第12話

「どのような関係をお望みですか?」


 ライリーは逆にナイジェルに尋ねた。


「ふざけるな。こっちが聞いている」

「先程スティーブン様が仰っられたように、レックス邸でお世話になっている居候です。今のところは」

「どういう意味だ?」

「私の立場はあなた様次第ということです。ですが、少なくともスティーブン様の愛人ではございませんわ」


 ナイジェルの杞憂を察してライリーは先に告げた。


「俺次第?」

「それよりも、来週が一ヶ月後です。お相手はどうされましたか?」


 彼女は彼のパートナーを探して窓の向こうの会場に目を向けた。


「先程はお一人でしたが、あの中にいらっしゃるのですか?」


 ナイジェルも肩越しに振り返ると、何人かがこちらを気にして見ている。


「いない。今夜は一人で来た」


 憮然とした表情でナイジェルが答えた。


「ええ! どうしてですか?」

「君には関係ないことだ」

「関係ありまくりですよ。本当に結婚したいと思う方はいらっしゃらないんですか?」


 前のめりになってナイジェルを責めるように言う。

 女性からのあからさまな媚や、思わせぶりな仕草には慣れている。すげないと責められたことや、他の女性との関係を問い質されたことはあるが、これはそれとは違う。


「ほぼ初対面の人間に失礼だな。それとも君がその相手にでもなるのか?」


 半分冗談で言ったつもりだったが、彼女の鈍色の瞳が僅かに揺れ動いたのを彼は見逃さなかった。


「まさか」

「おや、随分打ち解けているようだな。上等上等」


 固まった状態のナイジェルの背後から、スティーブンの声が聞こえてきた。


「おじい様」

「スティーブン様」


 ナイジェルには渋い顔をしていたライリーは、スティーブンを見てぱっと笑顔になった。

 幼い顔がますますあどけなく見える。

 自分と対峙した時とは違うその態度に、ナイジェルはなぜかムッとした。


(なんだ。俺とは随分態度が違うな)


「おじい様、この者はどういった理由で我が家にいるのですか?」

「いきなりだな。数ヶ月ぶりに会う祖父に挨拶もなしか」

「すみません。お久しぶりです」


 ナイジェルは頭を下げる。そしてすぐに疑問をぶつけた。


「それで、なぜおじい様が彼女と夜会に? どういう関係ですか?」

「矢継ぎ早だな」

「疑問はすぐに解消したいので」

「なぜここに来たか、だったな。伯爵の最後の夜会で人も多い。彼女のことを知ってもらうのにちょうどいい。お前に会えたのは予定外だったがな」


 それは嘘だろうと思った。きっと彼もナイジェルが来るだろうことは予想できていたはずだ。


「私との関係だが、彼女には我が家の離れに住んでもらっていて、色々と私の手助けをしてもらっている。今のところはな」


 また「今のところは」という言葉を聞いて、ナイジェルは顔をしかめた。

 

「『今のところは』ですか。それで、俺次第だとでも言うのですか?」

「まあ、詳しいことは来週本宅に来てから話そう」


 まさかのお預けに、ナイジェルはさらに不機嫌に眉をひそめる。


「気になるなら、来週と言わず、すぐに戻って来てもいいのだぞ」


 気にはなったが、そう言われて「はい」と言うのも、祖父の思う壺のようで何だか癪に障る。 


「ところで、今夜は一人か? 誰か誘う相手はいなかったのか」

「たまたま誰も都合がつかなったんです」

「おまえ、あまり適当なことばかりしていると、そのうち父親みたいになるぞ」

「挑発には乗りません。それに、誠実な夫になれると思わないから、結婚しないのです。不幸な人間を作りたくはないですから」


 ナイジェルは父と同じだと言われるのが、何より嫌いだった。

 それを知っていながら、わざとそう言っているのだ。


「誰も未来はわからない。不幸になるかどうかもな。何を恐れている」

「恐れてなどいません」


 少しムキになって反論する。


「自分がいい結婚をしたからと言って、孫にもそれを押し付けないでください」

「押し付けてなどいない。だが、友人たちを大切に出来るなら、女性にも同じだけの対応は出来るだろう」

「友人たちと女性は違います。友情と同じようにはいきません」


 友人たちのパートナーとは、それなりに当たり障りのない関係が築ける。

 しかし、恋愛に発展しそうな相手とは、友情など育めるとは思えない。

 友情と愛情を同じ相手に同時には抱けない。


「そうやって逃げているだけだろう。いい加減大人になれ」

「そっちこそ、そうやって俺のことをいつまでも子供扱いしないでください」

「まあまあ、二人共落ち着いてください。ここで言い合いをしても仕方がありませんよ」


 白熱する二人の議論に、それまで黙って見守っていたライリーが割って入った。


「ほら、変な注目を集めていますよ。主催の方にも失礼です」


 そう言われて窓を見ると、何人かがこちらを向いて見ている。

 二人がそれに気づいたのを見て取ると、彼らはさっと体の向きを変えて散らばった。

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