第四幕 トレーニング

第四幕 トレーニング①

「それでは、訓練を開始しますよ、健生君!」

 

 晶洞はふふん、と胸を張って健生に宣言する。

 健生は先日案内されたトレーニングルームに来ていた。これから彼は下校後、毎日能力制御の訓練を行うこととなる。


「よ、よろしくお願いします」

 

 やけに張り切っている晶洞の勢いに気圧されながら、健生は挨拶を返す。

 健生の返事を満足そうに聞くと、彼女は「そい!」とトレンチコートを脱ぎ捨てた。健生は「うおっ」と思わず目を塞いだが、すぐにそんなことをしなくても大丈夫だということを思い出す。


 晶洞羅輝。彼女の全身は結晶化し、美しい宝石の彫刻のようになっていた。


「やっぱり、こんな美しい人体を隠すなんてナンセンスですね!」


 自分の体を眺め、石膏像のようにポーズを決める彼女の能力は結晶化。全身を結晶化させることができる。照明の光を吸い込んで、彼女の体はキラキラと光っていた。


「綺麗……とは思いますけど、服は着てほしいです……」

 

 健生は、晶洞と初めて会ったときを思い出す。そのときは、晶洞は能力を使用していない状態で全裸だった。今思い出しても、とんでもない初対面である。


「服の件は色々言いたいことがありますが……綺麗という言葉に免じて許してあげます」


 彼女は不服そうだが、ひとまず文句は飲み込んでくれたらしい。そして服は着てくれない。いくら能力を使用しているとはいえ、なんというか、目のやり場には困る。

 そんな健生の心中などいざ知らず、晶洞は説明を始める。


「健生君は、超能力がどういうものか、柳さんから説明は受けていますか?」

「それについては聞きました。トラウマとか、ストレスがきっかけで発生する力ですよね」

「その通りです」


 晶洞は大きく頷く。


「ちなみに、超能力には副作用も伴います。個人によって異なりますが、私の場合は体が勝手に結晶化してしまうことですね。まあ、大して困ってはいませんが」


 副作用。そんなの初めて聞いた。


「……じゃあ、柳さんも副作用に苦しんでるんですか?」

「それはどうでしょう。あまり詮索する話題ではありませんよ、健生君」


 晶洞から釘を刺される。確かに詮索するのは良くないが……。


「柳さん……皆さん副作用の中頑張っているのに、それが表に出ないなんて」


 あまりにも悲しいじゃないか。


 そんなことを思っていると、晶洞は「……はあ」とため息をつく。


「健生君はお人よしですね、こんな護衛対象は初めてです」


 続けますね、と彼女は話題を切り替えた。


「つまり、超能力はトラウマやストレスの影響を大いに受けているということです。だからこそ、超能力を制御するには、超能力は自分の一部だと捉えること、自分のトラウマと向き合うことが求められます」


 苦しいことですが、と彼女は付け加える。


「まあ、いきなり自分のトラウマと向き合うのは無理があるので、まずは超能力を自分の一部と捉えられるようにしましょう」

「それは、どうやって?」


 理屈は分かるが、何をするかいまいち見えてこない。

 そう思っていると、晶洞はこう指示する。


「健生君、まずは能力を使ってみてください。どんな形でも構いません。私は体が結晶化しているので、怪我をする危険もありません」

「そんないきなりですか⁉」

「実際、一番手っ取り早いんですよ。じゃあ、この前は手が変質したとのことだったので、手からやってみましょう。あのときの感覚を思い出して、手に集中させてください」

「あのときの感覚……」


 あのときは……どうだったか。


 ひどく怖かったのを覚えている。

 途中からはわけも分からないまま、逃げるのに無我夢中だった。

 逃げようとしていた?

 何から?

 黒服たち?

 あの研究施設?

 いや、どちらも違う。

 俺は……。


(俺は、俺から逃げようとしていたんだ……!)


「……っ! はあ……!」

「健生君、ストップです」


 はっと意識が現実に戻ってくる。

 隣を見ると、晶洞が健生の肩に触れていた。

 健生の体はどこも変わっていない。人間の姿のままだ。


「晶洞さん、俺……」

「顔色が悪いですね。少し休憩しましょう」


 晶洞からそう提案される。実質何もできなかったこと、そしてそのことに安堵する自分に落胆しながら、健生は小さく頷くのだった。


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