第11話
「おいナイジェル、聞いたか?」
その夜、ベリエル伯爵邸の夜会に出席していたナイジェルに、サクスフォード伯爵が声かけてきた。
「聞いたとは何を?」
仲の良かった友人たちは皆次々と結婚し、最近は付き合いも減っている。
ナイジェルは一人寂しく時間を持て余していた。
あのライリーとかいう使用人が訪ねてきて、三週間が経った。もうすぐ約束の一ヶ月になり、本宅に顔を出さなくてはならない。
しかし結婚したい相手は見つからず、このままでは一人で帰ることになるだろう。
それも仕方がないと思っていた。
愛さないから子供だけ産んでほしい。
そんな条件で結婚してくれる女性は、なかなか見つからない。それでもいいと言う女性もいたが、ナイジェル自身がその女性と子作りする気が起きなかった。
女性なら誰でもいいと言うわけにはいかないものだと、自分が意外に好色ではなかったことに、彼も驚いていた。
「レックス侯爵家が最近使用人を何人か辞めさせたそうだ。もしかして、お金に困っているのか?」
「は?」
寝耳に水な話に彼は目を丸くし、そんなナイジェルの驚きぶりに、声をかけてきた伯爵は、おや、という顔をした。
「どういうことだ? 使用人を辞めさせた? 別宅ではなにもないぞ」
「そうか。ならいいが、まあ辞めさせられたのは若くて美人なメイドばかりだったから、すぐに勤め先が見つかったらしいが、突然暇を出されて驚いたと言って息巻いていたらしい」
「今本宅にいるのは祖父だけだから、人手が余ったのかも知れないな」
「やあ、ナイジェル」
そんな話をしていると、たった今来たばかりのミンチェスタ伯爵が、挨拶した。
「君に会ったら聞きたいと思っていたのだが、最近レックス侯爵家で…」
「使用人を何人か辞めさせた話なら、サクスフォード卿に聞きました」
またその話かとナイジェルはため息を吐いた。
「使用人? いや、私が聞きたいのは、最近レックス卿が女性を屋敷に住まわせているという件だ」
「女性を?」
それこそさっきの話より彼を驚かせた。
「実は君のところにいたメイドを、最近我が家で雇ったんだが、そのメイドの話では、突然レックス卿がどこからか女性を連れてきて、離れに住まわせているらしい」
「親戚の誰かか?」
二人が答えを求めてナイジェルの顔を見るが、彼には何のことかわからない。
「どんな女性ですか?」
「それが、離れには限られた者しか近づけなくて、そのメイドも会ったことがないそうだ。それでも遠くから様子を窺って、後ろ姿だけが窓から見えて、小柄な女性だったということだった」
「祖父が…女性を?」
「なんだ初耳か」
「ずっと別宅にいて、近いうち本宅に行くつもりでした」
状況が飲み込めず、ナイジェルはたどたどしく答えた。
「レックス卿の愛人ではという噂もある。なんだ。知らないのか」
ミンチェスタ伯爵は情報を得ることが出来ず、残念そうだった。
(おじい様に愛人? いや、おじい様は独身だから愛人とも言えないのか。確かにまだまだ女性との関係を諦める必要はないだろうが、まさか俺がなかなか結婚しないから、自分がもう一人子供を作ろうとしているのか?)
ワインを飲みながら、ナイジェルは窓辺でさっきの話について考えていた。
何人か女性に声をかけられたが、気もそぞろな返事しかしなかったので、呆れられてしまった。
「こんばんはレックス卿」
「やあ、ベリエル伯爵、お招きありがとう」
悶々としているナイジェルの耳に、主催のベリエル伯爵と祖父の声が聞こえてきた。
ベリエル伯爵は近いうち爵位を息子に譲り引退する。今夜は彼が開く最後の夜会だった。
そのため親交のある貴族が大勢詰めかけていた。
(おじい様?)
年齢を理由にここ最近あまり夜会に顔を出さなくなっていたが、ベリエル伯爵の顔を立てて彼もやってきたようだ。
窓辺の彼の位置から会場の入口は近い。首を伸ばすと人々の頭の向こうに祖父の頭が見えた。
「おや、そちらの女性はどなたですかな」
伯爵からそんな声が聞こえた。
(女性? まさか)
ナイジェルは慌てて窓辺から離れて伯爵たちがいるであろう方向へ歩いていく。
「ああ、こちらは…」
「失礼、通してください」
人の波を掻き分けて、ナイジェルが祖父の元へと向かう。
一番前まで躍り出ると、祖父の横にはくすんだ銀髪の女性が立っていたが、向こうを向いているため顔は見えなかった。
「おや、ナイジェル」
ベリエル伯爵が先にナイジェルに気づいた。
「ナイジェルか」
スティーブンもその声に後ろを振り返る。
そして彼から少し遅れて、女性がこちらを振り向いた。
「え」
鈍色の大きな瞳と幼い顔立ちを見て、何処かで見たことがある顔だと思った。
そしてすぐにそれが三週間ほど前にクラブにやってきた人物だと悟った。
「お、女…?」
驚きを隠せないナイジェルの耳に、さらにとんでもない単語が飛び込んできた。
「彼女はライリーと言う。訳あって我が家で世話をしている」
「ライリー・カリベールと申します」
ライリーは優雅にお辞儀した。巻いた髪がさらりと肩から前へ落ちる。
「ほう、レックス卿の邸に…どういったご関係ですか?」
「行儀見習いにと預かっております」
「いや、失礼。レックス卿が女性同伴など、珍しくてつい詮索してしまったよ」
「無理もありません。何しろ孫ほど歳が離れておりますからな」
ハッハッとスティーブンが笑い、伯爵もハッハッと笑う。
「ナイジェル、彼女と暫く一緒にいてやってくれ」
スティーブンがエスコートをナイジェルに託す。
話したいこともあったので、ナイジェルは彼女をさっき自分がいた窓辺からテラスへと彼女を連れ出した。
「騙したのか」
「何をですか?」
こてんと小首を傾げ、彼女はナイジェルの問の意味を尋ねる。
「何をだと。この前クラブで」
「私は正直に名前を名乗りました。何も騙しておりません」
身長差があるので、彼女は視線を上に向けて睨み返してきた。
「てっきり男だと…」
「服装も、あの服しかありませんでしたので、そうしたまでです。男だと勝手に思われたのは、そちらです」
本当のことなので、ナイジェルも返す言葉がみつからなかった。
「使用人ではなかったのか。おじい様とはどういった関係だ」
ナイジェルは自分でも思っていなかった強い口調で問い詰めるように言った。
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