃないか。これが〈〉だ」


 おれの胸の前で右手の周囲で白い稲妻が爆ぜた。


 ——〈魔法を殺す魔術〉。


 この魔術の仕組みは至って単純。


 相手の魔法を解析し、同じ現象を起こす魔術式を構築する。そして、更にそれを打ち消す魔術式を構築する。


 後は——、


「触れるだけだ」


「ふざけるな!!」


 激高するセクムトが放った魔法をおれは、冷静に無効化した。


 そして、この魔術はただ魔法を無効化するものではない。


 おれが左手を横に薙ぐと白い斬撃がセクムトのロングソードに直撃し、切断した。


「————ッ?!」


 セクムトが、悲鳴とも取れる絶叫を上げた。


 魔法とは、魔族の誇りだ。


 それを解析され、無効化され、魔術によって再現される。魔族にとってこれ以上の侮辱はないだろう。


 魔法を、魔族を尊厳ごと殺す魔術師とはよく言ったものだ。


「お前の魔法は、『絶断』の真似事だ。そして、奴の魔法は既に。——詰みだ」


 おれは、残りの魔力を使い、〈万物を切断する魔術〉を前方に向かって放つ。


 瞬間、セクムトの背後のラナンを縛る運命禍々しい扉が、細切れになった。


 そして、勿論——、


「ガ、ッハ」


 数秒遅れて地面にバラバラとセクムトも崩れ落ちた。

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