第34話 楽しいお茶会を始めますか?

 女神と仲間である僕ら三人は急に現れておかしな事を言う彼女に「どういうこと?」などと口々に呟きながら困惑の表情を浮かべている。

 最も戸惑っているのはギュンターだ。頭の上にはてなマークが浮かんでいるのが見える。


「どちら様……この気配、まさか陛下ですか!?」


 ルイーゼ様を見つめてしばらく思案した後、何かに気づいたように焦りを見せるギュンター。

 彼が陛下という存在は一人しかいない。魔王だ。

 女神を魔王と勘違いするとは、真摯な立ち振る舞いは見せかけで失礼な人なのかもしれない。まぁ性格は魔王そのものだけどね!


「流石ですね、ギュンター。この姿でも、私を魔王と認識できますか。サロメも気づかなかったのですが。まあ、あの子は興味の無い物には徹底的に無関心ですからね」


 ルイーゼ様は平然と言ってのけた。

 その内容を咀嚼する事を脳が拒否している。


「う、嘘ですよね!?ルイーゼ様が魔王だなんて信じられません!!」


 冷静なライラはいち早く反応する。ライラが激しく否定するのを見て僕はようやく女神の発言の意味を理解し、反射的に言葉を発した。


「そうですよ、そんなはずないんです!だってルイーゼ様は女神じゃないですか!いくら性格がアレだったとしても!」


 叫んでから気づく。僕の発言は場をより混乱させるだけだな、と。案の定、ライラとアユミは眉根を寄せている。


「んー魔王なの?女神なの?ルイーゼさんって何なの?で性格悪いの?」


「スナオ様、ルイーゼ様は確かに女神のようにお美しいですけど、今はそういう話をしているわけではないんです!ちなみに性格はノーコメントです」


 いや、なんかごめんなさい。


「皆さん、落ち着いてください。順を追って話しますから。スナオさんは今の発言よく覚えておいてくださいね。ギュンター、食堂に関係者全員を呼び出してください。あとー」


「紅茶とお茶請けでございますよね。御意に」


 ギュンターはルイーゼ様の事を良く分かっているようだった。指示が全て発せられる前にそれをくみ取り返事をする。そして僕は余計なことを言ってしまったと後悔する。

 彼の指揮の下で不思議なお茶会の準備は迅速に行われ、魔王城の広い食堂に錚々たる面々が集った。そのメンバーは、ルイーゼ様、僕(in the棺桶)、ライラ、リザ、ブラム、アユミ、セリア、ギュンター、そしてサロメだ。

 リザとセリアが同席していることに戦慄したが、抜け殻になったリザは最早姉だったものにあまり反応しなくなっていた。今も上の空だ。

 それにしても皆は豪華な椅子に座って芳醇な香りのする紅茶と美味しそうな菓子が用意されているけど、僕だけ棺桶!人間と魔族が両方存在するから仕方ないとは言え、あんまりじゃないですか!性格がアレって言った件は謝りますから!

 

「ねぇ、サロメちゃんはなんでこんなところに呼び出されて、人間虫けら達と同じテーブルに座っているのかにゃー?」


 ギュンターに無理やり連れてこられて、事態を把握していないらしい。まぁこの場で事態を正確に把握しているのはルイーゼ様しかいないけど。


「貴方は本当に父親に似ていますね。人間との小競り合いは止めなさいと言ったでしょう?」


「な、なんで虫けらにそんなこと言われないといけないのかにゃ!?」


 基本的に人間のいう事を無視するのがサロメであったが、その発言内容は看過できなかったのか思わず反応する。


「まだ私が誰だか分かりませんか。仕方ありませんね」


 そう言うとルイーゼ様は光に包まれて姿を変える。現れたのは魔王然とした女性だ。水牛のような立派な2本の角を頭から生やし、サロメと同じ紫の髪色をしている。スタイルは女神の時と変わらず神がっていて、露出度が高まっているためより煽情的だ。


「お、お姉様!!」


 サロメは開いた口が塞がらない。自分の失態を思い返し震えている。僕の仲間達はもう事実を知っていたので覚悟はできていたが、それでも皆一様に驚愕の表情を浮かべている。改めて目の当たりにするとショックでかいよねぇ。


「修練が足りないから見破れないのですよ。今度、稽古をつけてあげましょう」


「そ、それだけは……許して~お姉様」


 サロメは涙目で懇願する。ルイーゼ様の稽古は僕も受けたくないなぁ。今まで君には散々虚仮にされてきたけど、今回ばかりは同情するよ。


「さて愚昧の相手はこれぐらいにして本題に入りましょう。そうですね、何から話すのが良いか。質問を受ける形した方がいいでしょうかね」


 その言葉を受けてライラが真っ先に手を上げる。彼女の表情からその内心が窺える。ルイーゼ様が魔王であった事のショックよりも未知への探究心が勝っているようだ。彼女は生粋の冒険者らしい。


「結局、ルイーゼ様は何者なんでしょうか?」


「陛下は陛下です。それ以外、何者でもありません」


 ギュンターが割って入るが、ライラの表情が明らかに白ける。


「ギュンター、皆が知りたいのはそういうことではないのです。忠誠心はありがたいですが今は少し黙りましょうか」


 口調は優しいが指示は辛辣だ。しかし、ギュンターは気分を害している様子は無く、命令を順守する。


「質問に答えましょう。元を辿ると私は神の一端であります」


「「「か、神様!?」」」


 神に直接触れたことのある僕とアユミ、事情を知っているギュンター以外の人物は異口同音に聞き返す。


「神の定義は宗教によって様々ですが、要するに世界を創り管理する者達の総称です。私はその末端に属していました」


 荒唐無稽の話だけど誰も疑いの声を挟まない。人間側には今までの実績が、魔族側には魔王という位が、信じるに値する根拠となっている。


「神がなぜ魔王になったのです?」


 ライラが聞く。当然の疑問だと思う。僕も気になる。


「良い質問です。端的に言うと、神であることに嫌気がさしたのです。同じ神として非常に恥ずべきことですが、その強大する力ゆえに彼らは増長し、腐敗していきました。最早、神々に管理する世界への興味はありません。ほぼ全ての神が自分達の保身しか考えていません。神を名乗るのもおこがましいほどです」


 ルイーゼ様の告白を皆真剣に聞いてはいるけど、いまいちピンと来ていない様子。皆は上司や師匠に恵まれているから女神の気持ちは分からないかもねぇ。


「スナオさんなら、私の気持ちがよく分かるはずです」


 場の空気を察してか、僕に振ってきた。


「ええ、とても良く分かります。私は愚痴を言うことぐらいしかできなかったですが、ルイーゼ様は行動を起こしたということですね?」


 ルイーゼ様は満足そうに頷く。


「そうです。だから、私はこの世界の魔王として生まれるように仕組み、神々からの独立を企てたわけです」


 スケールが大きくて皆は話についてこれていない感じだけど、要するにこれはルイーゼ様が脱サラ(組織人サラリーマンを止める)する話だよね。

 いいんじゃないかな。皆(特に僕)にあまり迷惑がかからなければ。


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