第6話 第2章:出会いの記憶ー002ー
情勢としては緊迫しているらしい。
実社会とは別に能力者集団の勢力図として、彼の国は八つの地域に分かれている。それぞれが能力の特質を同じくする者で集まっているようだ。
「その中でも変身系に属する
空港でケヴィンが出立前に出来るだけの情報を渡そうとしてくる。
今生の別れではないから、と見送りを断ったマテオだが、さすがにケヴィンの意向は逆らえない。実は内心で嬉しかったりもする。
「でも、ケヴィン様。祁邑が率いる『東』の集団は多くの同能力を有した者が集うと聞いています。たかが三人くらい抜けたくらいで大騒ぎする意味がわかりません」
マテオ、とケヴィンが真剣そのもので呼ぶ。はい、と返事したマテオにである。
「様はないだろう、様は。ダディーでもパパでもタタでもいいから、そう呼んで欲しいなぁ〜」
なんで求めてくる呼び方が全部幼児語なんだ、と思うマテオはあたふた額に汗してしまう。なんだか恥ずかしくなって、顔色が上気してしまったかもしれない。
マテオはかわいいなぁ〜、とケヴィンが満足げに呟いていた。
憎たらしいとは言われ続けてきたマテオだが、ケヴィンとソフィーの夫婦は揃って「かわいい」を連発してくる。これが調子が狂う第一の原因だろう。
「ケヴィン……さま。まだそう簡単に、父さんなんて呼べそうもありません。少し、時間をください」
そうか、そうか、とケヴィンが向ける笑みは柔らかい。
「ではまだ以前通りの呼び方で仕事の話しの続きをしようか」
「すみません、ケヴィン様」
「謝ることではないよ」
急にケヴィンは殺気を含んだ真剣な影を走らせた。上着の内ポケットから、スティック状の記録メディアを取り出す。マテオの手に握らせた。
「どうやら我々親子の動きを追う者がいるらしい。
ありがとうございます、と感謝を述べるマテオの肩に、ポンっと手が置かれた。
「盗聴など気にして肝心な話しを出来なくても、連絡は出来るだけ毎日入れるようにしなさい。声を聞かせるだけでも、違うものだから」
わかりました、と答えるマテオに笑顔へなっている自覚はない。手渡されたメディアを大事そうに懐へ入れては床に置いていた鞄を拾う。
あと、もう一つ、とケヴィンが真剣な面持ちでかけてくる。マテオの耳元へ顔を寄せてはひそひそ話しを始めた。
熱心な顔で頷き聞いていたマテオは話しが終われば「わかりました」と良い顔だ。
ケヴィンも少し照れた表情を浮かべたが、コホンと一つ咳をしてからである。
「気をつけて、行っておいで」
「はい、行ってきます」
マテオが姉以外の家族へ初めて投げた挨拶であった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
青い空へ上昇していく飛行機をケヴィンが見送っていた。
遠目にする女性の中には出立ちや雰囲気から、うっとりとした視線を送る者もいる。近づかないから憧れの対象として捉えられていた。
もし端正な顔立ちを間近にしたら、目つきの鋭さに震え上がっただろう。
ケヴィン様、とその背中に近づく男性がいた。
「オリバーか、どうだった」
飛行機を見送る視線を外さないケヴィンに、優しい父親だけではない姿があった。
オリバーと呼ばれた引き締まった身体を誇示するような白いシャツの男性は、明らかに緊張を湛えていた。
「マテオが搭乗する機体に細工を施そうとした連中は全て抑えました。ただ空港内全体となれば、確実なことは申せません」
オリバー、とケヴィンが呼ぶ。はい、と返ってくればである。
「マテオが我が息子となること。そこはしっかり認識しておいて欲しいものだな」
「申し訳ございません。次からはマテオ様を呼び捨てなどしないよう心に刻んでおきます」
ふっとケヴィンが口許を綻ばせた。明らかにマテオと対していた際に浮かべた笑いとは違う。
「それで捕らえた、マテオが乗る飛行機を爆破しようなどと考えていた連中から何か聞き出せたか」
「ギャレーの手の者といったくらいです」
「つまり大本は不明というわけか」
ケヴィンが目で追っていた飛行機は大空の彼方へ消えていく。
画策されていたテロ行為は、ウォーカー家を狙ったのか、それともマテオ個人を狙ったものなのか。不明な要因にケヴィンは本人たっての希望とはいえ叶えて良かったものか、少々後悔が渦巻いた。
「ケヴィン様。捕らえた連中はいかがいたしましょう」
オリバーが判断を仰いでくれば、ケヴィンは不機嫌を隠さぬままだ。
「我が一族に手を出すとどうなるか思い知らせてやる良い機会だ。捕らえた連中だけでなくギャレーに連なる者全員を締め上げるだけ締め上げてから、殺せ」
はっと返事すると同時にオリバーは姿を消していた。
もはや飛行機の影もない上空をケヴィンは見据えながら「無事に、な」ともらしていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ちょうどその頃、機上の人となったマテオはさっそくだ。
逢魔街の資料が入っているとされるメディアを画像端末へ差し込んだ。やる気は充分にあり、元来から仕事熱心な性質である。力を付けたいと始めた裏仕事だが、実に自分に合っていると考えるこの頃だ。
ウォーカー家として必要な教養や立ち振る舞いは姉に任せて自分は裏で支えていこう。けれどもそれはマテオの思惑であって、養子として迎えた家族の意向ではない。
起動させた画面が全くの予想外を映し出した。
詳細な資料といった内容どころではない。
いきなりなソフィーの顔面に、マテオは機内であることも忘れて仰け反った。
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