廃校舎

仁城 琳

廃校舎

私、本田聡子は霊感を持っている。小さい時は他の人には見えないものや聞こえないものに怯え、どうしても反応してしまうので、大人には気味悪がられた。同じ歳の子には変な子とからかわれ、小学校に上がる頃には『自称霊感少女』だと馬鹿にされいじめの標的となった。心配した両親のおかげで高校進学を機に引越し、今までの私を知る人がいない環境へ移ることができた。それ以降は慣れてしまった人ならざるものにも反応せず、霊感があることも隠して私は『普通の少女』として生活している。長年悩まされていたいじめも無くなった。

大学生になって初めて夏休み。いつもの四人でどこかに遊びに行きたい、という話になった。せっかくの夏休みだ。卒論に就活と忙しくなる前にみんなで夏の思い出を作ろう、と。それ自体には大賛成だった。

「ね、じゃあさ、肝試ししない?」

そう言い出したのは小野寺結衣、私が大学で初めて友達になった子だ。普段から心霊や超常現象などに興味のある子。結衣らしい提案、そう思ったが私は嫌な予感がした。

「肝試しねー!夏って感じでいいじゃん!」

同意したのは井上まつり。この子は結衣の中学からの友達らしく、結衣に紹介されて仲良くなった。

「楽しそう…、私も行きたい!」

澤村杏里も同意する。まさか杏里まで同意するなんて。杏里は非常に大人しい子で少し臆病なところがある。学食で一人できょろきょろと席を探していたところを、入学式で近くに座っているのを見たからきっと同じ学科だとまつりが声を掛け、そのまま仲良くなったのだ。杏里が行きたがるとは思わなかった。杏里が嫌がればそれを口実に断れたのに。

「聡子は?肝試し、どうかな?」

三人が期待に満ちた目でこちらを見る。幼い頃からいじめられていたせいか、こういう時に自分の気持ちを強く主張することが出来ない。

「う、うん。楽しそう、肝試し。私も行きたい!」

言ってしまった。三人はじゃあみんなで行こうと早速盛り上がっている。今更やっぱり行きたくないとは言えない雰囲気だ。何も起こりませんように。願ってみたけど背筋が冷えるような嫌な感覚が消えない。

「肝試しと言えばやっぱ心スポじゃない?ねー!」

「だよね!どこ行こっか?」

「あ、あそこは?あの小学校。」

「小学校?」

盛り上がる結衣とまつりに杏里が不思議そうに言う。

「あ、杏里と聡子は知らないよね。この辺だと有名な廃校なんだけどね。幽霊が出るって噂なの!」

結衣は楽しそうにそう言った。

「なんでもいじめを苦に学校で飛び降り自殺した生徒がいるらしくて、その子の霊が今も廃校舎をさ迷ってる!らしい!」

「中学の時も行ったよねー、あの時は校門前まで来て怖くて帰っちゃったけど。」

とまつりも思い出すように話す。

「そんなに、有名なんだ…。」

「うん!あたしら的には中学の時のリベンジだよね!」

「そうだねー、あの時は中に入れなかったし、今度こそって感じ?」

「ま、待って!」

私は思わず声を上げる。横で驚いたのか杏里の肩がビクッと跳ねた。

「あのさ、その、入っちゃって大丈夫なの?」

「大丈夫大丈夫!小学生でも肝試しに入っちゃう様な所だよ?問題ないよ!」

「まぁその小学生でも入れる廃校舎にうちらはビビって入れなかったわけだけどねー。」

結衣とまつりは楽しそうに笑っている。杏里も以外にも目を輝かせ二人の話を聞いている。もう引き返すことはできなさそうだ。三人が楽しそうに計画を立てる中、私は一人妙な悪寒を感じていた。行ってはいけない。私の中の何かがそう告げている。でも。

「また、一人になるよりはいいよね。」

「ん?聡子ごめん、聞こえなかった。」

「ううん、なんでもないよ。」

「そう?聡子、結構あたしらに合わせてくれるとこあるじゃん?何かあったら言ってくれていいんだからね!友達でしょ!」

結衣は鋭いところがある。まつりと杏里も心配そうにこちらを見ている。この子達は優しい。私にはもったいないくらいの友達。霊感の事を知られて、この子達を、失いたくない。

