第20話 僕って何者?

「最近は王城にお勤めで通っていらしたとか。お忙しい中、わざわざこうして来てくださりありがとう存じます」

サシャ嬢がカーテシーをして礼をする。

「いえ、執務ですから」

僕も微笑んでサシャ嬢がセッティングしてくれたお茶会の椅子に座る。

今日は月に一度のサシャ嬢とのお茶会の日という癒しの日だ。

ここのところ忙しくて本当に癒される。

「随分と嬉しそうですわね」

「サシャ嬢とお会いできたので」

「まあ、ルーベルト様ったら…」

サシャ嬢が扇子で顔を隠そうとするが見えているところは赤い。

可愛いなぁ。こんな可愛い子が将来のお嫁さんになってくれるんだもんなぁ。

それだけでルーベルトになってよかった。

いや、違う。

僕はいつまでルーベルトでいるんだ?

ルーベルトの体はいつになったらルーベルトの物に戻るんだ?

『まったくだな。いつまで私の体に居座るつもりだ』

それは、いつまでなんだろう。

僕にも分からない。

そもそも最近色々あってすっかり忘れていたけれど、僕がルーベルトになった理由も分からない。

どうしよう。

「どうかされまして?」

サシャ嬢が少し心配そうに顔を曇らす。

「なんでもありませんよ」

そうだ。僕がサシャ嬢が好きでも、本来結婚するのは本物のルーベルトだ。

それまでにはルーベルトにこの体を返さなくちゃ。

でもどうやって?

そもそも僕ってなんだろう?

考えが堂々巡りになったところでルーベルトから声が掛かった。

『もう、無駄な考えはやめておけ。今はお前の愛おしいあの女に誠実に対応してやれ。それが今のお前に出来ることだ』

ルーベルトが溜息と共にそう告げて気配を消した。

そうだ!サシャ嬢!

今はサシャ嬢に誠心誠意接しなくては失礼だ!

僕が結婚するんじゃなくても、過去には楽しい思い出があったって少しは僕の片鱗を思い出して欲しい。

いつ消えるか分からない僕だけど、僕に出来ることを探そう。


「そういえば、ザファエル伯爵のお話はご存知でしょうか?」

サシャ嬢との話の流れから最近社交界を騒がしている話題になった。

「ええ、まあ」

捕まえた当事者の一人だしね。

「わたくし、保護された方々の慰問に参りましたのですが、中々心を開いてくださらず…どうしたら人の傷は癒えるのでしょうか」

『癒やしないな、心の傷なんて』

それはルーベルト自身に向けられた言葉だったのかもしれない。

「時が解決するかもしれませんよ、サシャ嬢」

それにルーベルトも。

僕の問題も。

今は考えたって仕方がない。

とにかく転機を待とう。

「そういえば、そのザファエル伯爵の件で新しくうちに使用人が増えたんですよ」

僕は何気なくフローの話をすると、サシャ嬢が厳しい顔つきになった。

「ルーベルト様。ルーベルト様が聡明でお心が深い方といえど、わたくしはこれだけは申し上げておきたいのです」

「なんでしょう」

いつになく真剣な表情のサシャ嬢にこちらも背筋を正す。

「あまり他人を信用すべきではないかと」

『まったくだ』

二人に言われて僕は返す言葉もなかった。

まだフローの信頼度が足りないのは仕方がない。

「ご忠告、ありがたく受け取っておきますよ」

でも、僕はフローを信じるって決めたんだから、サシャ嬢やルーベルトがなんと言おうと僕だけはフローを信じないと。

誰からも信じられないのは辛い。

それは、本当はルーベルトじゃない僕だから思うことなのかもしれない。

そして、フローは僕を信じて仕えてくれている。

それに報いたい。

それが今の僕に出来ることのひとつだから、大切にしたいんだ。

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