サイゴノキオク

「準備はできているか。出来ているな。お前は? よし!お前は? よし!おま…… おい! 起きろ。起きろ新兵!!」

 その怒声に意識を引っ張られた。

「は、はい。おはようございます」

 揺れる室内で立ち上がり、声を張り上げる。

 周りでは重々しい戦闘服を着込んだ兵士達がキョトンとした顔で、こちらを見つめていた。

「バカモン! 寝ぼけているのか貴様は」

 ぼくの顔に唾が飛び散った。

「失礼しました。隊長どの」

「「どの」はいらん。準備はできているのか?」

「準備、準備とは……」

 額に青筋が浮かんだ隊長は、ぼくが思い出す前に答えてくれた。

「今から戦場に行くのに、なんの準備もできていないのか貴様は!」

「い、今すぐ確認します」

 頭にはヘルメット、戦闘服の上には敵の攻撃を防ぐ防弾ベスト。

 ベストのポーチには多数の敵を吹き飛ばす手榴弾や、銃弾が溢れんばかりに詰まったマガジンが収まっている。

「問題ありません」

「銃はどうした」

「えっ、あ、あります」

 傍に立てかけたままの銃を両手で持って隊長に見せる。

「準備万端であります」

 噛みつかんばかりの勢いで、隊長の顔が迫る。

「貴様。それで敵を殺せると思ってるのか」

「は、はい」

「ほう。なら俺に向かって引き金を引け」

「な、そんな事出来るわけーー」

「つべこべ言わないでさっさと構えろ」

 言うや否や、隊長は銃身を掴んで前髪が後退した額に押し付ける。

 銃口をズラそうと引っ張るが、隊長の右手の腕力には両手でも勝てない。

「引け。ほら新兵、オレ様を憎い仇だと思って撃て!」

 けしかけられても撃てるはずなどなく、何度も引っ張っていると、隊長の左手が伸びて引き金に触れた。

 ぼくが何か言う前に、親指が力強く引き金を引いてしまった。

 飛び出す銃弾によって割れたスイカのような頭部を見たくなくて目を閉じる。

 しかし、耳をつんざくような銃声は一向に轟かず、代わりに周囲から忍び笑いが漏れてきた。

 次第にエンジン音を掻き消すほどの大笑いとなり、そこでやっと瞼を開けて見ると、頭のついた隊長がいる。

「幽霊?」

「寝ぼけるな新兵。死にたいのか!」

「い、いえ死にたくないです」

「だったら自分の半身の事をもっとよく知っておけ」

 言われて初めて、自分の銃にマガジンを挿し忘れていることに気づいた。

「よしお前ら。オレ様から楽しい話を聞かせてやる。これを見ろ!」

 壁に表示されたマップには手書きで書いたと思われるマルやバツが追加されていた。

「オレ様達はこの丸印の部分に降下し、船で来る連中の安全を確保。合流後は敵陣地にある目標を叩く。どうだ。幼稚園児でも分かるオレ様の説明は!」

「よく分かりました。サー!」

 機内にいる全員が声を揃える。

「新兵。お前は理解したのか」

 ぼくが口を動かしていない事を気づかれてしまった。

「はい。降下して友軍の安全を確保。その後目標を破壊であります」

「復唱するな。言い訳がましいぞ。理解しているのなら自信溢れる「はい」で済ませろ!」

 返事をする前に警報が鳴り響く。

「そろそろ飛び降りるぞ。ションベン済ませたか野郎ども」

 一人が手を挙げた。

「まだの場合はどうすればいいですか?」

「ここでしろ。お前達にトイレなんてものはいらん。水道代と電気代の無駄遣いだ!」

 機内が破裂しそうな勢いで笑い声が溢れた。

 不意打ち気味に中の空気が背後に吸い込まれていく。

 振り返ると、後方のハッチが開いていき、太陽がぼく達を出迎える。

「太陽も上機嫌だ。何故ならオレ様達人類の反撃が特等席で見れるのだからな。行くぞ野郎ども。太陽とベッドインしたければ、勢いよく飛び降りてアピールしろ」

「「イエッサー!」」

 みんなが次々と飛び降りていき、遂にぼくの番がきた。後ろには誰もいない。隊長はいの一番に降下していた。

