第6話 エイリッヒという人

ルーベルトの悪逆が悪逆ではなく善行だと知って数日が経った。

あんなに気が進まなくてサインをするのが億劫だった書類仕事も捗って仕方がない。

だって、これは僕には分からないだけで…ううん。誰にも伝わらないだけで、ルーベルトと思いやりなんだ。

そうと分かればこの非道かと思われる書類の文面にも喜んでサインをした。

増税した代わりに肥えた食物を民に、統計的に干ばつが起き飢饉になるだろう隣の領地にはその頃には安く食料を卸せるように、すべてがルーベルトにとって大切な民に善きように考えて作られている。

僕はそんなルーベルトが誇らしく大好きになった。

単純だなんて言ってくれるな。

いや、僕もルーベルトだから自画自賛?ナルシスト?

「どう思う?ルーベルト」

ペンを走らせながらルーベルトに問うと、また叱責を受けた。

『くだらないことを考えるなら仕事に集中しろ。仮にも私だろう?』

ルーベルトは仕事のことになると手を抜かない。

民のためを思って毎日頑張っている。


しばらくして一息つくと、ノックの音が響いた。

「入れ」

なんて、ルーベルトっぽい言い方にも慣れてきた。

入ってきたのは僕より少し年上の青年だった。

「よう、ルーベルト。任されてる領地の一部の報告書を持ってきたぜ」

知らない青年はルーベルトが怖くないのか気安くそう言って机の上に書類の束を置いた。

『ご苦労だったな、エイリッヒ』

「ご苦労だったな、エイリッヒ」

エイリッヒはこの青年だろう。

余程ルーベルトと親しいのか、あの民のために心身を注いですべてを管理していると思っていた領地を一部だけでも任せているなんて。

しばらくルーベルトの言葉を代弁しながらエイリッヒと談笑すると、突然来た時と同じように突然帰ると言い出した。

「お袋に挨拶だけしてまた領地に帰るよ。じゃあな、あんまり勘違いされるような言動をするなよ、ルーベルト」

エイリッヒはルーベルトが悪逆貴族なんて言われていても本当は善行をしていることを知っているんだ。

僕は他人がルーベルトを正しく知っていることに驚いた。

そんなエイリッヒはルーベルトにたいして兄のように接する。

「ルーベルト、エイリッヒって誰?親しいようだったけれど…」

『奴の名前はエイリッヒ。私の乳母の息子だ。昔から兄弟のように過ごしてきた』

「ルーベルトにとっては大切な人なんだね」

でも、ぼくはなんとなくエイリッヒという人からは好ましくない印象を受けた。

それが何故なのかは分からないけれど、直感的にそう感じた。

『直感程度で私とエイリッヒの間を決めつけるなよ』

こんな言葉を言うくらいにはエイリッヒに心を許しているんだろう。

ルーベルトになっている僕なんかよりは。

それが面白くなくてなんとなく余計にエイリッヒに対抗意識を燃やした。

『馬鹿なことを考えていないで仕事の続きをするぞ』

「はぁい」

そのまままた書類仕事をするために机に向かう。

エイリッヒが持って来た報告書にもしっかりと目を通した。

領地経営は意外と上手くやっているようで、不作も関係なく黒字を叩き出していた。

「エイリッヒって優秀なんだね」

『そうでなければ領地の一部を任しておらん』

「そうなんだ」

でも、僕はどれだけルーベルトがエイリッヒに対して褒めようと最初に感じた違和感を拭えずにいた。

エイリッヒってどんな人なんだろう?

それが分からない限りはルーベルトにどんなに言われようと僕は僕の直感を信じてエイリッヒを警戒しようと決意した。

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