第31話 脱出成功……ですか?

 その”死”は人の形をしていたが、厳密にいうと人間ではない。魔族の種別についてはまったくの門外漢なので完全に見た目だけの判断になるけど、多分悪魔族的なものに分類されるんだと思う。

 つまり、サロメだった。ブラムの話で彼女は魔王の血族と判明しているので、初めて会った時よりも威圧感があるように思ってしまう。すぐ後ろに執事然とした老紳士が控えているのも彼女が特別な存在であることを裏付けている。

 なんなら、その老紳士も存在感もすごい。すぐにでも逃げなければいけないのに二人のプレッシャーに金縛りにあって動けなくなってしまう。


「邪魔」


 事務的にサロメにそう告げられた。そういえば、僕は直接サロメと会ったわけではないので僕が脱走犯だと認識していないようだ。看守の甲冑を念のため着用しておいて良かった!

 その事実に少しだけ安堵した体がようやく脳の指示を全うし、道を譲ることに成功する。


「さぁて、何しても生き返るオモチャ、どんなのかにゃ~」


 サロメはご機嫌に通り過ぎていく。どうやらアユミに興味が生じて様子を見に来たようだ。階段を下り切って様子を確認されたら終わる。それまでに逃げなければいけない!


「見ない顔ですね。名前は?」


 老紳士は鋭い眼光で僕を射抜く。そんな目で見つめられると脂汗が止まらない。


「イトゥです」


 こういう時は下手に嘘をつくと動揺が声に出てしまう。一か八かでこの世界訛りで苗字を名乗った。


「聞いたことありませんね……新入りですか?そんな話無かったはずですが」


 いよいよダメかと思ったとき、階段を先に降りていたサロメが大きく躓く。そのまま転げ落ちそうになる所を老紳士が風の如く駆け下り彼女を抱きとめた。


「あはは、爺やは大袈裟だなぁ」


 爺やと呼ばれた老紳士はサロメの肌に触れて何かを察したのかひどく慌てた様子で言った。


「殿下、酷い熱です。今はお休みになられた方がよろしいかと」


「あれぇ?おかしいにゃ。さっきまで絶好調だったのに、確かにちょっと気分悪いんだよねぇ」


「一刻を争うかもしれませんので失礼かと存じますが、このままお部屋まで運びます」


 そう言って老紳士はサロメをいわゆるお姫様だっこで抱えたまま再び風となり去っていった。どうやらまた僕は九死に一生を得たみたいだ。

 そして、収穫もあった。絶対病原は魔王の血族にも効果を発揮することが判明した。ライラの攻撃でもビクともしなかったサロメを無力化する術ができたのは、自分で言うのも難だけど人類にとって大きな武器となる。それでもできれば、魔族の主流派があの男魔族が言っていたように穏健派であることを願ってしまう。

 魔物でも気分が滅入るのだから、例え魔族であろうと僕のスキルで虐殺するのは可能な限り避けたい。平和ボケや綺麗事と言われようとも僕が嫌だから嫌なのだ。

 転生者は異世界を好きに満喫する権利があるようだから、平和な世界を満喫したい願うのはそんなに大それた願いではないと思う。

 一転気になるのは、老紳士が平然としていた点だ。魔族に照準を合わせている時は人類には害を為さないから、あの執事は人間に近い種族なんだろうか?

 あっいけない。いけない。今は逃げなくては。


「あっイトウさん!これ、イトウさんがやったんですか?やりますね!」


 ひと悶着の間にアユミが目覚めたようである。僕に追いついてそう声を掛けてきた。け、計算通りさ!


「うん、でも、いろいろギリギリだったけどね」


 現世ではここまで純粋に褒められたことがないので少し照れ臭かったけど、謙遜してごまかす。


「そうなんですね?あれ、でもなんでアタシ置いて行かれたんだろ……」


 痛い所に気づかれてしまう。自業自得ではあるけど、このままでは大人の威厳が保てない。


「置いていったわけではないんだよ!今、別の看守が来て追い払った所なんだ。今、起こしに行こうと思ってたんだよ」


 慌てた結果、丁寧な言葉遣いを忘れてしまう。


「そうなんだ!じゃあ、さっさと逃げなきゃね。伊藤君」


 僕キッカケでどうやらタメ語で話す協定が暗に結ばれたらしい。こういうところも陽キャっぽい。歳は少なくとも7歳くらいは離れていると思うけど、別に気分は悪くならない。非常事態で吊り橋効果もあるのかもしれないけど、彼女も持つコミュ力が大きな要因だと思う。


「ちょ、待って」


 決めるが早いか、出口を駆け出し慎重さの欠片も無く廊下を小走りでアユミは進んでいく。棺桶から出ても結局僕は、誰かの後を追いかけるしかないのか。それが性に合っているからいいけど。

 

 僕が監禁されていた建物はかなり規模の大きいもののようだ。廊下が広く扉がいくつもある。作りも頑丈で豪華絢爛な調度品もそこかしこにある。もしかしたら、いわゆる魔王城なのかもしれない。そうだとしたら、人間の王城から魔王城へ直通運転で行った人間は僕とアユミくらいしかいないだろう。

 途中兵士らしき魔族何人かとすれ違ったが、アユミを連行する看守のフリをしてやり過ごした。アユミの演技が大根過ぎて内心冷や汗だったが、なんとか気づかれずに済んだ。


「ここだ、ここが出口に違いない!」


 アユミはひと際大きな扉の前で立ち止まりそう宣言した。


「念のため聞くけど根拠は?」


 だいたい分かるけど確かめてみる。


「一番大きいから!」


 うん、そうだよね。知ってた。まあ他に頼る勘も無いし、あり得なくも無いのでダメもとで入ってみよう。

 扉はその大きさに相応しくかなり重く開くのに二人がかりで押さないといけなかった。

 扉を開けた先は残念ながら外では無かった。天井が異様に高くホールのような空間に大きな長い赤い絨毯が敷かれ、その絨毯の行き着く先に大きな椅子-恐らく玉座があった。魔王と謁見の間だと瞬時に理解した。


「アユミさん、出よう。ここはまずい」


「え、なんで?あっ椅子に誰か座ってるよ!」


 アユミは呑気に玉座を指差して大きな声でそう言った。何のために下手くそな演技したと思っているのかなぁ?アユミちゃんはアホの子なのかなぁ?

 そして、玉座に誰かが座っているとしたら、その人物は一人しかいない。


「えっ今日は謁見の予定はないはずだけど!!」


 あれ、何か向こうも驚いている感じ?

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