第10話 義弟が出来ました
『養子を取るぞ』
「えっ?」
『私一人で何かあっては公爵家が路頭に迷う。後継人に叔父上がいるとはいえ、最悪王族の領地になるかお取り潰しだ。そうならないためにも親戚筋から養子を取り私のスペアにする』
「僕に弟か妹が出来るの?」
『先日も言ったが、これは前々から考えていたことだ。公爵家のすべてを狙うものは多い。医院も、学校も目処が立ってきたばかりなんだ。他の者に渡すわけにはいかない』
「うん…そうだね」
『そこで執事から報告が上がっただろう?母方筋の遠い親戚に男の子がいると』
「そうだね。その子を弟にするの?」
『……決めるのはその子に任せる。他者の思惑で動かされるのは嫌だろう』
「うん…うん、そうだね。その子に聞いてみよう。僕の弟になってくれませんかって」
僕は大きく頷いてルーベルトに賛同した。
『義弟となる者はお前にも見てしっかりと確認して欲しい』
「いいの!?」
ルーベルトの一言に僕は驚いた。
すべてを自分で決めてきたルーベルトが領地の視察の時から始まりエイリッヒの件から僕を頼るようになってくれた。
『人を見る目は私よりお前の方があるようだからな』
自嘲気味に言って傷付くのはルーベルトなのに。
僕はそんなルーベルトを見ない振りして義弟になる子に思いを馳せた。
だってルーベルトがそっとしておいてほしそうだったんだもん。
僕は僕なりにルーベルトの味方でいたいんだ。
面合わせ当日。
応接室にはもう男の子が両親に連れられて来ているらしい。
伯爵家の五男。
僕はそっと扉を開けて中を見た。
ソファには両親と思われる男女が寄り添って不安気に何事かを話し合っている。
でも、事前情報だとこの両親も実の親ではなく、男の子の両親が亡くなったため引き取られたとのことだった。
まあ、義理とはいえ息子が養子に出されたら不安になるよね。
すみません。こちらの都合であなた方のご家庭を壊してしまって。
僕は心の中で謝って公爵の、ルーベルトの仮面を被ってノックをして入室した。
「遅くなってしまい申し訳ありません。本日はお越しくださりありがとうございます」
僕が入るとご夫婦は揃って立ち上がり恐縮そうに肩身が狭そうに挨拶を返してくれた。
「そんなに恐縮なさらずに」
にこり、と出来るだけ安心させるように微笑んだ。
ご夫婦の子供くらいの年齢の僕相手に社会の差から恐縮しきりだった。
ご両親との挨拶もしっかりと話すと、義弟になるかもしれない男の子に目がいく。
大きな窓の側に男の子はいた。
僕が来るまで自由にさせてあげて欲しいと頼んだから。
男の子はスケッチブックに熱心に空を描いている。一面の青だ。
「何を描いているの?」
分かっていながら近付いてしゃがみこんで興味本位で声を掛けてみると、その子は恐縮しきって上手く喋れないようだった。
「大丈夫だから、落ち着いて。これは空を描いていたのかな?」
「……お父様とお母様がいる場所だから」
その言葉に察した。
この子はルーベルトと同じなんだ。
寂しくても寂しいと言えずに内に溜め込んで一人で悲しんで立ち尽くしている。
僕は、事前に報告書を渡されていて何度も読み返して知っていたこの子の名前を目を見てはっきりと訊ねた。
「君のお名前は?」
「ルーファスと申します。トランドラッド公爵」
男の子はぺこりとお辞儀をして答えてくれた。
うん。可愛い。
「ルーベルトとルーファスって名前が似ているよね」
僕がにこりと笑いながら言うと、ルーファスは困ったように微笑み返してくれた。
ルーファスとルーベルトは名前だけではなくて生い立ちも周囲への優しさも似ている。
幼くして両親を亡くし、厄介者がられながらそれでも気丈に振る舞って笑っている。
まあ、ルーベルトのは良くない笑みの方が多いんだけど。
その点ルーファスは本当に可愛い。
『余計なお世話だ』
ルーベルトもここまでなにも言ってこないということはそれなりに気に入ったんだろう。
「私の噂については聞いているかな?」
ルーファスが困った顔をして僕と義両親を見比べた。
「正直に答えて大丈夫だよ」優しくそう言うと、ルーファスは意を決したように自分の胸に手を当てて答えてくれた。
「悪逆貴族のルーベルト・トランドラッド様とお聞き及んでおります」
「うん。その通りだね。悪逆の意味は分かるかな?」
「悪いことだと……ですが、失礼ながら私の目を見てしっかりと話を聞いてくださるトランドラッド公爵が悪い方だとは思えないのです」
ルーファスに真っ直ぐ見返される。
ルーファスはとても良い子だと思う。
ルーベルトの味方になってくれそうだ。
いつか僕が消えても、ルーベルトにはルーファスがいてくれる。
『それはどうかな?エイリッヒの件があるだろう』
ルーベルトは黙ってて。
第一、義弟選びは僕に一任するんでしょ!
