第19話 信じさせてね、フロー
フローのことで、僕の推薦とはいえ紹介状もなしに貧民街にいた庶民以下の人物を公爵家で働かせることに難色を示す使用人が何十人かいた。
でも、ルーベルトっぽく「私が決めたことだ」と言うだけで騒動は収まった。
ルーベルトの偉そうなところはこういうところで役に立つ。
『気を付けろよ、この男、まだ何か企んでいるやも知れぬ』
「うん。そうだね」
『分かっていながら何故側に置く?』
「信じたいから、かなぁ」
フローが分からない。たくさん悪い事をしてきたことは知っている。
でも、エイリッヒだってルーベルトを裏切って悲しませてもまた力になってくれている。
なら、フローだって改心のチャンスがあってもいいはずだ。
『とんだ甘い見通しだな』
「まあ、なるようになるよ」
いつものように執務室でルーベルトと話す。
フロー。
彼は紛れもなく悪人だ。
改心のチャンスなんてあるんだろうかと我ながら疑問に思う。
でも、信じないより信じたい。
これが僕の悪逆だって決めたから。
『そうか』
それきりルーベルトは黙った。
「今日の執務はこれで終わりだね。どうしようかな」
『お前はまだ勉学が足りぬ。ルーファスに恥じぬくらい学べ』
「はぁい」
ルーベルトに言われてふかふかの椅子から身を起こす。
自室に戻ろうとすると、フローが他の使用人と談笑しているのが見えた。
口も上手いし態度も温和で最初こそ難色を示していた使用人達からもフローはあっという間に馴染んでいた。
怖いくらいの速さだ。
壁の影からそっと盗み見るとすぐにバレてにこりと微笑まれる。
うん。フローがまだよく分からない。
エイリッヒの横領の行方も分からないし、分からないことだらけだ。
でも、分からないのなら知ればいい。
僕は壁からフローの元へ歩くと、他の使用人達は仕事をサボっているのを怒られると思って礼をして各自の仕事へと戻っていった。
「何かご用でしょうか?」
相変わらず底の見えない微笑みで問われる。
「うん。ねぇ、フロー。少し話をしてみようよ」
「話、ですか?」
『こいつが素直に話すとは限らないがな』
ルーベルトは黙っていて!
「僕はまだフローのことをよく知らないし、雇う側でそれは困るんだ。だからフローのことを教えてよ」
僕が強請るとフローは微笑んだ。
「かしこまりました。ルーベルト様」
恭しくお辞儀をして、僕は通り掛かったメイドに二人分のティーセットを頼んで自室へと向かった。
「フローはさ、なんで組織で悪人のボスなんてやっていたの?」
『直球だな』
「直球ですね」
フローが苦笑する。
ルーベルトの自室で机を挟んでソファに座って対面して話す。
思えばザファエル伯爵を捕まえる前から話をしていたことはあるのに、こんなふうに穏やかに過ごすのは初めてだ。
『お前は警戒心が足りない』
ルーベルトは黙っていて!
フローが優雅にティーカップを口元に運ぶ。
優雅なその仕草は貧民街出身だとは思えなかった。
「昔はですけどね、これでも貴族の出だったんですよ。父が騙されて無一文どころか借金まみれになって先の裏組織に売られまして、そこから成り上がってボスなんてやらせていただいておりました」
もはや鉄仮面かと思う代わりのない微笑みでとんでもないことを言う。
「それは、なんと言うか…」
「昔のことですからお気になさらず。ああ、でも今でも恨みには思っていますね。すべてに」
正直過ぎないか!?
『なあ、やはり王家に受け渡した方が良いのではないか?』
ルーベルトは黙っていて!
僕はフローを信じるって決めたんだから!
「あなたのことも随分と昔から存じ上げていました。悪逆貴族のルーベルト・トランドラッド様。その実、やっていることは善行ばかり。どこから悪逆貴族なんて流れ出たのでしょうね?」
カップをソーサーに置いてフローが言う。
『それは私が広めた』
「それは私が広めた」
「おや、それは何故ですか?」
「それくらいでなくてはダメなんだ」
そのくらいの箔がなきゃダメだったんだ。
そうだ。幼いルーベルトが身を守るためにはこれくらいの二つ名がなきゃ舐められる。
公爵家が憐れみも蔑みも受けてはいけない。
エイリッヒが付いていてくれたけど、エイリッヒも裏切った。
ルーベルトはあの時、再びの絶望を味わった。僕はもっともっと強くならなきゃ。
ルーベルトを守るためにも。
『おい、貴様なんぞに守られる程に私は弱くはない』
弱いとかじゃないよ、ルーベルト。
ルーベルトだって悲しい時は泣いていいはずだ。言いたいことを叫んだっていいはずだ。
そのために僕がいるんだろう。多分。自信はないけど。
『ふん』
ルーベルトがなにも言わないことは少しは僕の悪逆を認めてくれたってことかな?
僕というルーベルト・トランドラッドの悪逆。
悪いこと、人の道に背いたことに逆らってみせる。
悪逆の、悪逆。
だからフローのことも信じたい。
信じる気持ちはきっと相手にも繋がってくれるって信じたい。
そのためにフローを信じる。
にこやかに微笑んで、裏の顔があるのかないのかまったくわからないフローをじっと見詰める。
少し身を乗り出してフローを真っ直ぐに見据えて尋ねる。
「フロー。フローは、僕が僕でなくなっても支えてくれるかい?」
「なんのことかはわかりませんが、私の命は『今』のルーベルト様のものです」
フローは僕が本物のルーベルトと知っているわけでもないのにそんなことを言ってくれる。
嬉しくて思わず机越しに抱きついたら思いっきり慌てられた。
鉄仮面の微笑みが外れて素のフローだ!
それがおかしくて笑っていると「戯れが過ぎます」とフローに嗜められた。
少なくとも僕の味方はここに一人いる。
ルーベルト・トランドラッドしかこの世界には認められない世界で、ルーベルト・トランドラッドだと思われていてもフローは確かに僕の味方だと感じられた。
そんなフローにすらこの秘密は言えない。
仕えることになったルーベルト・トランドラッドが本物じゃないなんて。
でも、僕はその分フローを信じる。
信じさせてね、フロー。
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