「うん、ありがとう結衣。でも本当に大丈夫だから。」

そっか、と言うと三人はまた夏休みの計画を相談し始める。嫌な予感はするけど、気味悪がられてまたひとりぼっちになるよりはいいでしょ。そう自分に言い聞かせて三人の話の輪に入る。

当日は既に運転免許を取得しているまつりの運転で例の廃校舎までやってきた。

「うっわ、懐かし!結構前に来たのにあんまり変わってないね!」

「結衣、夜なんだから静かにしてね。さーて、リベンジと行きますかー。」

「うぅ…。怖くなってきた…。でも結衣ちゃんとまつりちゃんと聡子ちゃんが一緒だからちょっと楽しみ…かも。」

「よっし!じゃあ入りますか!」

一応侵入を防ぐためなのだろうか。校門は施錠されていたため裏口から入る。この裏口は肝試しにくる人間には周知されているため校門の施錠は意味を成していない。それにしても、さっきから寒気が止まらない。

「一応中に入れたねー、リベンジ成功!」

結衣とまつりはハイタッチする。杏里は少し怯えているようだ。帰りたい。しかしここから引き返すことは出来ない。これは三人と友達であるための試練なんだ。私は自分にそう言い聞かせた。

「校舎の中…入れるのかな。」

以外にも積極的な杏里が廃校舎に近づく。

「おお?杏里ってば意外と大胆!よし!校舎入っちゃおう!」

入ってはいけない。自分の中で警笛が鳴る。うるさい。私は友達を失いたくないの。この四人でいる時間を手放したくはないの。私は三人の後に続いて校舎に入る。今までとは比べ物にならないくらいの寒気に襲われた。いる。ここには本当にいる。分かってしまった。分かりたくなかった。分かってよかった。ここにいてはいけない。みんなを助けられるのは、私しかいない。帰ろう。あれに気付かれる前に。

「結衣、まつり、杏里。帰ろう。」

私ははっきりと言った。

「えー、まだ入ったばっかりじゃん。」

「そうそう!…聡子?」

笑いながら振り向いた結衣が真剣な表情になる。

「聡子がここまで真剣に言うの珍しいよね。どうしたの?」

「ここにいちゃいけないの。お願い。帰ろう。」

「聡子…。」

その時だった。

「きゃっ!!」

まつりが突然叫ぶ。

「まつりちゃん…?どうしたの?」

「だ、誰か…。誰かいる!」

まつりの視線の先。廊下に女の子が立っている。遅かった。あれは人間じゃない。三人とも同じ方を見て固まってしまっている。

「自殺した…女の子…。」

杏里が呟く。結衣とまつりは放心状態だ。三人にはどう見えているのだろうか。あの、手足がめちゃくちゃな方向に曲がり、顔は判別できないほどにぐしゃぐしゃになっている。飛び降りた時にああなってしまったのだろうか。制服を着ていなければ女の子とも判別できないであろう、あれが。

あれが少しづつ近付いてくる。あれは良くない霊だ。確実に悪影響を及ぼす。霊感のある私だからこそ分かっていた。面白半分でこのような場所に来ると霊を怒らせてしまう事。私は止められたはずなのに。自分の怯えが三人を危険に晒してしまった。気味悪がられて、友達なんかいなくなって、いじめられて、ひとりぼっちになるより。なによりもこの三人になにか悪いことが起こる方が良くないじゃないか。どうしてそんな簡単なことに気付けなかったのだろう。とにかく逃げないと。

「三人とも!早く逃げよう!」

目を逸らしたいのに逸らせないかのように、あれをじっと見つめている三人。結衣とまつりは反応しない。杏里だけがばっとこちらを振り向く。

「私は…まつりちゃんを連れて逃げる…!」

「うん。私は結衣を連れていくから。まつりの事よろしくね。…絶対ここから逃げよう。」

「うん!」

私たちは結衣とまつり、一人ずつの手を引き未だ放心状態の二人を半ば引ずるようにして走り裏口から校舎を出て校門の前まで戻ってきた。結衣とまつりも何とか正気を取り戻したようだ。

