第10話

 最初、嫁にというのはスティーブンのだと思ったが、よく話を聞けば嫁にというのは彼の孫息子のということだった。

 状況と相手が貴族ということもあり、ライリーは彼を家へ案内した。

 ライリーは知らなかったが、レックス家は侯爵で王都でも有名らしい。

 突然の大物貴族の訪問と、結婚の提案に両親は驚いて腰を抜かしていた。

 

「私にはもう孫息子のナイジェルしか身内はいない。だが、孫は頑なに結婚しようとしない。結婚を人生の墓場だと思っている」


 好きだから結婚するのと違い、貴族の結婚は義務のようなところがある。

 結婚して一人前ということもあるが、何より先祖代々続いた家門を守るということに重きを置いている。

 

「恥ずかしながら、ふらふらと遊び歩き、別宅にいて私からの話に耳も傾けない」

「お話はわかりましたが、なぜライリーなのですか? その…何処に出しても恥ずかしくない娘ですが、少々…他の令嬢方とは…それに、我が家とそちらでは釣り合いが…」


 担がれていると思っているのか、両親は半信半疑だ。


「確かに。ご令嬢のことも友人から話は聞きました」


 彼の言う友人とはオルージェでも有力者であるマヴェラス元提督だった。

 しかし社交界では今でも提督と呼ばれ親しまれている。一見強面だがライリーの道の駅もどきの店の品物を気に入ってくれている。

 ライリーも彼の家に何度か行ったことがある。

 彼と元提督は十代の頃からの友人で、気のおけない間柄らしい。

 最近彼の奥様が病気になって、その御見舞にと訪ねて、ライリーのことを聞いたらしい。


「しかし、身分ではなく私はご令嬢の気質が気に入った。実際にお会いして、容姿も実にお可愛らしい。うちの孫は放蕩者だが、見かけは私の若い頃に似て、自慢ではないがなかなかの男前だ」


 確かにレックス卿は自惚れでもなんでもなく、背も高く、ロマンスグレーでかなりのハンサムだ。若い頃はさぞかし女性にモテただろう。

 奥方は亡くなっているということだから、もしかしたら今でもモテているのかも知れない。

 その彼に似ているというなら、そのナイジェルという人物もそれなりなのだろう。


「でもそのお孫さんは、結婚する気はないのですよね。だったら素直に首を縦に振るとは思えません」


 ライリー自身も結婚は出来ればしてもいいと思っているくらいで、無理にとは考えていない。

 両親の様子をちらりと見れば、二人共困惑している。

 はっきり断る理由もないが、手放しで喜べないというところだろうか。


「閣下」

「どうかスティーブンと呼んでいただきたい」

「スティーブン様、娘は…商才に長けておりますが貴族令嬢としては、それは負の要素です。もちろん、我が家が困窮していたからそうなったので、娘には負担をかけました。親としては恥ずかしい限りです」

「お父様」

「しかし、娘には幸せになってもらいたい。今でも幸せだとは思いますが、一人娘なので、我々に何かあったときはこの子は一人になります。結婚して子供を設け、家族をつくってほしい」

「わかりますよ。私も孫に対して同じ気持ちです。しかもあの子はすでに両親もいない。お恥ずかしい話なのはこちらも同じです。両親のことであの子には辛い思いをさせました」


 いずれわかることだからと、彼はなぜ息子が亡くなったのかを話した。

 それゆえに、孫がさらに不憫だとも言った。


「貴族の結婚に愛情が必ずしもあるとは言い難いですが、それでも不幸な結婚だけはさせたくありません。少なくとも娘のことを大事にしてくれるという結婚でなければ…」


 高位貴族相手に不遜だと謗られても仕方がない態度だが、両親は精一杯ライリーのために言うべきことを言ってくれた。

 その姿が前世の両親と重なる。

 思うように就職出来ず、おまけに病を患い、膨れ上がった借金のために娘に苦労させていると、泣いていた両親。

 ここでもお金には苦労したが、肉親には恵まれたと思う。

 それゆえ、孫のことを案ずるスティーブンの気持ちも突っ撥ねられなかった。  


「もちろん、ライリー嬢のことは孫の嫁として必ず大事にする。レックス家の当主は私だ。誰にも文句は言わせない」

「ライリー、お前はどうしたい? お前がいいなら、私達は反対しない」


 オルージェの社交界では、ライリーは既に誰にも相手にされない。

 この先こんなうまい話が舞い込んで来る可能性は殆ど無いだろう。

 何より会ったばかりだが、ライリーはスティーブンのことを気に入っていた。

 放蕩者の孫息子とうまくやれる自信はなかったが、スティーブンが侯爵家の切り盛りを任せると言ってくれ、そっちの方が気になった。


「わかりました。よろしくお願いします。でも、もしお孫さんに他に好きな人がいたら、結婚の話はなかったことにしてもよろしいですか?」

「もちろんだ。その時はこちからそれなりに慰謝料を用意しよう」


 どちらに転んでもライリーには損はない。

 行き遅れる可能性はあるが、他に好きな人がいる男性と結婚は出来ない。

 彼に会う前に、まずはレックス家のことを知ってほしいと言われ、ライリーは一ヶ月後にはレックス家を訪れた。


  

 

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