 みんながいなくなってからぼくも飛び降りようと足を踏み出すと同時に衝撃と爆発に襲われる。

 溢れ出した煙で視界が塗りつぶされ、縦横無尽に転がり回ったところで意識を手放した。


 顔に水をかけられて目を覚ます。

 その水は土くさくて所々熱くて、目に入ると塩が入ったようにゴロゴロしていた。

 異物を指で拭うとそれは火薬臭い砂だった。

 爆音が鼓膜を震わせ、再び土がぼくの頭に降りかかる。

「新兵。やっと目覚めたか」

 見上げると隊長が穴の淵から外に向けて銃を構えている。

「貴様、爆音で目覚めるとは、耳が遠いか寝坊助のどっちかだろうな」

「どっちでもありません」

「ならば銃を取れ。敵は目と鼻の先まで来てるんだぞ」

 近くに自分の銃が見当たらない。やっと見つけたと思って手を伸ばしたところで固まる。

 たった今浴びたように、血と肉片で鮮やかに染まっていた。

 思わず口に手を当てるが我慢できなかった。

「新手のダイエットを済ませたら、その銃を取れ」

 隊長は外にいるであろう敵に攻撃を加えながら話しかけてくる。

「躊躇ってて戦争に勝てるのか。どんな兵器でも使う人間がいなければ、唯の物干し竿なんだぞ」

 ぼくは血塗れの銃を握り、隊長の隣で引き金を引くと、今度こそ本当に真鍮の弾が飛び出した。

 発射の反動で張り付いた臓物の欠片が顔に張り付りついても引き金から指は離れない。


「敵はオレ様の活躍にビビって、手を出してこなくなったな」

「あの、ぼくも撃ちましたけど」

「新兵の弾は殆ど当たってない。当たった敵は、今日の運勢が最悪だっただけだ」

 こんな軽口を叩いている状況ではない。

 ぼくと隊長がいるのは爆発で出来た穴の中。

 銃弾は殆ど撃ってしまい、ベストのポーチは隙間だらけ。

 船で来るはずの友軍の姿は一向に見えない。この状況。考えたくないがぼく達は……。

「孤立無援だ。新兵」

「そのようです」

「こんな時、目標を目の前にしたお前ならどうする。退却するか、それとも前に進むか」

「ぼくは、ぼくは任務を遂行したいです」

「いい心がけだ。しかし「したい」じゃないな。遂行「する」だ」

「イエッサー」

「よし、弾は残っているか。あるなら全部オレ様に渡せ。身軽になったお前にはコレを任せる」

 それは辞書二冊をくっつけたような緑色の塊。知らない人が見たら長方形の粘土にしか見えないが、三階建てのビルなら跡形もなく吹き飛ばせる威力を持つ爆弾だ。

「オレ様が先陣を切って敵を殺しまくる。お前はその隙間に入り込んで爆弾を設置。安全なところまで離れて起爆という簡単な任務だ。安心しろ。お前が逃げ切れるよう、オレ様が向かってくる奴等全員を相手してやる」

 生還率はどちらもかなり低いが、拒否する気持ちはこれっぽっちも浮かんで来なかった。

 何か何でも敵は全滅させる。その足掛かりになるのなら死んでも構わない。そう誓ったのを思い出したから。

「覚悟を決めたな。新兵。行くぞ! ウオオオオオッ。来やがれ化け物ども。不法侵入者がどんな目に会うか、その身に鉛玉で教えてやる!」

 ぼくも爆弾を胸に抱え、隊長に負けじと叫んで穴から飛び出した。


 家族を殺された。だからぼくは兵士になった。今まで虫も殺したことはなかったけれど、目の前で真っ黒になった妹の苦しみを味合わせる為に兵士になったんだ。

 お前達は何で攻めてきたんだ?

 ボク達ハ主ノ命令ヲ受ケテ戦ッテイル。ソレ以上モ、ソレ以下モナイ。

 意味分からない。今すぐ殺し……


 202409132011ヨリ報告。

 コノ星ノ二足歩行生命体320体ノ調査完了。9割ヲ越エル生命体ガ、自分ノ感情ヲ優先シテ戦闘活動ヲ行ッテイル。

 我々トハ根本的ニ違ウ存在ト推測。

 引続キ、活動停止シタ個体ヘノ調査ヲ続行スル。

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