第30話 囚われの身ですか?

 僕には人権が無いのかもしれない。

 棺桶から脱出できたと思ったら、次は監獄だった。

 何を言っているか分からないと思うけど、とにかく僕は今薄暗い牢屋にいる。

 おそらく魔族の拠点であることは、馬車に不法侵入をしていた魔族の男女にリザの魔法から逃げるドサクサに紛れて拉致された事と看守が僕のスキルの影響を受けない事から予想できる。

 拉致された際にサロメがやったように空間の割れ目を通るのはなかなか新鮮な感覚だった。

 棺桶を開けてブラムではない事が分かった瞬間に殺されるかと思って走馬燈が見えたけど、彼の居場所を知ってるかもしれない重要参考人として捕えられる事になった。ぎりぎりセーフ!

 この世界に来て首の皮一枚で生きる事が多すぎる。確かに現世で脳死で働いているよりは生を濃厚に感じるけど、この生の実感が異世界を満喫するという事なら僕は満喫できなくて良いです、女神様。


 ちなみに、あの時リザが放った魔法は狙うべき相手を失い暴発寸前の所をエルフの剣士、ユーリが駆けつけて微塵斬りにすることで霧散した。魔法を斬るとか、これまたおかしな事を言っていると思うかもしれないが、実際にこの目女神の目で見たままを表現しているだけで、決して誇張ではない。

 剣の道を極めると魔法も斬れるようになるんだよ。嘘だと思うなら極めてみよう!

 ただ、ユーリが斬った後に「……まだ無駄が多いな」と言っていたから完全に極めているわけではないみたい。その高みに行くためには相当ストイックでないといけないようだ。

 なんにせよ、皆が無事なのは良かった。

 リザは抜け殻のようになっていて心配だけど、拉致後のボディチェックでハナメガネが奪われ破壊されたので、その後のことはよく分からない。

 なお、ハナメガネのデザインは魔族に大ウケだった。まぁどちらかと言うと嘲笑だけど、腹を抱えて笑っていた。ルイーゼ様、もしウケ狙いじゃなかったらデザインを変更した方が良いと思いますよ。笑われるし、粗末に扱われます。

 神器にどれほどの価値があるかは知らないけど、簡単に壊していいものではないはずだ。

 


「く、苦しー!し、死んじゃうって!!何度も、何度も。なに、なにこれ、新手の拷問!?」


 隣の牢屋から賑やかな声が聞こえてくる。

 アユミがあの時、勢いに任せて魔族を追いかけたので一緒に捕まったのだ。

 そして、隣り合わせで監禁されて僕の病原で苦しんでいるわけである。本当にごめん。それ、魔族の罠じゃなくて僕のせいなんです。

 でも、一緒に捕まったのがアユミなのが不幸中の幸いだ。ライラやリザであれば、あっさりと殺してしまう所だけど、無限に蘇生する彼女であれば、殺しきることは無い。ただ、何度も死を繰り返すのは、普通に死ぬよりも辛いことなのかもしれない。残念ながら僕は死を一度も経験したことがないから本当の所は分からない。

 冷たく感じるかもしれないけど、多くの人は自分が経験したこと痛みや悲しみに対しては鈍感だと思う。じゃないと、世知辛い世の中、ずっと涙に暮れることになっちゃうからね。


「え、えーと、イトウさん、でしたっけ?そちらは大丈夫なんですか!?」


 自己紹介は済ませてある。お互い転生者であることは確認済だ。


「あ、はい。スキル的なアレでなんか大丈夫です」


「あーいいですね!アタシは生き返りはするんですけど、く、苦しいのは……苦しいんで……」


 そう言って、アユミは意識を失う。正確な回数は数えていないけど、三桁以上にはなると思う。ホント、ごめんなさい。謝ることしかできない自分が不甲斐ないよ。

 可哀想だけど、僕のスキルの詳細は彼女に明かしていない。アユミにこれ以上騒がれると、看守から何かしらのペナルティがあるかもしれない。実際、最初のうちはかなり怒られていた。

 ただ、蘇生と昏倒を定期的に繰り返して、起きている時は騒ぎ立てるので病的なものを感じて看守もアユミには触れなくなった。実は意識を失っている間に処刑が試みられたが、何をやっても刑が執行できないのでそれも恐怖の対象になっている。

 また、絶対病原は秘密にする理由はもうひとつある。これも不幸中の幸いだけど、この状況を打開するかもしれないからだ。

 いや、でもどうしようかな。この世界に来てから危険な目には何度かあったけど、やろうとしている事は今までで一番リスクが高い行動だよなぁ。僕、このスキルが無ければちょっと無理が効く事が自慢なだけのリーマンだしな。うまくいくかなぁ。失敗したら確実に死ぬよなぁ。でも、このまま捕らえられていても、ゆくゆくは死ぬだけだよなぁ。

