一割の脅威
おれが洞窟前に着いた時には、既に聖騎士団が集合していた。
中にはかつての大戦で見たことのある大物もいる。
そんなこと今は関係ないと洞窟の入口へ行こうとすると、一際若い聖騎士が険しい面持ちで寄ってきた。
「少年、今ここは危険だ。近づいてはダメだ」
聖騎士の物言いに少しムッとする。少なくとも目の前の彼より十は歳上だと思う。
だが、すぐにおれの見た目は、十六歳程度だったことを思い出した。
「いや、そうは言われても行かないと」
「ダメだダメだ」
民間人を思うよい騎士だ。さすがはアルスさんと言った所だろう。
ところで、おれは現在進行形で〈若返る呪い〉を相殺する為の〈老いる魔術〉に全体の九割の魔力を割いている。
そして、更に残りの一割の大部分を消費して魔力に制限をかけている。そうすることにより混沌側に見つからず安全なのだ。
たった一割。されど一割。
おれの魔力は、人生の大半を費やした修行の成果と才能、恵まれた師が相まってそれだけ膨大なのだ。
おれは一つ息を吐く。
肩の力を抜き、全身脱力していく。
次の瞬間、おれの全身から人族にしては大きい一割の魔力が溢れ出す。
おれが突然魔力の制限を解除した為、聖騎士団が抜剣し、おれを取り囲んだ。
「どういうつもりだ?!」
「今、君達の相手をしている暇はないんだ。入口の結界が解けずに苦戦しているんだろう?」
「何故それを……」
やはりそうだ。
精鋭揃いの聖騎士達が洞窟を目の前にして足踏みをしている理由などそれくらいしか思い当たらない。
「おれならその結界を解ける」
聖騎士達に見えるよう挙げた右手には〈洞窟入口の結界を解除する魔術〉の
散々殴ったのだ。解析はかなり前に済んでいる。後はこの右手で触れるだけだ。
「し、しかし……」
聖騎士達がザワつく。
彼らだけで部外者を通すべきか判断しかねるのだろう。
仕方がない。時間がないので実力行使に出るとしよう。そう思った時、奥から聖騎士達が捌けていく。
「通して差し上げろ」
聞いたことがある声だった。
聖騎士達の中から出て来たのは、鼻筋に一本の傷痕がある中年の色男グライスだった。大戦の頃、かなり世話になった人物だ。
「やあ、グライス殿。やっと出てきてくれたね」
「困りますよ、アセビ様。殺気を放つものですから部下達が怖じてしまっております」
「それはすまない。で、通っていいのかな?」
「はい、アルス様には私から」
ならば安心だ、と聖騎士達の中央に出来た道を通って洞窟の入口の前に立つ。
そして、おれの右手が触れた瞬間、薄い硝子のように結界は砕け散った。
「あ、来てもいいけど今のおれに周りを気にする余裕はないよ」
洞窟に足を踏み入れる前に振り返ると、グライスと目が合ったので、一応注意した。
グライスは、目を丸くした後、すぐにふっと微笑を浮かべた。
「変わられましたね。貴方が他の有象無象の心配をされるとは」
「最近よく言われるよ」
おれは、軽く手を振ってから洞窟へ足を踏み入れた。
そんなに変わっただろうか。
◆
「よかったのですか、隊長?」
若い聖騎士がグライスに尋ねた。
不安そうな聖騎士に対し、グライスは様になる所作で耳にその長い黒髪をかける。すると、青いインナーカラーが露になった。
「あの方ならまあ大丈夫だろう」
それにしても、とグライスは笑う。
「今回攻めてきた混沌の者は実に気の毒だ」
「?」
首を傾げる聖騎士達に説明するようにグライスは続ける。
「聞いたことくらいあるはずだ。最も混沌の勢を、特に魔族を葬った魔術師だ……何故か幼くなっていたが」
◆
以前との差異で魔術を使うことにストレスを感じていた為か、たった一割でも大分様子が違う。
〈加速する魔術〉もその効果が上がりあっという間にあの街に到着した。
途端に魔力とは違う禍々しい気配に吐き気を催す。魔界と繋がった空間の捻れから漏れ出た独特の気配だ。
そして、奥の城からは、ラナンとそれ以外の魔力を感じる。
◇
ラナンの魔力がかなり微弱だったことは気のせいではなかった。
城の入口を潜って次におれが視界に捉えたのは、傷だらけラナンとそれにとどめを刺そうと何らかの魔法を放とうとする魔族の男、それを遠巻きに眺める魔族と魔物達の姿だ。
かつてないほど憎悪にも似た怒りの感情が、腹の底から湧き出るのを自覚する。
すぐさま冷静に遠隔で〈防御魔術〉を発動し、ラナンを守った。
「やあ、ラナン。呼んだかい?」
ラナンの元に寄った後、可能な限り優しく彼女を撫でる。そして、安心させようと出来る限りの笑顔を浮かべた。
「ごめん。全然、間に合わなかった」
本当に間に合わなかった。
あんな威勢のいいことを言っておいて。
大魔族が発動した〈防御魔術〉を破ろうと魔法を放っているのが分かる。
背中に大魔族の男が声を投げかけてくる。
「貴様、何をした?」
ただ、一般的に使われる〈防御魔術〉を少しいじった魔術を使っただけだ。
それよりも、だ。
「……それはこっちの台詞だ」
おれは振り向きざまに右手を突き出し、距離を詰めている混沌の勢を〈防御魔術〉で扉の前まで押し返す。
奴らはいつもそうだ。
別におれ達を殺す理由もないのに、無意味に殺戮を繰り返す。おれの大切な物を傷つける。
秩序側を殺すこと楽しむように作られているから仕方がないと言えばそこまでだが、おれはこの憎悪を、怒りをぶつけずにはいられない。
「獣風情が、よくもここまでやってくれたな」
「貴様!!」
「待てレーニャ!!」
挑発に乗り一人の少女の魔族が飛び出した。
ラナンと出会う前から感じていた。ほんの僅かな魔力でも使える効率的に奴らを殺す為の魔術の必要性。
その考えは、ラナンと出会ってから増し、そしておれは術式の開発を常に並行して行ってきた。
「術式……完成……」
不完全ながら実戦で使える程度の魔術。
おれがレーニャへ右手を突き出し、術式を構築すると、白い蔓が生え出る。
そして、不完全が故に呪文で術式を補う。
「——〈貫く魔術〉」
不慣れな呪文を呟くと同時に右手の先から放たれた細く白い光線は、狙い通りあっさりとレーニャの額を貫き、背後の魔物の胸の中央も貫いた。
殺す為だけに作った魔術だけあって二体はあっさり絶命し、黒い粒子となり霧散した。
「弱点まで人の真似事か?」
本当に奴らの醜さに吐き気がする。
効率的に秩序側を殺し、喰らい、もしもの時に命乞いをする為に進化したのだろう。
「ククク、思い出したぞ。アセビ、『蔓纏いのアセビ』だ。魔法を尊厳ごと殺す魔術師、憎き同胞の仇!」
「仇って言葉を口にする時はもっと怒りに顔を歪ませるものだぞ」
愉快そうに口角を上げる大魔族の男から見て分かる通り、混沌側に仲間を思いやる心など備わっていない。
「だからなんだという話だがな——〈貫く魔術〉」
呪文詠唱を
そんな中、少年の姿をした魔族が放った
「調子に乗るな!」
やはり、油断は禁物だ。
「ああ、気をつけるよ」
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