傷もつ僕ら【無期限更新休止】
あやとり
第一部 覚醒編
第一幕 ユウカイ
第一幕 ユウカイ①
朝、身支度を整えるため姿見の前に立ち、こんなことを思う。
意外と、この世は悪いことばかりじゃない。
姿見に映っているのは、かの有名な小説に出てくる人造人間かと思うほど、全身に大量のつぎはぎをもつ自分の姿だ。
冨楽健生(ふらくけんせい)。高校二年生。
幼少期に遭った交通事故により、顔を含めた全身に傷跡が残り、記憶喪失となった。おまけに数年に及ぶ入院生活とリハビリが加わり、彼は小学校にほとんど通っていない。外野が聞いたら同情するような大変な幼少期を過ごしてきた彼だが、意外と人生を悲観することなく生きてきた。
ボタンを全て外して着崩した学ランと少し伸びた黒髪(前髪を伸ばしていることにより、少々目つきは鋭くなってしまっている)。これが彼のいつものスタイルだ。こんなものか、と納得し、教科書を放り込んだ鞄を掴んで自室を出る。
「おはよう、父さん、母さん」
「おう、おはよう」
「おはよう、健生」
身支度を終えて下に降りていくと、あたたかな朝日に照らされた両親がいた。彼らは息子の姿を確かめると、朗らかな笑顔を見せる。記憶を失い、長期のリハビリを余儀なくされた健生を辛抱強く、愛情深く支えてくれた両親。高校二年生ともなれば反抗期の一つや二つあるはずだったが、冨楽家は怒号もいさかいも一切なく、平穏そのものと言える日々を過ごしていた。母が用意してくれた朝食を、家族でニュースを見ながらのんびり食べる。冨楽家のモーニングルーティンである。
「あれ、今日雨降るんだ」
「こんなに晴れてるのになあ。意外と降らないんじゃないか?」
「だといいけど……。二人とも、念のため傘持って行ってね」
ゆったりとした時間はあっという間に過ぎていく。他愛のない話をしていると、健生が家を出る時間になっていた。
「げ、もう行かないと。ごちそうさま!」
「おう、いってらっしゃい」
「いってらっしゃい。今日も頑張ってね」
慌ただしく家を出る背中に、柔らかな声がかけられる。両親からのエールに手を振って応えると、健生は玄関へと向かっていった。どんなに慌てていても、母から言われた傘を忘れることはない。
道行く人々は、つぎはぎだらけの健生を見てぎょっとした表情をしたり、奇異の視線でじろじろと見たりする。こんな出来事、彼にとっては日常茶飯事だ。だが、そんな世間の目だって目じゃないほど素晴らしい友人二人に、健生は恵まれていた。駆け足で友人たちとの待ち合わせ場所に向かう。
道を進んでいくと、通勤、通学をする通行人や、朝早くから道端で荷下ろしをする配送業者の姿が目立ち始める。健生は、登校しながら眺める街の風景を気に入っていた。少しずつ街が動き出して、一日が始まることを実感する。きっと自分の人生は、人から見れば大変なものだろう。それでも、自分を支えてくれる家族や傷跡を恐れずに付き合ってくれる友人たちに恵まれた。そんな人たちと過ごせる一日がまた始まるのだ。これまで苦労したこともあったが、これだけは言える。
意外と、この世は悪いことばかりじゃない。
思えば、このとき油断していたのだろう。いつも通りの通学路。いつも見かける配送業者の人間。友人たちの元へ、と急いでいた健生は、背後の異変に気づけなかった。
ガアン!
……は?
殴られた。それだけは分かった。ガシャン、と手に持っていた傘を落とす。
予想なんてできるわけない強い衝撃に、意識が落ちかけ、平衡感覚が奪われる。地面に崩れかけると思いきや、後ろから強い力で引きずられ、トラックの荷台に放り込まれた。健生を殴った配送業者の男は健生と一緒に荷台に乗り込み、素早く扉を閉める。
「出せ」
無線で指示を出しているのだろう。男の声がすると、トラックはすぐに発進する。健生はそこで意識を手放した。
彼は知る由もなかったが、外は雨が降り始めていた。
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