第8話 エイリッヒの策略

僕は思い違いをしていた。

敵のことが知りたいなら敵の本拠地へ行くことだと。

『まったく……勝手な事を』

訪問の手紙を出して返信が来てからの数日はなんて切り込もうか、ない頭をうんうん唸らせて知恵熱が出た。

そんな僕の様子を使用人のみんなは心配してくれた。

特に乳母は僕がエイリッヒを疑っているなんて思いもせずに熱心に世話を焼いてくれた。

訪問当日、馬車を呼びつけた僕はルーベルトに小言を言われる。

でも、日が経つにつれて最近は最初の頃のようにエイリッヒを庇い立てるような事をしなくなって来た。

時々何かを考え込んでいるかのような仕草をする。

ルーベルトにもエイリッヒに対して思う事が出来てきたんだろうか?

エイリッヒのことを考える。

僕は一度しか会った事がないけれど、ルーベルトの乳母の息子で昔から兄弟のように過ごしてきたという。

屋敷で悪くいう人はいなかった。

母であるルーベルトの乳母にも「わたくしには過ぎた息子ですわ」なんて言われちゃう。

街では反応は半々だった。

サシャ嬢もエイリッヒになんとなく違和感を感じている。

色々な事を考えて、僕はルーベルトに宣言する。

「やっぱり、僕はあの人なんとなく好きじゃあないな」

『そうか』

返答が否定ではないことに少し驚いた。

いつもなら否定されるのに。

やっぱりルーベルトは変わった。


エイリッヒの邸宅に着くと、とても歓迎された。

すぐに応接室へと通されて、執事さんがエイリッヒを呼びに行ってくれて、エイリッヒはすぐに来てくれた。

「君がこんな方まで来るなんて珍しいな、どうしたんだ?急に」

エイリッヒは僕の思惑なんて気付かずにルーベルトに気軽に問い掛けた。

そんなエイリッヒになんて話し掛けようか悩んでいるとルーベルトが代弁してくれた。

『…執務のことで話がある。お前の執務室へ行こう』

「執務のことで話がある。お前の執務室へ行こう」

「分かったよ。この間の報告書で不備なんてあったかなぁ?」

頭を掻きながらぼやくエイリッヒは普通の人そのものだ。

執務室へ場所を移してルーベルトが喋ることをそのまま代弁すると執事さんがノックをして入って来てエイリッヒになにやら耳打ちした。

エイリッヒは少し顔を顰めると、すぐに笑顔を作りルーベルトに断りを入れた。

「少し、席を外すよ。楽にしててくれよ、ルーベルト」

『分かった』

「分かった」

チャンスは今しかない。

何があるかも分からないけど調べるなら今しかない。

「今だよ!」

そう言って机の上の書類から調べ始めた。

だけど、書類を探すのに手間取るかと思いきやルーベルトから助け舟が出た。

『机の引き出しの二番目に多分証拠品に繋がるものがある。あいつはいつも大切なものはそこにしまっていた』

「ルーベルト!」

『急げ。奴が戻ってくる前に』

「分かった!」

机の引き出しの二番目には鍵があった。

『あの馬鹿でかい壁掛けの額縁を外せ』

「ルーベルト……」

これはもう、ルーベルトも怪しんでいるんだ。

そこに至るまでのルーベルトの気持ちを考えると悲しくなったが今はそんな場合じゃない。

僕は大急ぎで大きな額縁を外すと、そこには金庫があった。

この鍵は、金庫のものだろう。

「開けるよ」

『……ああ』

そこには大量の書類があった。

もちろん身体はルーベルトなので見るのはルーベルトも一緒だ。

『…杜撰だな』

「そうだね、僕でも分かる」

あきらかな横領の証拠だった。

二重帳簿をつけて、ルーベルトに渡していたのは偽造された方だったんだ。

『奴を呼べ』

「そんなに簡単に切り捨てていいの?」

『ならどうすればいいんだ?』

「改心してもらうとか…横領したお金はお給料から少しずつ返済してもらって…」

『お前は甘いな。それでは公爵家の当主として成り立たん』

ルーベルトのその言葉にほんの少しの悲しみと寂しさを感じた僕は、ルーベルトを抱き締めたくて仕方がなかった。

なんで心は一つなのに触れ合えないんだろう?

「泣かないでよ、ルーベルト」

『泣いていない』

信頼していた兄弟分に裏切られたルーベルト。

今はどんな気持ちなんだろう?

