第一幕 アオハル④

 少し距離を取ったエリアの影にて、健生と幸は自分たちにかかった透明化の能力を解く。


「助かったよ、幸さん。ありがとう」

「いいえ。……ですが、皆さんには少し申し訳ないことをしてしまいましたね」

「まあ、一たちは一たちできっと楽しんで帰るよ。俺たちもその……デート、二人っきりで楽しもう」

「そうですね。……楽しみです、私」

「俺も。どこから回ろうか?」


 そして今度こそ、二人きりの初デートが始まった。

 まず、唯と一緒に来たときには乗れなかったジェットコースターに乗ってみた。これが意外と大迫力で、健生は思い切り叫んでしまった。隣に座っていた幸は平気だったようで、少し恥ずかしい。

 今度は二人で乗れるから、とコーヒーカップに乗ってみた。子どもの頃は両親と一緒にぐるぐる遊具を回して楽しんだものだが、今はそんなことできやしない。超能力の強化なしで乗ってみたら、見事に目を回してしまった。そしてまた幸は平気だったようだ。素の身体能力は相変わらず彼女の方が優れているようで、乾いた笑いが出てしまった。それでも、幸がどことなく楽しそうに過ごしているのが嬉しくてそんなことどうでもよくなってしまったが。

 少し落ち着いた後は、観覧車にも乗ってみた。上からだと、遊園地を楽しむ人々の姿が良く見える。幸が偶然、遊園地を楽しむ一たちを上から見つけ、「ふふっ」と思わず吹き出していた。健生は幸がこんな風に笑うところを見たことがない。そんな彼女の可愛らしい笑いに、健生はまた釘付けになってしまう。彼女を笑わせたのが自分でなかったことは少し悔しかったが、ここは一たちに譲ろうではないか。

 時に、時間の流れは一緒に過ごしている相手によって感じ方が変わるらしい。健生は今日、世界で一番可愛くて美しい少女と一緒に過ごしていた。その時間の経過がとてつもなく早く感じたことは推して図るべし。気づけば家族連れやカップルもまばらになる時間になっていた。


「ずいぶん長く遊んでしまいましたね。そろそろ帰りましょうか?」


 そう言った幸に、健生は一言声をかける。


「そうだね。……帰る前に一か所寄りたいところがあるんだけど、いいかな?」

「……? はい、構いませんよ」


 健生がこう言い出すのは幸にとって意外だったのだろう、彼女はきょとんとした様子を見せる。だが、ここからが健生たち男子組の練ったデートプランの本番だったのだ。

 健生は幸を遊園地のある場所に連れていく。


「ここは……展望台ですか?」


 この遊園地には高い展望台があり、町を見渡すことができる。日中は子ども連れに人気なスポットだが、今は人の影がない。しん……とした雰囲気で、どこか寂しい場所と化していた。


「そう。……幸さん、足は大丈夫?」

「はい、まだ十分歩けます」

「それなら良かった。じゃあ、登ろうか」


 そして、健生は幸の手を引いて階段を登っていく。静かな階段には二人の足音だけが響いていた。何故か跳ねる鼓動と足音がリンクする。朝の高揚感とはまた違う。今、ここにいるのは本当に二人だけなのだという事実が、二人の胸を高鳴らせた。

 そうして着いた展望台の屋上。夕日が二人の影を長く長く伸ばす。その高みからの光景に、幸ははっと息を呑んだ。


「これは……」


 自分たちの住んでいる町が見える。夕暮れに染まった、小さな自分たちの町。太陽がまさに沈もうとしている瞬間が見え、その美しさは幸の心を揺さぶった。


「……ここから見える夕日は綺麗だって、冬樹君が調べて教えてくれたんだよ。幸さんと一緒に見れたらいいなって思って、最後に大変な場所に連れてきちゃった」


 ごめんね、と健生は申し訳なさそうに笑う。そんな、謝る必要はないのに。


「謝る必要など……。……私、夕日をこんな風に見たのは初めてかもしれません」

「うん、俺も。……綺麗だね」

「はい……自分たちの町が小さく見えて、でもとても綺麗で。不思議です」


 幸の横顔が夕日に照らされる。その姿があまりにも、あまりにも綺麗で。


「幸さん」

「はい、何でしょう、健生様」

「キスしてもいい?」

「……文化祭のときのことですね。貴方がしてくださるのなら、私は嬉しいですよ」

「本当にしちゃうよ?」

「むしろ、してくださらないのですか?」

「……もう知らないからね」

 

 健生は幸の腰を抱き寄せ、彼女を強く抱きしめながら、その唇に口づけをした。

 一瞬だったかもしれない、長かったかもしれない。ただ一つ言えるのは、二人にとっては永遠だった。

 そんな夕暮れのひと時は誰にも見られることなく、二人だけの宝物として過ぎていった。


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