第二幕 ハツニンム③

 その日の夜。イライラして眠れない唯を何とか寝かしつけた(ほとんど両親と恋羽がやってくれたようなものだ)健生は、疲れ切ってダイニングの机に突っ伏していた。そこに、まったく疲れを感じさせない柳がやってくる。


「初任務、お疲れ様です。健生様」

 

 彼女は温かいコーヒーを淹れ、健生に差し出してくれた。


「ありがとう……柳さんもごめんね、何度も唯ちゃん追いかけさせちゃって……」 「いいえ、私にはあれぐらいのことしかできませんので」

「? どういうこと?」


 健生が聞くと、柳は隣に座ってこう答える。


「私も、今回のように護衛対象が幼い任務は初めてです。そして、健生様のように、子どもとコミュニケーションを図ろうとすることもできません」


 柳は自分のコーヒーを一口飲み、話し始める。


「健生様も第一班に入隊されたので、私の能力の副作用についてお話しておきます。私は、超能力で自分を透明にすること、自分に触れたものを透明化させることができますが、その代わりに……喜怒哀楽といった感情が非常に薄く、生起しづらくなっています」

「柳さん……」

 

 彼女が無表情なのも、これまで会話の最中に固まることがあったのも、副作用が原因だったのか。

 それもだが、晶洞によると、副作用の話題はなかなかデリケートな問題らしい。大切なことを、入隊したばかりの、何の頼りにもならない自分に話して良かったのか。


「柳さん、それ、俺に話して良かったの……?」

 

 思わず本人に直接聞いてしまった。

 柳は問題ない、というように答える。

 

「はい。私は副作用の話題について気になりませんので。今回の任務に関しては、私よりも子どもとのやり取りができる健生様に、唯様との関わりをお任せすることになるかと思います。申し訳ありません」

「いや、そんな、俺だってそんなにできないし、ごめん……」


 何でもないように語るその様子こそ、副作用の象徴と言えるのだろうか。

 柳がどう感じるのかも、何を感じているのかも分からない。そもそも、何も感じてなんかいないかもしれない。そんな事実に、健生は何も言うことができない。軽々しく、そんなことないよ、なんて彼女に言ってはいけない。


 超能力という力の代償に愕然としながら、健生はコーヒーを飲み込んだ。何だか、いつもより苦く感じた。



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