第21話 『今の僕』
夜も更けた自室の寝室で、ベッドの上に横たわり枕を抱えてごろりと横になる。
テーブルの上にはフローが用意してくれた水差しがカーテンの隙間から月の光を浴びてキラリと小さく輝いていた。
フローは僕の心配なんて他所に周囲に馴染んでずっといたかのように屋敷で頼りにされている。
すっかり僕付きの執事のようだ。
いいことだ。
いいことなんだけど、サシャ嬢の言葉が思い出される。
「あまり他人を信用すべきではないかと、か」
『そうだ。あの男を信じすぎるな。それがあの男の手だ。元は組織の人間だということを忘れるなよ。ここに入り込む手腕もだ。油断はならない』
でもさ、僕は信じようって決めたんだ。
フローが悪人なのは間違いない。
今までの悪事を尋ねたときには目を瞑るくらいだ。
でも、エイリッヒだって、僕を、ルーベルトを助けてくれた。
ならフローだって。
そう思うのは甘いことなんだろうか?
エイリッヒが良くてフローがダメなのは贔屓なんじゃないだろうか?
そうだ。エイリッヒの横領の行方。
これも調べてもらっているのにエイリッヒが巧妙に隠していてまだ解明できていない。
証拠と隠し場所はあんなに杜撰だったのに、用途はこんなに隠されるなんて一体エイリッヒは何をしていたんだろう?
「どう思う?ルーベルト」
『さぁな』
「ルーベルト、もうエイリッヒと仲直りしたんだろ?聞いたら教えてくれないかな?」
『言わんだろうな。そこまで隠すということはあいつにとってそれだけの意味があるということだ』
「ふぅん」
分かり合っているような二人の関係に羨ましく思ってしまう。
少し前まではルーベルトもエイリッヒに傷付けられていたのにな。
僕は、今はルーベルト・トランドラッドとして生きているけど本当のルーベルトじゃない。
僕を知っているのはルーベルトだけだ。
僕はルーベルトの振りをしているだけ。
だからこそフローの「私の命は『今』のルーベルト様のものです」なんて甘言に甘えたくなってしまうんだ。
本当にフローって口が上手い。
今の僕は今でもルーベルトのなりそこないだ。
でも、それでもフローは寄り添ってくれる。
『今』の僕を見てくれる。
今までのルーベルトの関係は、全部ルーベルトが作った物だ。
フローは『僕』が初めて作った僕との関係だ。
フローを大切にしたい。信じたい。
『お前が雛鳥のように奴を慕うのも分からんではないが、奴は本来処刑される人間だということを覚えておけよ』
知ってるさ。
フローが悪いことをしていたなんて。
それでも縋りたくなってしまうのは、ルーベルトとして生きている重圧からか。
今までのんびりとルーベルトの言う通りにして生きてきたけれど、ザファエル伯爵の地下オークションで騒動が起きて、この腕の中で人が亡くなって、僕はまたごろりと枕を抱えて転がった。
『公爵には名ばかりの爵位ではない、責務がある』
それでも、あの子が死んだのは違うと思う。
助けられたかもしれない命。
助けられなかった命。
サシャ嬢は生き残った人々の慰問に行っているって言っていたっけ。
僕も訪れてみようか。
あの惨劇の結末の場に。彼等の行く末に。
「ルーファスも誘ってみようかな。最近は勉強ばかりで慰問にも行けていないって話だし」
あと、フローも。
これでフローがなにかしらのリアクションをとってくれたらルーベルトもサシャ嬢もフローを見直してくれるかもしれない。
僕一人で行くのはまだ不安が残るからサシャ嬢と行ってみよう。
誘ったら来てくれるかな?
明日は起きたらお誘いのお手紙を書こう。
季節の花柄の便箋がこの間買ったばかりだ。
喜んでくれるといいな。そういえばサシャ嬢はどんなお花が好きなんだろう?可憐で控えめな花が似合いそうだな。
すっかり気分が上昇してきた僕は枕を抱えたままごろごろとベッドの上を転がって、ルーベルトに『寝ろ!』と怒鳴られるのだった。
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