『情けなぞ要らぬ』

こんな時でもルーベルトは気丈だった。

やっぱり、エイリッヒには謝罪と返金だけを望もう。

このままクビにして謝罪も受け入れず二度と会えないんじゃルーベルトの心の傷になる。

「ちゃんと事情を聞いてさ、それからどうするか考えようよ」

『奴の事情か…察せるがな』

その時、ちょうどノックの音がしてエイリッヒが戻って来た。

額縁が外されて金庫が開けられ中身の書類を見ている。

言い訳が効かない現場を見られてしまった。

いや、横領の罪を暴いたこちらに利がある。

『これはどういうことだ、エイリッヒ』

「これはどういうことだ、エイリッヒ」

ルーベルトと僕の問いにエイリッヒは薄い笑みを浮かべた。

なんの言い訳もしないつもりだろう。

「何って、見ての通りさ」

バレるのが遅いくらいだぜ、ルーベルト。なんて軽々しく言われて逆に嘲る。

『お前とは兄弟分だと思っていたんだがな。優秀であるし、だからこそ領地の一部も任せてみた』

「お前とは兄弟分だと思っていたんだがな。優秀であるし、だからこそ領地の一部も任せてみた」

ルーベルトの言葉をなぞりながら感じる。

ルーベルトの言葉がどれほど弱々しいかを。

そんなルーベルトの心情も小馬鹿にするようにエイリッヒは言う。

「たかだか乳母の息子と公爵様が同等のはずが無いだろう、ルーベルト。俺には金と権力なんてものはなかった。だから欲しかった」

エイリッヒは笑った。

「悪逆貴族のルーベルト!その呼び名だって俺が広めたんだ!そうして領民の不安と不信感を煽り立て、その立場を失墜させて俺が公爵家代理としてこの領地をすべて手に入れる予定だったんだ!俺はこんな領地の片隅をただ任されて終わるだけの男じゃない!」

『そうだろうなと途中で思っていたさ』

思っていなかったんだろう?

信じていたんだろう?ルーベルト。

だからそんな悲しい気持ちになるんだ。

僕にはルーベルトの気持ちは分からないけれど、その声音が震えているのも虚勢も今はわかるよ。

ルーベルト、悲しい時は泣いてよ。

今なら僕しかいないよ。

『貴様に同情されるとはな』

自嘲気味に答える声はまだ弱々しい。

僕はルーベルトをこんなに傷つけたエイリッヒがとても許せなかった。

人生で初めてこんなに怒りを覚えた。

「エイリッヒ」

「なんだよ。今更だ。どんな処罰でも受けてやるよ」

エイリッヒは堂々と開き直るとそう断言して手近にあった椅子にどかりと座った。

僕は、ルーベルトだ。

だからルーベルトらしく、悪逆貴族らしくしてやろう。

「エイリッヒ。お前にはこの領地で善行を積む事を命ずる」

『曖昧過ぎるな』

ルーベルトがようやくちいさく笑う。

よかった。ルーベルトが笑ってくれて。

僕は少しホッとした。

「善行を積むってなんなんだよ」

エイリッヒが呆れながら訊ねる。

「お前は優秀だからな。不正さえしなければ領民にとっていい主人だ。だからこちらから人を派遣して不正のないよう見張りをつけてこれまで通りここを任せたい」

僕が決めた罰にエイリッヒは大笑いした。

「お優しいこったな、ルーベルト。一度裏切られたのにまだ信じてここを経営させる気か?」

「お前の罪はお前で償え。それが罰だ」

僕がエイリッヒに罰を決める間もルーベルトは黙っていたけれど、エイリッヒが顔を逸らすとようやく口を開いた。

『だが、お前との時間の全てが嘘とは思えない』

ようやくルーベルトがしっかりした言葉でエイリッヒに語り掛けた。

「だが、お前との時間の全てが嘘とは思えない」

ルーベルトの心情をそのままエイリッヒに伝えられるように、出来うる限りルーベルトの心に添えてエイリッヒに告げると、エイリッヒは項垂れた。

エイリッヒにとっても、ルーベルトとの時間の全てが嘘じゃなかったんだろう。

僕はルーベルトだけどエイリッヒを知るルーベルトじゃない。

エイリッヒが知るルーベルトじゃない。

僕には分からない、二人の絆があるんだろう。

『話はそれだけだ』

えっ、勝手に罰を決めつけたのは僕だけど、本当にそれで良かったの?ルーベルト。

『ああ。屋敷のみんなには黙っておいてやってくれ。特に奴の母親には』

ルーベルトは本当に優しい。

エイリッヒがルーベルトをなんでここまで恨んでいたのか僕には分からないけれど、生まれの違いだけじゃない何かがあったのかもしれない。

いつか、ルーベルトとエイリッヒが昔みたく仲良くなれる日が来るといいな。

そう思いながら横領の証拠書類を抱えて帰路についた。

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