第7話 エイリッヒへの違和感

エイリッヒには気を付けようと思っていても相手にも領地経営があって、なかなか会う事がなかった。

あの時も領地経営の報告書を母親の様子を見に来るついでに自分で持って来ただけだもんな。

よし!ここはこの屋敷にいる人からエイリッヒについて訊ねてみよう!

『おい、馬鹿、やめろ』

やめろと言われてやめるぐらいならルーベルトと付き合っていない。

いや、僕がルーベルトになっているだけなんだけど。

そうと決まれば調査開始だ!


結論から言うとエイリッヒを悪く言う人は誰一人としていなかった。

ここまで好青年がいるか?と逆に疑いたくなるほどエイリッヒの評判は良かった。

『そらみたことか。くだらない事はもうやめて、さっさと仕事を片付けるぞ』

屋敷が駄目なら街へ行こう。

昔、ルーベルトのご両親がご存命だった頃は二人で屋敷を抜け出して街へ遊びに行っていたと聞く。

どこかでエイリッヒのことを覚えている人がいるかもしれない。

『領地でおかしなことをするな!やめろ!』

ルーベルトの制止は僕の後押しになる。

「街へ向かう」

そう言って馬車を用意されて僕は乗り込んだ。

街でのエイリッヒの評判もまずまずだった。

まずまず、という事はエイリッヒに好意的ではない人も居るわけで。

そういう人達は僕みたいになんとなく違和感があるというだけで、特に何かがエイリッヒに問題があったわけではないけれど、苦手意識を持っていた。

特に問題はないんだよな、エイリッヒ。

だけどなんでこんなに違和感があるんだろうか?


腕を組みながらルーベルトの叱責も右から左へ聞き流し屋敷へ戻ると、サシャ嬢からお茶会のお誘いの手紙が届いていた。

サシャ嬢とのお茶会!

『そうだ。お前はエイリッヒのことよりカサンドラ侯爵令嬢の相手でもしていろ』

余程エイリッヒを疑われたのが不服だったのか、随分と棘のある物言いだった。

それはそうだ。親しい人物を僕みたいな勝手に体を使う存在に不審がられたら腹が立つ。

「ごめんって、ルーベルト。…ねぇ。サシャ嬢へのプレゼントのブローチさ、返信の手紙と一緒に贈った方がいいかな?お茶会で手渡しした方がいいかな?」

『カサンドラ侯爵令嬢のことはお前に任せている。好きにしろ』

僕は散々悩んだ末に、手渡しして喜んでくれる顔を直に見たいと思い至ってお茶会当日に渡すことにした。

サシャ嬢、喜んでくれるといいな。

僕は楽しみな気持ちでサシャ嬢へ返信の手紙を書いた。

勇気を振り絞って、お会いするのを楽しみにしています、なんて書いてしまった。

だって本当に楽しみなんだもの!

早くお茶会の日にならないかなぁ。

『おい、女に現を抜かす前に予定外に領地へ出た分の仕事をするぞ』

「はぁい」

ルーベルトに叱られるのも慣れたもので、最初の頃はほんのちょっとだけ…本当にほんのちょっとだけ怖かったけれど、今ではルーベルトが元気な証拠だと思って微笑ましく感じている。

『お前は私の何になりたいんだ』

ルーベルトに呆れられたけれど、そう思うんだから仕方がない。

ルーベルトは僕が守らないと。

何故かそう思った。


さて、待ちに待ったサシャ嬢とのお茶会は使用人のみんなから微笑ましそうに見守れながら出立した。

少し気恥ずかしいけれど、みんなに応援されていると思えば嬉しいものだ。

今日はサシャ嬢へのプレゼントもある。

楽しいお茶会になるといいな。

そう思いながら馬車はのんびりとカサンドラ侯爵邸へ向かって行った。

今回はサシャ嬢自ら迎え入れてくれた。

「はしたない話ですが、お会いするのを待ちきれなくてお出迎えさせていただきました」

見事なカーテシーでそんなことを言われたら愛しさが募る。

「はしたないなんてとんでもない。とても嬉しいですよ。ありがとうございます、サシャ嬢」

にこりと微笑めばサシャ嬢も微笑んでくれた。

これはいい雰囲気なのでは!?

サシャ嬢にブローチをプレゼントするチャンスだ!