 ここ数時間悶々と迷っているがそんな時、決断の背中を押す魔法の言葉が今の僕にはある。

 ”どうせ一度失った命だからやるだけやってみよう”


「あのー、すみません。その、貴方方が探している人で思い出した事がありまして」


 これ見よがしに腰に牢屋の鍵束をつけた看守に呼びかける。

 彼らの目的はブラムの捜索であるから、何度か尋問は受けた。ブラムの情報は僕の生命線であるから、記憶が曖昧なフリをしてのらりくらりと今まで躱してきた。そういうのは営業でよくやっていたから得意だ。

 僕を拉致した男魔族が言っていたように魔族は意外と紳士的で拷問にかけて吐かせるようなことはしなかった。アユミの得体の知れなさが良い方向に影響して、慎重に取り扱っているだけかもしれないけど。

 とにかく今は目的を達成するため看守に近づいてきてもらう必要がある。


「なんだ?話してみろ」


 看守は牢屋から少し離れた監視用の椅子から立ち上がらずに言った。


「すみません。大きな声で言うのが憚られるので耳を貸してくれませんか?」


 僕の明らかに含みのある要求に看守は眉根を寄せる。


「いいから言え。俺とお前しかいないんだから、憚るも何もないだろ」


「なら、言いません」


 僕は間髪入れず拒否する。多少無理めの要求でもこうすれば、近づいてこざるを得ないはず。何故なら近づくだけでは通常それほどリスクはないからだ。そして、そのほぼ無いと思われるリスクにより、新たな情報を得られるのならば手柄をあげたいであろう看守には好都合のはず。


「ったくめんどくせぇな。分かったよ。おかしなマネをしたら命は無いと思えよ」


 予想通り看守は渋々立ち上がる。

 僕はその丁寧なフリに応えておかしなマネを始める。

 ステータス画面を密かに開き、病原の攻撃対象を魔族に変更する。アユミを何度も殺した事で条件を達成しスキルが成長したんだ。これがもうひとつの不幸中の幸い。魔族を選択すれば他の生物には無効になるみたいだから、ある意味平穏に暮らす術も手に入れたことになる。今はそんなに喜べないけど無事脱出できたら盛大に祝おう。

 しかし、人間を何回も殺した上で魔族を殺すように仕向けるとはこのスキルはどんだけ凶悪なんだろう。作った神は、世界や生物にいったいどれほどの怒りや恨みを抱えていたというのか。想像するだけで恐ろしい。

 ただ、今は少しだけ感謝している。この状況から抜け出す術を与えてくれたのだから。


「ほら、近づいたぞ」


 檻の隙間から手を伸ばしてもまだ届く距離ではない。


「もう少し、近くに」


「はぁ?なんなんだよ」


 口では文句を言いながら素直にもう一歩近づく。よし、届く。


「念を押しておきますけど、聞いてもヒいたりしないでくださいね」


「しねぇよ!何の念押しだよ、いいから、は、早く……話せよ……」


 呼吸が荒く、明らかに体調が悪くなってきている。うん、確かに効いているみたい。


「実はですね……鼻毛が出てますよ」


「な、何を……言って」


 最後に身だしなみのミスを認識して彼は意識を失った。第一段階成功だ。

 ここからは素早く動かないと無駄に彼の命を奪ってしまう。倒れた彼の体を引き寄せて、腰から鍵束を奪う。

 数本鍵があるので、順番に鍵穴に刺していこうとするが緊張と焦りでそもそも鍵穴になかなか刺さらない。カチャカチャという金属音だけでが監獄に響き渡る。

 ようやく鍵が合致したのは、残り2本だけになった時だ。うん、ツイていないのはいつものこと。いや、この場合ツイていないのはこの看守かな。申し訳ないけどすでに絶命しているかもしれない。

 脱出する際に他の魔族に怪しまれないように、看守が身に着けている鎧を拝借するとかろうじてまだ脈があることが分かった。うん、セーフ。

 監獄の出口につながる階段に足を掛け、思い留まる。抱えて運ぶのは厳しいけどせめて牢屋の鍵は開けておこう。いや、自分だけ逃げるのは男らしくないとか……そういう問題じゃないよね。そもそも出会って間もないからそこまでの責任を追うのはどうかと思うし、抱えて逃げたら脱出成功率が極端に下がるから、お互いにとって良くないでしょ!それにほら、彼女死なないし、大丈夫、大丈夫。ね?

 

 自分に言い訳しながら階段を上り、出口の扉を開けるとそこには”死”が人の形をして立っていた。

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