第32話 魔王降臨ですか?

 もうどう転んでも良い結果にはならないと覚悟した。どうせなら魔王の姿をしっかりと拝もうと玉座に近づくことにする。ただ魔王を病原で殺してしまうと、それはそれで面倒くさい事になると思うので、効果範囲に気をつけてギリギリの所を攻めた。


「誰かと思ったら、間違えて捕まえた人間共じゃない」


 魔王と期待した人影は、自己愛激しいリザの姉だった。


「コソ泥って魔王だったの!?」


 アユミは別ベクトルで驚く。なるほど、君は他人の話をあまり聞いていないんだね。もしくは、聞いていても3歩歩いたら忘れるのかな?リザの姉は人間から魔族になったと高々と宣言していたでしょう。そんな彼女が魔王なわけはないよ。


「ふふふ、はははは、はーっはっはっは」


 リザの姉は椅子にふんぞり返って三段笑いをかます。


「ばれてしまっては仕方ないわね。私こそ、いずれ魔王になるセリア・エッツドルフその人よ」


 リザの姉ことセリアは自己主張が強すぎるので敵である人類の捕虜に対しても高らかに自己紹介をしてしまう。ずっと、姉、姉呼んでいるのも面倒なので助かると言えば助かる。


「魔王なのに、コソ泥なんてカッコ悪い」


 アユミはどうやら前者らしい。人の話を聞かず、思い込みが激しいのが彼女の特性だと段々分かってきた。案外、人とうまく付き合うにはそれぐらいの方が良いのかもしれないと思い始めた。


魔王じゃないから、いいのよ!」


「え、魔王じゃないの?自分で今魔王だって言っていなかったっけ?」


「これから魔王になるって言ってんのよ!」


「え、え!?今、魔王じゃないのに、なれるかどうかも分からないのに、魔王になるって言っちゃってるの!?ガチ?ねぇそれガチ?痛くない?めっちゃ痛い奴じゃない?」


 アユミは煽るつもりはなく純粋にそう思っている表情で、早口にまくし立てる。


「アンタが何言っているか全然分からないけど、馬鹿にされているのは分かるわ!魔王になるまでは生かして目に物を見せてあげる。ただ、なった瞬間に真っ先に殺すわ」


 愛する自分を虚仮こけにされて沸き上がる怒りを抑えながらセリアは言った。


「どうぞ、どうぞ。殺せるものならね」


「そういや、アンタ死なないんだったわね。まぁいいわ。一生牢屋にいれてあげる。……っていうか何脱走してるのよ!?」


 セリアはやっと僕らが囚われの身であった事を思い出した。魔王に必要な資質がどんなものか知らないし知りたくもないけど、そんなことではきっと魔王にはなれないんじゃないかな?


「あっ気づいちゃった?お姉さんに恨みはないけど、ちょっと痛い目にあってもらうよ」


 アユミは「これ貸して」と小声で言いながら、僕が看守から奪って帯刀している剣を素早く抜き、目にも止まらぬ速さでセリアに突撃した。しかし、セリアの足元を狙った斬撃は見えない障壁に阻まれる。


「ざまぁないわね、ただの剣士なんて魔法の前じゃ無力なのよ。燃えなさい」


 セリアは意地の悪い笑みを浮かべてそう言うと、部屋を埋め尽くすほどの炎を展開した。危うく僕も被害を被りそうになったので部屋の入り口ギリギリまで後退して難を逃れる。


「だ、大丈夫?」


 魔法の炎が消えたタイミングで心配になった僕はアユミに声をかける。遠目に見ても明らかに黒焦げのアユミだった物が転がっている。最早、炭でしかなく特に嫌悪感は湧き上がってこない。

 そして、それは起こった。

 無か有を生み出す魔法も十分すぎるほど奇跡ではあるけど、転生のボーナスというのは本当に人智を大幅に超えている。それは明らかに神の御業だった。

 黒焦げだった体は光に包まれて、何事も無かったかのように全快の状態に戻り、アユミは平然と立ち上がった。


「もぉやめてよね!!熱いのは熱いんだから」


 まるで友達の悪戯を咎めるような軽い口調でアユミはセリアを非難する。


「ホントどうなってるのよ、それ」


 セリアは何度見ても納得できないようで呆れた表情だ。


「さぁて、頑張りますか!」


 剣を拾い上げて準備運動をしながら、アユミは意気込んだ。

 そして、斬撃を繰り返し何度も何度も魔法障壁へ叩きこむ。それは自暴自棄になっての行動とは思えず、自分の斬撃がいつか壁を突き崩すとただ直向ひたむきに信じている人間のそれだ。


「無駄よ、無駄!魔族となった私の魔力は、他に何にもできないくせに魔力だけは異様に高くてただただムカつく弟にも匹敵するんだから」


 セリアは高笑いしながらそう言った。この姉は弟に対するコンプレックスを一体どれだけ抱えているだろう。本人が居ないところで言う必要がないのに叫んでいる。率直に言って病的だ。

 5分間ほど経過した後も、休み休みではあるがまだアユミは斬り続けていた。直向きさを超えてこちらも病的ですらある。


「い、いい加減諦めたら?無理なものは無理よ」


 セリアも敵ながら若干心配そうな顔をしてアユミにそう呼び掛ける。


「ご心配どうも!でも、師匠が途中で諦めることを絶対許してくれないんだよねぇ。口下手の師匠が、唯一耳にタコができるくらいアタシに言ってくれる言葉があるの。この世に有る物・現象で斬れないモノは無い。斬れないのは己が未熟なだけ!」


 アユミはそう言いながらも斬撃を止めない。あの師匠にしてこの弟子有り。良いコンビなのかもしれない。ただ、ユーリ師匠の言葉に僕は納得できない。物ですら固い金属など斬れなさそうな物が簡単に想像できるのに、現象も斬れると言われてしまうと途端に嘘くさくなる。例えば自然災害なども斬れるのかと現実主義者の僕は穿ってしまう。

 ただし、彼が魔法を木っ端微塵に斬り刻んでいる所を目の当たりする前であればの話だ。

 既に論より証拠を叩きつけられているので僕はただ黙って頷くしかない。


「それは頭の悪そうな師匠ね、似た者同士ってことかしら?」


「はは、それはそうだね!多分頭の中にも剣しか詰まってないんじゃないかな」


 セリアの嫌味はアユミには届かない。


「よし、そろそろかな」


 アユミはそう言って、剣を鞘に納めた。言葉とは裏腹に諦めてしまったのかな。


「偉そうな事を言って、結局諦めるんじゃない」


 セリアは勝ち誇った顔だ。


「師匠みたいに一目見ただけではまだ分からないけど、これだけ斬ればアタシにも視えるよ」


「はっ!訳わかない事言ってんじゃないわよ」


 ヒステリックに叫ぶセリアにニコっと笑いかけ、アユミは滑らかに抜刀する。それは剣がそこに急に現れたかのような自然な動きで師匠を彷彿させる。抜刀の勢いを活かして剣が複雑な軌道を描く。


 そして、ついにその時は訪れた。

 魔法障壁が破れ、セリアの太ももに切り傷が一筋刻まれてセリアの表情が痛みと驚愕に支配される。


「あ、ありえない!!」


 動揺している隙を恐らく世界一だと思われる剣士に鍛えられた見習いは逃さない。セリアの首筋にいつでも剣を突き立てられるように構え彼女を無力化する。


「師匠の言う通り魔王って大したことないのかな?」


 無邪気に放つアユミの煽り言葉にセリアは苦虫を噛み潰した表情で唇を噛んだ。

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