第9話 後継者問題

『エイリッヒの言葉にも一理ある』

執務室で職務をしていると、エイリッヒの件から考え込んでいたルーベルトのこの一言で始まった。

「何がだい?ルーベルト」

『私に何かあった際に後のことを任せられる人物がいない。両親が亡くなったのも急すぎて、後継人はいるがあの人に領地を任せられない。他に有事の際に役立つ人物が必要だ』

「後継人?」

『私の父の弟だ。とは言っても母が違う。あの人に王家の血は流れていない。トランドラッド家を任せるには王家の血が入っている公爵家に相応しい人物が必要だ』

「ルーベルト、王家の血が流れているの!?」

『公爵家をなんだと思っている。私の母方の祖母が王の妹君だ』

「お祖母様が」

どうしよう。公爵だしルーベルトが高貴な人だとは知っていたけれど思った以上に高貴だぞ。

『それ以前からも王家とは血が交わる時がある』

「へぇ…。ルーベルトって、それじゃあ王子様達とは従兄弟同士?」

『その通りだ』

「ルーベルトが恐れ多い」

『今はお前もルーベルトだろう?ほら、さっさと執務を終わらせて後継人問題について考えるぞ』

「はぁい」

その次に読んだ報告書はちょうどエイリッヒに関するものだった。

付けた見張りからのもので、現在は特に不始末なく真面目にしているそうだ。

その後のエイリッヒの報告書を読む。

相も変わらず領地経営は順調なようだ。

変な欲さえ出さなきゃ本当に優秀な人なんだよなぁ。

ルーベルトにとって、いいお兄さんになれるような。

どこでボタンが掛け違えられたんだろう?


「僕、考えたけれど、後継人って大人じゃなきゃダメなの?」

執務中ずっと考えていたことをルーベルトに訊ねる。

もう寝る前でベッドに潜り込んで寝る体勢だ。

『どういうことだ?』

「母方のお祖母様の血筋が入っていればいいんだろう?それなら親戚筋から弟とかとって義弟にしてみてはどうだろうか?」

我ながら名案!と思ってルーベルトに提案すると否定された。

『母方の血筋で私より歳下の者はいない。歳上から義兄をとるとなると面倒が起きる。後継人がいる状態で新たに後継人を選ぶと叔父上の面目を潰すことになって余計に面倒だ。だから困っている』

「そっかぁ」

いい案だと思ったけれど、そういえばルーベルトはまだ子供だった。

こんな子供が公爵として頑張っているんだから偉いよね。

『貴様に偉いとか上から目線で言われると腹立たしいな』

「そんなつもりじゃなかったんだけれど…ねぇ、本当にルーベルトより歳下の子っていないの?」

自分でもわからないけど、エイリッヒが気になった時のように何かが引っ掛かってルーベルトに訊ねる。

『いない…筈だが親戚と疎遠になってしばらく経つ。もしかしたら新しい血筋の者が生まれているかもしれぬな。調べてみるか』

「疎遠って、何かあったの?」

『…同情されるのはごめんだ』

その言葉でルーベルトが両親を亡くしたシーンが頭の中にポッと浮かんできた。

ルーベルトの記憶だろう。

本来なら後継人がルーベルトが年頃になるまでその地位を守る立場にあったが、遺言書がそれを許さなかった。若くして公爵の地位を受け継ぐことになったルーベルトに親戚達はどう扱っていいのか分からず持て余していた光景が目の前で流れて消えた。

ルーベルトはずっと寂しそうだった。

エイリッヒがどんなに語りかけても心を閉ざしたままだった。

『人の心を勝手に見るな』

「だって、見えちゃったんだから仕方がないじゃないか!」

ルーベルトに怒られたが、当時を思い出したのか少し弱々しかった。

「泣かないでよ、ルーベルト」

『だから泣いていない。勝手に決めつけるな』

そうは言っても、僕の中のルーベルトはまだ悲しみの底にいる。

義弟もしくは義妹が出来たらルーベルトの寂しさも紛らわせるだろうか?

僕には出来なくても、ルーベルトと同じ血筋の子なら出来るかもしれない。

僕はまだ見ぬ子供に期待して眠りについた。

僕が寝てからもルーベルトはなにか考えていたみたいだけれど、サシャ嬢と花畑にいる幸せな夢を見ている僕はまったく分からなかった。


『執事にお母様の親戚筋から私より歳下の子供がいないか調べさせろ』

「分かった」

僕はルーベルトに言われるがまま執事にそう命じると、賢い執事はそれだけですべてを察したようで遠い親戚からもすべて調べ尽くした。


結果、一人の少年が報告された。

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