第7話 第2章:出会いの記憶ー003ー
来た早々だが、マテオは向かうことにした。
来日したその足で来た『
少々の危険など顧みずに早々に調査に取り組むが自分の役目……という言い訳を立てるしかない。
なにせマテオにとって当面の問題は、逢魔街などではない。
まさかまさかのソフィーの干渉ぶりだ。
用意された逢魔街について記録したメディアにソフィーは自身の意向を挟みこんでいた。組織が厳重に管理するデータにどうやって紛れこませたか、不思議でならない。機内に限らず、用意された部屋の連絡用モニターへ時間を計ったかのように現れもした。
いろいろ言葉は並べられたが、要約すれば勉強しなさいということだった。マテオの年齢において学業がいかに大切か。気が進まなくても向かう時期だ、とすっかり息子の胸の内を見透かして、滔々と述べてくる。
いかにも優しげな普段のソフィーであるが、子の将来に関しては心配する母であった。
教育に関してはマテオの予想を超えたスパルタぶりだ。
うるせーとばかり反抗なり無視は息子の特権だ。もしくは、これからが親子といった微妙な関係性を考慮して我慢のしどころとするか。
マテオはどちらも選ばなかった。
きちんと勉強が出来ない理由を立てることにした。任務が忙しくて、母としての心配は理解するものの聞けそうもない。仕方がない状況へ身を置く作戦でいこうと思う。
ある意味たちが悪いには違いないが、騙そうというわけではない。家族とする人に嘘は吐きたくないマテオだった。
変な律儀さがソフィーだけではなく姉のアイラさえも構わずいられない関係性を呼び込んでいるなどと本人は夢にも思わない。
勉強できない理由作りにマテオが選んだ先は『祁邑三姉妹』の許へ行くだった。
新宿駅から少し離れた雑居ビル群の一角に身を寄せているらしい。冴闇ビルという場所もはっきりしている。
マテオは少し首を傾げる想いだ。
いくら独自の情報網を持つウォーカー一族の組織だとはいえ、当事者ほど事情を通じているとは考えられない。渡された資料に並べられていた事項くらい連中は知悉しているはずだ。
東を統括している能力集団は祁邑三姉妹を探し求めている。変化系が集うとされる者たちは『鬼の一族』として名を馳せている。まさに鬼の姿に変身して、桁違いな強靭さを誇る肉体へ変貌するそうだ。鬼の能力者の数は万単位へ昇るとされている。
権勢を誇るだけに下手に動けないか。だが何もなしで済ますとは考え難い。祁邑三姉妹は現在の当主である『祁邑正蔵』の孫娘であれば放って置けるはずもない。
能力者の誕生に遺伝が大きく左右する。科学的に解明されたわけでなく、確実な事実ではないが、噂以上の信憑性は実績で示されている。
だから能力の有無に世間は神経を尖らせる。差別意識さえ生む。
マテオの両親とも一般人だった。ゆえに卓越した能力を有した双子が生まれたことに耐えられなかった。能力者を作った人間として偏見を持たれるのを何より恐れた。
物語のように、我が身より子供が大事とはならなかった。
雑踏を歩むなか、ふぅっとマテオは小さく息を吐く。
ソフィーは自分たち姉弟を小さい頃から、ずっと気にかけてくれてきた人だ。本当はもっと早くからの養子を望んでいたような感じもする。すぐにしなかったと原因はマテオの意を汲んだことにあるような気がする。
「ちょっと勉強しようかな……」
口の中で呟いてからだ。ちっと舌打ちをするマテオは脇の甘さを恥じた。
世界に類を見ない逢魔街。殺人でさえ法の執行対象にならないと聞いていたから、どれほど悪徳に満ちているか。ところが実際は単なる繁華街といった様相で、全体的にも小綺麗な感じがする。想像していたより牧歌的な街並みに気を緩めてしまったか。
だが逢魔街の本質を示すのは『逢魔ヶ刻』その時間は迫っている。
マテオは特別に歩調を変えることなく目的地を目指す。
けれど到着するより遥か手前の裏路地に入ったところで振り仰いだ。
「おい、いるんだろう。姿を見せたらどうだい」
そう言われて出てくるヤツなんていないか、とマテオが思ったらである。
「ケタケタケタケタケタ」
笑い声をするには、あまりに無機質な律動性だ。誰もいない薄暗い建物の間を縫う響きに相応しく不気味この上ない。ただ拍子木をふざけて打ち鳴らしたようなコミカル性とする捉え方もできる。マテオが取った解釈は後者だった。
「なんだ、それ。変な笑いかた」
子供みたいな無邪気さをもって馬鹿にしてみせた。相手が気に障って安易な行動を取るかもしれないと計算した態度だった。
ばっとコートの裾を黒く翻らせ、上空から襲ってくる。誘い出しにあっさり乗った相手は黒いフードですっぽり顔まで覆っている。右手には短剣を閃かせていた。
敵であることは確定し、武器も判別がついた。ならばとマテオも懐から取り出して迎え打つ。
火花が飛び散るほど刃が激突した。
マテオからすれば敵は誘いに乗って現れた。気持ち的には余裕を保てたままだ。迎撃用に掲げた右手の短剣と別に、もう一本の短剣を左から繰り出した。
殺すつもりはない。腰辺りに始まり肩へかけて斬り上げるはずだった。
左手から繰り出した短剣の刃は寸前でかわされた。
「やっぱり重症くらいでいいか、なんてのが甘かったかな」
苦笑するマテオは敵へ射抜くような視線を向け続ける。
相手に傷は負わせられなかったが、フードを払うまでは成功した。
どんな顔をしているんだ、と不敵にも楽しみとするマテオだったが確認とはならなかった。
顔半分で別れた黒と白。襲撃者は仮面を付けていた。
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