第13話 第3章:姉と妹の記憶ー002ー

 ここに来てからマテオは頭が上がらないことばかりだ。


「また、あんたなのー」


 呆れられて当然な自覚があるから「すみません」と頭を下げるしかない。

 詫びた相手である白衣の女医が向ける視線は患者へではなかった。付き添いの流花るかだった。なぜ診察室まで入れたか不思議であったが、熱い視線に理由は判明した。

 マテオにすれば紛らわしい限りである。いきなり診察に付き添いを帯同されるなど、悪い結果であったかと疑心暗鬼にさせられた。私情を振りかざすなんて医師としてどうなのか、と思う。けれども連日に渡り世話になっていなければ、文句など垂れられるはずもない。

 すっかり弱い立場にあるマテオだった。 


「ほら、薬、渡しておく。こんな中途半端な怪我なんか、これで適当になんとかなるから」


 面倒臭そうに薬の袋を投げてきた女医だ。


 慌てて受け取ったマテオは「あのぉ〜」とおずおず切り出す。


 なに? と答える女医は白衣を着て診察していなければ、とても医師には見えない。妖艶が際立つ妙齢なれば、毒婦として多くの男性をたぶらかしていてもおかしくない雰囲気を漂わせている。

 人を見た目で判断してはいけないとしながらも、マテオは確かめずにいられない。


「ちょっと訊きたいんですけど、この薬ってヤバくないですよね」

「あったりまえでしょ。この甘露瑚華まゆつゆ こはなが直々に作ったものをいただけるだけでも感謝ものよ」

「でも、ここまで治していただきながら何ですけど、普通は処方して薬局が出すものじゃないんですか」

「だから逢魔ヶ刻おうまがときに出しているんじゃないの」


 くだらないとばかりの口調に、流花がマテオは街に昨日来たばかりだと挟む。


 しょうがないわね、と甘露先生は状況を説明した。

 逢魔街おうまがいにおいて逢魔ヶ刻は無法な行為が許される時間帯である。本来なら年月をかけた審査の下に認可される薬剤も、この場所でこの時間なら違法に問われることはない。しかも上がる効果に、逢魔街における逢魔ヶ刻に処方された薬は普段の時間帯でも服用して良いとなった。ただしあくまで患者本人の責任とする。


「ここに住む者にとって特別なことじゃないから、安心しなさい」


 ほっと息を吐くマテオは手にした薬の袋をしみじみ眺める。


「すみませんでした。僕、先生の力を疑うようなことを口にして」


 あら、かわいい、と甘露先生は素直な態度にテンションを上げたようだ。


「マテオって言ったっけ。この街に早々慣れるもんじゃないしね。なかなか人の言うことを信じていい場所でもないから」

「だけど先生ほど凄い医師は知りません。これだけの怪我をして、すぐに痛みまで消してもらえるなんて経験ないです」

瑚華こなはセンセーのお手製だからね。リスクに目を瞑れば効果は抜群よ」


 いきなり評価を百八十度反転しそうな発言を聞かされて、マテオは黙っていられない。


「えっ、この薬。なんかまずいところがあるんですか」  

「たまーに、副作用で廃人になるヤツがいるわね」


 ホントたまーによ、と念を押しこられれば逆に不安になる。安心しなさいって言ったじゃないか、とマテオは反駁したくなったくらいだ。昨日使ってまる一日経って何ともないから大丈夫でしょ、と付け加えの説明がなければ口にしていただろう。

 どうやらマテオは甘露先生の臨床試験におけるサンプルとなったようである。

 やはり逢魔街に住む人物は油断ならない。


 マテオ〜、と美少女の呼ぶ声がした。


「なんだよ、流花。馴れ馴れしく呼ぶなよ」

「なに、それっ。そんなのお互いさまじゃん」

「そら、そうなんだけどよー」


 人前で名前で呼び合う気恥ずかしさに、今さら気がついたマテオだ。

 これまで任務とする以外で人間関係性を築くことは無縁としてきた。友達を装うくらいはする。何の利害もない人間関係なんて、姉と家族になろうと言ってくれる人たちくらいしかいない。

 逢魔街に来て初めて知り合いとなった人物が、流花だった。

 同じくらいの年齢で、異性ときている。

 呼び捨てしていれば、疑われるだろう。

 マテオとしては迂闊だった。


 自分が大して気にならなかったせいか、流花の特性を軽んじてしまった。男女問わず心を鷲掴みする美貌の持ち主であれば、一緒にいるだけで注目を浴びる。不要なトラブルを呼ぶ。

 その証拠に、目前の女医だけではない。控える看護師を始めとした幾人もの医療スタッフが向けてくる視線がヤバい。嫉妬で狂った目である。


 しかも選りによってこのタイミングで流花が訊いてくる。


「マテオ〜、これから家に来るよね〜」


 生きて病院から出られるか、甚だ自信がなくなったマテオであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る