「ごめん!ごめんなさい!あたしが肝試ししようなんて言い出したから!」

「違うよ結衣!この廃校舎に行こうって言ったのはうちじゃん!ごめん!杏里も、聡子も…!」

二人は泣き出してしまった。たしかにここに来るのは良くなかったでも止めなかった私も悪いし二人だけが悪いわけじゃない。そう言いたかったけど、視界の端にあれが映りこんだのが分かって私はなるべくそちらを見ないようにする。この状態であれが着いてきていることが分かればみんな、とくに結衣とまつりはパニックになるだろう。…あれ?そっか。そうなるよね。みんなは大丈夫だ。

真っ先に冷静になったのは杏里だった。謝りながら泣き続けている二人に話しかける。

「…結衣ちゃんも、まつりちゃんも泣かないで。二人だけが悪いんじゃないよ。私だって反対しなかったもん。行きたいって言ったもん。だから…ね、泣かないで。とにかくここから離れよう。」

杏里は強い子だ。ここに来たおかげで友達の知らなかった良い一面を知ることが出来て良かった、なんて皮肉だろう。

「そうだね。早く逃げよう。まつり、運転出来そう?って言っても免許あるのまつりだけだから、頑張ってもらわないとなんだけど。」

まつりは必死に泣きやみ、何度も頷いた。

「うん。うちが責任もってみんなを帰らせるから。大丈夫。みんながいるからちゃんと運転出来るよ。」

未だにごめんなさいと繰り返しながら泣いている結衣の肩を抱き抱えるようにしてまつりの車へ向かう。あれはまだこちらを見ている。だめ。この子達は私の大事な子達だから。絶対に渡したりしない。

車に乗った私達は杏里の家に向かっていた。それぞれの家に帰ろうかと思ったが、一人になったら怖くてたまらなくなるだろうからと四人で唯一、一人暮らしをしている杏里が泊まっていってと提案したのだ。車の中ではほとんど誰も何も話さなかった。あれはもう着いては来ていないようだ。でもはっきりと視線は感じる。

杏里の家に着き、みんなやっと少しいつも通りに戻った様子だ。

「…あのさ!ごめんね、肝試ししようなんて言い出して。みんなに怖い思いさせて、本当に、本当にごめんなさい!」

最初に提案した結衣はまだ罪悪感に苛まれているようだ。

「それに同意したのは私達三人。誰が悪い訳でもないよ。結衣が悪いなら止めなかった私達も同罪。でも、これからはああいう所に行くのはやめよう。ね。」

私がそう言うと結衣はやっと納得したようだ。そうだ。三人は悪くない。分かっていて止めなかった私が悪いのだ。

「あのさー、お祓いとか行った方がいいのかな?そのさ、取り憑かれたりしてたらヤバいじゃん?」

お祓い…か。まぁ行かないよりはいいかも。何より三人の気持ちが軽くなるのなら。

「そうだね。お祓い、行こうか。」

翌日、私達はお祓いに行った。お祓いを終えて、もう大丈夫ですよ、と言われた三人は安心した顔をしていた。良かった。これで良かったんだ。住職は何か言いたげに私の方を見るが、私はそれを遮るように三人に声を掛ける。

「…もう、大丈夫だって。よかった。」

「ねー、取り憑かれてますなんて言われたらもうどうしようかと思ったよ。」

「ほんとにごめんね!でも、何ともなくてよかった!」

三人がいつもの調子を取り戻して良かった。心からそう思う。

「君。」

住職に声を掛けられる。

「分かっています。あの子たちが大丈夫ならいいんです。」

沈痛な面持ちの住職はこれを、とお守りを持たせてくれた。

「聡子ー?どうしたの?」

結衣に呼ばれる。住職にありがとうございますと頭を下げて三人の元に走っていく。

「ううん、ああいう場所には行ってはいけないよって、住職さんが。」

視線はまだ感じる。そうだよね。お互い共感しちゃったんだよね私達。それともそちら側の人間だったのに今はいじめられずにこんなにいい友達がいる私が羨ましかった?ひとりぼっちは辛いもんね。いじめられるのは苦しいもんね。痛いくらい分かるよ。いいよ。一緒にいよう。でもこの子達には何もしないでね。私が一緒にいるから。そうだ、もし何か良くないことが起こりそうなら私が離れよう。わたしは元々一人だったんだから。

「みんなはもう大丈夫だよ。」

あの子は私に憑いてきてるから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

廃校舎 仁城 琳 @2jyourin

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