心の中で罵り合っている間は沈黙だったため、ルーファスの瞳がどんどん不安気に揺れることに気付いて慌てて「怒ってないよ」と宥めた。
「ルーファスはさ、そう言ってくれるけど世間の目は私が悪いように言うよ。それでも悪くないって信じてくれる?」
「はい」
迷いのない返答だった。
僕はルーベルトが褒められたみたいで余計に嬉しくてにこにこ笑ってしまった。
ああ、これじゃあまたルーベルトに貴族の矜持が云々って怒られちゃう。
でも、この子はきっとルーベルトを正しく理解してくれる。
僕の直感は当たるんだ。
「ねぇ、ルーファス。私の弟になってくれるかい?」
頭を撫でながら聞くと猫みたいに目を細めながら頷いてくれた。
「トランドラッド公爵の弟君なんて務まるか不安ですが、精一杯頑張ります!」
「弟になるから兄と呼んでよ、ルーファス」
「兄……お義兄様。…ルーベルトお義兄様…」
少しはにかみながら言われる兄の敬称は、僕の胸を打ち抜いた。
どうしよう。僕の義弟がかわいい。
ルーベルトがかわいくないことばかり言うから余計にそう感じてしまう。
それに僕、弟って初めてだ。
ルーベルトは弟より友人かお兄さんって感じだから新鮮。
「我々の話は纏まりました。では、契約通りルーファスを我がトランドラッド家に養子にとり私の義弟にするということでよろしいでしょうか?」
ルーファスをこちら側に置いてソファで義両親と対面する。
義両親はどこかほっとした様子だった。
突然出来た義理の息子にどう接していいか悩んでいたんだろう。
「ルーファスはこれからトランドラッド家でお預かり致します。私の義弟として」
義両親二人は深々と礼をし、ルーファスをよろしく頼みますと一言言い残し家へ帰って行った。
さて、新しく出来た義弟のかわいいルーファス。
僕の、僕とルーベルトの新しい家族。
二人になった応接室でクッキーを食べながらのんびりとお互いのことを話し合った。
何が好きで何に興味があって何が苦手か。
これからもそんな些細な事をお互いに知り合えたらいいな。
でも、ルーベルトは僕ののんびり家族化計画なんて興味ないみたいだ。
ルーファスをルーファスのために用意した部屋まで送り届けて自分も自室のベッドに潜り込むとルーベルトが呟いた。
『まずは服の仕立てからだな』
「ルーベルトのお古はダメなの?」
『余程家宝に伝わるなどではない限り公爵家の威厳に関わる』
「ふぅん」
でも、可愛く着飾ったルーファスは見てみたいから賛成だった。
それに、なんだかんだでルーベルトも楽しそうだ。
新しく出来た家族。義弟のルーファス。
この新しい風が屋敷に爽やかで優しい風をもたらし、ルーファスは使用人からとても可愛がられていた。
もちろん、可愛がる筆頭は僕なんだけどね!
『お前はもう少し公爵としての威厳を持って接しろ。仮にも義兄だろう』
「ルーベルトは黙ってて!」
執務室で時折自分の事を黙らそうとする僕をこっそりと覗き見していたルーファスが不思議そうに見ていた事を僕は知らなかった。
「…ルーベルトお義兄様って不思議な方だな」
なんて、立派な兄としての威厳はルーベルトとの言い合いですべてなくなってしまったのだった。
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