龍の姫とこれから
攻め込んできた混沌側との戦いは、今となっては呆気ないとさえ感じた。
アセビは、セクムトが完全に霧散するのを見届けると、こちらへ向いた。
一瞬だけ見えたアセビの眼には、光がなく体温が奪われてしまいそうな程冷たかった。
しかし、私と一瞬目が合うと、一度気まずそうに目を逸らし、次に向けられた時は元の気だるげで優しい眼に戻っていた。
アセビの歩調に合わせ、彼の頬からセクムトのものと思われる返り血が霧散していく。
いつの間にか、私を取り囲んでいた魔術も消えていた。
「さて、ラナン。これでゆっくりと話せる……と言いたい所だけど……」
アセビの顔に浮かべられた腑抜けた笑みが引っ込み、代わりにこれから叱られることが分かっている子供のような表情が浮かべられる。
「怒り任せに洞窟内の目につく結界全部破っちゃったから、その、魔物が……」
「おバカ!!」
思わず叫んでしまい、全身に激しい痛みが走った。
この洞窟には、住み着いている魔物を弱らせ、街があるこの空間に侵入しづらいよう結界を張ってあったのだ。
それが破られたということは——、
——kkyyyy
——grrrrrr
洞窟から無数の不気味な声が木霊し、ここまで響いてきた。
普段ならまだしも、現状、私達では大人しく奴らのお腹に収まるしか道がない。
「ええと……ッホン!」
アセビは、一度わざとらしい咳払いを挟み、見事な動きで私の前に跪く。
「なあ、ラナン。提案があるんだ」
私は、これからアセビの口から出てくる言葉が分かった。それは、きっと私が心の底から求めていたものだろう。
「おれと一緒に来ないか?」
ゆっくりと差し出された手。
私は、アセビのその手を握ろうと手を上げ、そして、躊躇った。
先程まで私が傷ついたことを怒り、守るために戦ってくれた彼に恐怖した私にこの手を握る資格は、果たしてあるのだろうか。
瞬間、私の手をアセビが掴み、強く握った。確かに伝わってくる彼の熱。
「そもそも、これは
ハッと顔を上げると、そこには悪戯に成功した子供のような満開の笑みが咲いていた。
「……ずるいですね」
そして、なんて優しいのだろう。敵う気がしない。
なら、私がすべきことは一つだ。
私は、この粗野でだらしなくて——本当は強くて……少し格好いい彼が、どこかへ消えてしまわないようにこの手をしっかりと握っておこう。
私は、アセビの手を握る力を少し強くする。
「アセビにしてはなかなか様になった動きでしたね」
「イメージトレーニング頑張ったからね。戦いながら何度も考えた」
「真面目に戦ってください!」
「それじゃあ、早速」
「きゃっ」
アセビは、私の手を引き勢い殺すことなくそのまま私を背におぶった。
私も大人しくされるがまま。そして、彼の首に手を回す。
なんとも失礼なことにアセビは、「おっとっと」と少し体勢を崩しそうになるが、すぐに姿勢を安定させた。
「羽のように軽いでしょう?」
「……はい」
半ば脅迫のように尋ねると、アセビは小さく頷いた。
その後、アセビは幾つかの魔術を発動したらしく、私を含めて白い蔓が生え出て纏わついた。
一瞬、驚いたがアセビの魔力とその温かさが心地いい。
——kshaaaaaaa!!
雄叫びを上げ緑色の肌をした巨大な人型の魔物が洞窟へ繋がる入口から入って来たのが見えた。
それを皮切りに虫型やら獣型やらの複数の魔物も侵入して来た。
「よし……舌、噛まないでよ!」
「ちょ、ちょっと?!」
アセビは、勢いをつけ駆け出し、私が着ていた洋服を拾い上げ、城から飛び出した。
あまりの速さに私の目から水分が奪われ、少し痛い。
私がなんとか目が痛くない角度を見つけ、視界を確保したのとほぼ同時にアセビは、城から出てすぐの転落防止用の腰程までの壁に足をかけ跳んだ。
「きゃあああああ!!」
こんな少女のような声が私の口から出ているなんて信じたくない。
「こら、口閉じて!」
アセビに言われ口を閉じる。
視界の端で揺れる結われた草色の髪と同じ拍子で軽やかにアセビは、建物の屋根から屋根へと跳び移って行く。
「おっと」
飛び掛ってくる魔物達も軽やかに躱して止まることなく、矢のような勢いで進んで行く。
しばらくすると感覚が麻痺したのか、小さく悲鳴を漏らしながらも内心、楽しく思う。
そして、それは表面にも出てきていつの間にか私は笑っていた。
「もうすぐ着くよ」
アセビの言葉に釣られ前を向くと少し先が眩しく光っている。
あの光の先がずっと待ち望んでいた外の世界——。
◇
洞窟から外へ出て気力が尽きたのか私は意識を失ってしまったらしい。
気がつくと知らないベッドの上で寝かされていた。
痛みが起こらないようゆっくりと体を起こしていく。
徐々に視界は、天井から下方へ移っていき、包帯が巻かれた右手と同じく包帯が巻かれた左手を握りながらベッドに突っ伏し、寝息を立てるアセビがいた。
そっと長い前髪に触れると、無邪気な寝顔が現れ、それを見て私はなんだかほっとした。
枕元には綺麗な髪飾りが置かれていた。手に取り見ると二匹の青い蝶の細工が施されている。
添えられていた手紙には、短く『親愛なるラナンキュラスへ』と記されていた。
その不器用さにクスリと笑ってしまった。
——私は知っている。人族が婚姻の際、指輪を交換する文化があることを。
——アセビは知っているだろうか。龍族が婚姻する際は、髪飾りを交換することを。
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