「あの、これ。街の視察に行っていた際にサシャ嬢に似合うと思い買い求めた品なのですが、もしよろしければ受け取ってくださいますか?」

ポケットに入れていた箱を取り出しサシャ嬢に手渡す。

サシャ嬢の頬に朱色が走る。

「とても嬉しいですわ!ありがとうございます!トランドラッド公爵!」

「それなのですが、婚約しているのですし名前で呼んでくださって大丈夫ですよ、サシャ嬢」

「本当ですか!?それではルーベルト様とお呼びさせていただきますね」

そして嬉しそうに何度も僕とブローチの入った箱を見比べるサシャ嬢はとても愛らしかった。

しばらく幸せ空間に浸っていたらサシャ嬢が気付いたように声を掛けられた。

「ここで長々とお話ししてしまい申し訳ありません。応接室へお越しください」

サシャ嬢に案内されて、以前も通された室内へ入ってお互いソファに座る。

すると待ち構えていたようにメイドさんが入って来て紅茶やお菓子を並べていった。

「どうぞ」

「ありがとう」

僕が紅茶を飲んでクッキーを貪っている間にもサシャ嬢は箱を眺めていた。

「あの、こちら開けてみてもよろしいでしょうか」

「どうぞ、私もサシャ嬢の喜んでくださるか不安なのでこの目で確かめたいのです」

「そんな、ルーベルト様に戴くもので不満があるはずありませんわ」

そう。先日の花束も栞にして贈り返してくれたサシャ嬢だ。

「あの栞も日記帳に挟んで大切にさせていただいております」

「まぁ…。ありがとうございます」

サシャ嬢はとても嬉しそうにしながら箱からブローチを取り出した。

「きれい…」

「サシャ嬢にお似合いだと思いまして」

「そんな、わたくしには勿体無い品ですわ。ですが、ルーベルト様のお心遣いとても嬉しく思います。大切にさせていただきますね」

淑女の面が外れた満面の笑みでそう言われて落ちない男がいようか。いや、いない!

僕は前々からサシャ嬢に好意を寄せてきたけど、今回で完全に落ちた。

サシャ嬢が麗しいから仕方がない。


しばらく談笑していると、そういえばサシャ嬢も昔からルーベルトと馴染みがあるんだからエイリッヒについて何か知っているかもしれないと思い話を振ってみた。

サシャ嬢はそれまでの朗らかな雰囲気から少し曇らせた。

「ルーベルト様の乳母の息子様で親しいと分かっていても、わたくしにはあの方の笑みの裏が気になって仕方がないのです」

サシャ嬢が申し訳なさそうに言う。

「サシャ嬢もエイリッヒと出会ったことはあったのでしょうか?」

サシャ嬢は小さく頷いた。

「ルーベルト様のご紹介で、親しくしている友人だと…。ですが、ルーベルト様のご友人と分かっていてもあの方に違和感があるのです!申し訳ありません!ルーベルト様!ご友人に無礼な事を申し上げてしまい…!」

サシャ嬢が半泣きになりながら謝罪してくる。

サシャ嬢もエイリッヒに違和感があるのか。

『おい、よせ。やめろ』

「実は、私もエイリッヒに対して不信感があるのですよ」

『私はそんな事思っていない!やめろ!』

ルーベルトにいくら怒られてもこれがぼくの本心なんだから仕方がない。

それに、サシャ嬢の事は僕に任せると言ったのはルーベルトだ。

ならサシャ嬢との会話も僕の好きにさせてくれればいいはずだ。

「こんなことを思ってしまい、僕もどうすればいいのか分からないのです」

「そうなのですね…ルーベルト様もエイリッヒ様の事が気になるのですね」

同意見と分かって安心したサシャ嬢の手を握る。

「この違和感の正体が何かは分かりませんが、その正体が分かったあかつきにはサシャ嬢にも事の顛末をお話しすると約束します」

あっ!勢いでサシャ嬢の手を握ってしまった!

サシャ嬢は恥ずかしそうにしながら頷いてくれた。

「エイリッヒがどういう人物か分かったらその旨ご連絡させていただきます」

「かしこまりました。どうかご無理はなさらぬように」

『エイリッヒに限ってなにかあるわけがないだろう。まったく、二人して何を盛り上がっているのか』

ルーベルトは黙ってて!


こうして、サシャ嬢ともエイリッヒのことを調べると約束して自宅へ帰った。

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