第17話 フローという人物
『お前は悪人向きだからな』
ルーベルトの言葉をなぞりソファに対面しているエイリッヒに笑い掛ける。
「お前は悪人向きだからな」
そう言うと、エイリッヒは笑った。
「悪逆貴族のルーベルト・トランドラッド様が何を言ってるんだか」
お互いこんな軽口がまた言い合えるようになるなんて思わなかったに違いない。
先程、エイリッヒは正直自分の話なんか聞かずにその場で斬り殺される覚悟もしていたそうだ。
『付けていた者からエイリッヒが真面目に政治をしていることは聞き及んでいた。そんなことはしない』
ルーベルトはエイリッヒのことをまだ信じたいんだ。
だから逐一報告させている。
信じていいって確信を得るために。
エイリッヒも分かっているようで、でも、二人の関係はいつか元通りになるだろう。
……そういえば、エイリッヒが横領したお金ってなんのために使われたんだろう?
裏切られた衝撃だけでそこまで考え及んでなかった。
エイリッヒをチラリと見る。
何を思ったのかウィンクして返された。
エイリッヒってなんなんだろう。
それからは忙しい日々が続いた。
王城に赴き、王に話をしザファエル伯爵邸とザファエル領地の悪党に囚われている民衆を助け出すための作戦を練る日々が続いた。
王様と対話なんて、公爵でなければ出来ないよなあ。
エイリッヒも隣にいて真剣に聞いている。
あんなことがあったのに、不思議な気分だ。
王の勅命でなんとかならないのか疑問だけれど、現在の王政は弱く証拠もなしにザファエル伯爵の罪を断罪出来ないらしい。
でも、エイリッヒが掴んだ証拠を元に着実に証拠は集まってきている。
ザファエル伯爵と敵対している一味と結託する振りをしてザファエル伯爵の罪を暴き捕らえる。
もちろん、用がなくなればザファエル伯爵達を捕らえるために結託した一味も捕縛する。
そんなに上手くいくんだろうか?
でも、毎日入念に計画を練り、ザファエル伯爵と敵対する一味のボスとの接触にも成功した。
『なんとか纏まってきたな』
王城からの帰りの馬車に乗る前に、ルーベルトが呟く。
「なんとか纏まってきたな」
「ああ。そうだな。でも安堵の息を吐くのはすべての人を助けてからだぜ」
エイリッヒが真面目な顔をして言う。
「そうだね。…エイリッヒはなんでこの話を持ち掛けてきたの?」
「お前が言ったんだろ。善行で返せって」
シニカルに笑うと頭をぐしゃぐしゃに撫でられる。
そのまま手を離して先に進むと、ひらりと手を振った。
「また次の会合でな」
「うん」
ボサボサになった髪を直しながら答える。
これが今までのエイリッヒとルーベルトとの距離なんだろう。
ルーベルトは、エイリッヒの前になると随分と素直になる。本当に兄弟のように。
僕もルーファスと本当の兄弟のようになれるかな?
自宅へ帰るとルーファス達が出迎えてくれた。
「おかえりなさい、お義兄様」
屈託の無いルーファスの笑顔に、このくらいの年頃の子供も被害に遭っているんだよな、と改めて義心が燃えた。
僕は、僕に出来る範囲で助けられる人を助けたい。
ザファエル領の悪党を束ねるのは、フローという人物らしい。
手引きしてくれた人を仲介してなんとか会う約束をしたけれど、指定されたのはなんてことないトランドラッド領にある街のカフェだった。
個室とはいえ、大丈夫なんだろうか。
人払いをしてあるから二人きりだ。
「こういう話はコソコソした方が逆に怪しまれますよ」
フローが人好きのする顔で笑う。
普通の男だと思った。
見えない範囲で作戦に加わっている王兵も待機している。
『今日はよく来てくれたな』
「今日はよく来てくれたな」
出来うる限り偉そうに言うと、フローは微笑んだ。
「ええ、今噂のルーベルト・トランドラッド様からのお誘いであればどこへでも」
「悪逆貴族の噂か?」
毎晩鏡を前に練習した悪い顔を披露する。
フローは微笑んだだけだった。
「それで、ザファエル伯爵の人身売買のオークションを潰したいとか」
「ああ。目障りだ」
「私共も迷惑しているんですよ。トランドラッド公爵がついてくださるなら安心というもの」
にこにこ、にこにこ。
とても悪事に手を染めているとは思えない普通の男だ。
「ですが、裏切らないでくださいね?裏切りは我々の中でも重度の御法度。トランドラッド公爵がお相手でもうちの連中が何をするかは分かりません」
『脅しか』
「脅しか」
まあ、裏切るんだけどね。
「とんでもない、単なる忠告ですよ」
にこりと微笑んで、仔細を詰めてその日はお開きにしようとカフェを出た。
フローに彼の手下の一人が近付いた時、少年が叫んだ。
「あいつ!俺の友達を攫った奴の一人だ!」
こちらを指差しながらな憎しみの籠った目で鋭く射抜く。
「やっぱりトランドラッド公爵様は悪いお貴族様なんだ!」
少年が叫んだ。
それを皮切りに人々がざわざわと騒ぎ立てる。
これはまずい。
僕が慌てるとルーベルトが囁いた。
『動くな、騒ぐな、凛としろ』
その言葉の通りに背筋を伸ばして精一杯キリッとした表情を作り佇む。
動いたのはフローだった。
そっと誰の目にも触れないようにフローが少年に銅貨を与えた。
すると少年は目を輝かせフローと僕と銅貨を見て黙って走って行った。
僕は一連の流れを黙って見ているしかなかった。
「さあ、本日はこれでお別れですね。またお会いしましょう」
フローは変わらずにこりと微笑んで数名の手下と帰って行った。
僕も近くに待たせていた馬車に乗り込み椅子に置いてあったクッションを抱え込む。
エイリッヒ、フロー、僕。
これからどうなるんだろう
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