もう一度会いに行く
積もった落ち葉を踏みしめる感覚が、足の裏から伝わってくる。
乾き冷たい風に温度を奪われたのか、体が小刻みに震える。
「うぅ、寒」
洞窟に入る前は、初夏だったはずだ。
青々と茂っていた葉は、褐色に変わり地面に落ちていることを鑑みるに今の季節は冬だろう。
森から伸びる道を歩けば、すぐ街に出た。
目的なくふらふらと歩いていると背後から声がかけられる。
「おい、坊主!生きてたのか!」
振り返ると恐らく体格のいいスキンヘッドの中年男性が、こちらに手を振っていた。
以前、洞窟に関する情報を聞いた冒険者ドッカスだ。
◇
ドッカスに連れられ冒険者組合の建物の中に入った。
暖炉に一番近い席に着き、体を暖める。
すると、ドッカスは二つの湯気が上がるカップを持って来て、片方をおれに差し出してきた。
それを有難く受け取り、カップの中の紅茶を飲む。
「あれから半年以上経っても出て来ないからもう死んでるもんだと。だってほら、坊主魔術師名乗ってる割に魔力がほとんどないから」
「半年……」
改めて時間の感覚が、人族のそれからかけ離れていっていることを自覚した。
〈若返る呪い〉により偶然にも不老となってしまったことが原因だろう。
正直、洞窟に潜ってから一ヶ月程度しか経っていないと思っていた。
「まあ、出て来れてよかった。これは噂なんだが、」
突然、ドッカスの声が小さく低いものに変わった。
それに反応し、カップを持ち上げようとしていた右手が中途半端な高さで止まる。
おれがカップを机の上に置き、少し顎を引いたのを見てドッカスは、続きを話し始める。
「最近、教会の聖騎士達がこの街の外れに拠点を構えてるらしい」
教会は、秩序の女神を唯一神とし、この大陸で最も信仰されている。
その権力は国に縛られず、独立していると言ってもいい。だからこそ余計疑問なのだ。
「どうして聖騎士達が……」
まさか、ラナンを討伐しに来たのか。
いや、ドッカスから事前に洞窟内に龍やドラゴンがいるなんて話聞かなかった。
だから、ラナンを初めて見た時、かなり衝撃的だった。
故に、その説はほぼない。
「なんでもあの洞窟の中の遺跡にあるヤバい物が目当てらしい」
ドッカスが言うヤバい物は、十中八九あの扉のことだ。だが、そんな物を今まで何故放置してきたのか不思議でならない。
「なんで今なんだ?」
「十二大司教のアルス様の指示らしい」
あのばあさんの仕業か。
教皇に次ぐ権力を持つ十二大司教が絡む案件だ。ラナンがおれを強引に追い出した意図は理解出来た。それと同時に、今のおれには荷が重すぎることも。
ラナンは龍であり、彼女の魔力はとても膨大で厄災に匹敵する。更に魔法も扱えるらしい。
そこに聖騎士達が加わるのだ。彼らの実力は、六年前の大戦で共闘したこともある為、よく知っている。
おれが介入する余地は悔しいがどこにもない。
「それにしても洞窟に潜っていたとは思えんな」
突然投げかけられたドッカスの言葉の意味を理解出来ずにいると、彼は自身の後頭部を指差す。
その仕草で気づく。
ラナンから貰った髪を結う紐がそのままになっている。
何が「覚えていたなら」だ。忘れられたくないくせに。本当は外に出たいくせに。
「素敵な
「どうりでな」
ドッカスは紅茶を一口飲み、ニカッと笑う。
「雰囲気がかなり変わった。で、そいつは?」
十数分前のことを思い出した途端、言葉が出てこなくなった。
「どした?」
「いや、色々あって」
「なんだ喧嘩かァ?」
近からず遠からずといった所だ。
「まあ、ただ——」
「ただ?」
「もう一度会いに行く」
決意は固い。
一瞬でもラナンを見捨てようとした過去の自分を殴りたい。
今まで何度、実力に合わない強敵を相手したことか。そして、その度に思考と工夫でそいつらを倒してきた。
「そうか。俺ァたまにかみさんと喧嘩するが、仲直りの度にプレゼントを渡してる」
プレゼントか。
ふと、ラナンがくれた紐と彼女の薄紫色の柔らかそうな髪が、頭に浮かぶ。
「ドッカス、ありがとう。体も温まったしもう行くよ」
「おう」
ドッカスの豪快な笑いを背に受け、組合の建物から外に出た。
◇
別にラナンのことを怒らせた訳ではないが、せっかくドッカスから助言を貰ったのだ。
それに貰いっぱなしも性に合わない。
そう思いおれは慣れないアクセサリー店へと来た訳だが、何がいいやら分からない。
「お客様」
「っひゃい!」
突然、背後から声をかけられ、声は上ずり変な返事が口から飛び出た。
慌てて振り返ると店員らしき綺麗な女性が立っていた。
おれの様子がおかしかったのか、口元を隠しくすくすと上品に笑っている。
「失礼しました。何かお探しですか?」
「あ、えっと、女性への贈り物を探しているんですが」
そう言ったのを聞くや否や、店員さんはおれが見ていたショーケースの中身に気づき、柔和に微笑んだ。
「こちらが気に入られたのですか?」
「まあ、彼女に似合うかなと……」
それは蝶が二匹あしらわれた青く上品な髪留めだった。
ラナンがこれを付けた姿を想像するが、薄紫色の髪と赤い瞳によく似合っている。
「いいですね、とても喜ばれると思いますよ」
「じゃあ、これを」
支払いを済ませ、サービスで綺麗に包装してもらっている間、店員さんが教えてくれた。
この地域では青い蝶は幸福を呼ぶとされ、その細工が施された物を恋人に贈ることが好まれるらしい。
「喜んでもらえるといいですね」
店員さんは、そう言うと洗練された所作で頭を下げた。
店を出て洞窟を目指し歩き出す。
よく見れば、街の広場に植えられた木の枝に小さな新葉が出ている。
「ラナンを連れ出した時には春だな」
そう明るい未来とラナンの笑顔に思いを巡らせた。
「————ッ?!」
次の瞬間、洞窟がある方角から禍々しい膨大な魔力を感じ、思わず背中が粟立つ。
おれの足は、考えるよりも先に動いていた。
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