第29話 衝撃の事実発覚ですか?
「こんな所で何やってるのよ!?」
女魔族は慌てた様子でリザの肩を掴み問い正す。女の紅い髪とリザの青白磁色の髪が揺れる。不謹慎かもしれないけどそのコントラストが綺麗だなと思ってしまった。
でも、リザの里の出身者は皆同じ髪の色のはずだよね?
「ね、姉さんを探していたんだよ!」
リザは姉の腕をしっかりと掴み珍しく強い口調で答えた。
周りの人間はその深刻そうなやり取りに見守る事しかできない。馬車への無断侵入の罪を糾弾するのはしばらくは無理そうだ。
「突然、居なくなるから心配したんだよ。ねえ、なんでこんなことしてるの?その髪の色は何?何があったの?」
リザは涙目になりながら質問攻めだ。再会の喜びと変わってしまった姉への不安が織り混ざって感情がぐちゃぐちゃになっているんじゃないかな。
「なんでこんなことしてるかって!?アンタがよくそんなこと言えるわね」
姉はリザを突き飛ばすほどの勢いでその手を振り解く。
「私はね、自分の意思で里を出たのよ。そして、自分の意思で魔族になってこの髪色よ」
「おい!」
男が魔族であることを自ら宣言し誇らしげに髪をかき上げる女を制止しようとするが、女は怒った猫のように威嚇して拒否する。
「いいのよ!どうせ、すぐバレるんだし」
「……勝手にしろ。俺は知らんからな」
男は諦観した表情で肩をすくめた。リザは姉の発言を聞いて取り乱している。
「嘘でしょ、姉さん。嘘だって言ってよ!」
女は溜息をついて、眉間に皺を寄せる。心配してくれている肉親に向ける顔ではない。
「嘘や冗談でそんなこと言うわけないでしょ……私のことは放っておいて。今なら見逃すけど、これ以上しつこいとアンタだって容赦しないから」
盗人猛々しいとはまさにこのこと!犯罪行為をしている方が見逃すとはどういうことなんだろう。
「リザ様のお姉様と言えど魔族を自称するからには放っておけません。申し訳ないですが……」
ライラが本当に残念そうにリザの姉の方に一歩踏み出す。おかしな動きをしたら制圧するつもりなんだろう。また、魔族と判明した事で彼らが抵抗しないとしても、捕える必要が生じてしまった。
「あっ分かった!魔族に脅されているでしょう?従わないと里を襲うとか言われてるんだ。そうでしょ、姉さん!!」
興奮しているリザはいつもより饒舌だ。その必死さに見てる僕らも辛くなってしまう。
「お嬢ちゃん、信じたくない気持ちは分かるが俺らはお嬢ちゃんが想像しているほど卑劣じゃない。コイツは本当に自ら志願して魔族になったんだ。一切、危害を加えたり脅したりはしていない」
男は自らのプライドに差し障ったのか残酷な事実をリザに突きつける。
その事実を消化しきれずリザは頭を抱えてうずくまってしまう。「嘘だ、そんなの嘘だ」とブツブツと譫言のように繰り返している。
「過去に幾万と人間を殺しておいて、よくそんな事が言えますね」
ライラの鋭い眼光が男を刺す。
「ライラさん、こわーい」
アユミ、君は今黙っていようね。
「過去は過去だ。俺は知らん」
男のあまりの潔さにライラは面食らってしまう。
魔族の肩を持つわけではないけど、自らの種族や民族が過去に犯した罪にどこまで責任を持つのかは難しい問題だと思う。もし仮にその罪が永遠に消えず子々孫々償っていかなければならないとしたら、現存する種族、民族は皆、暗いものを背負って生きていくしかない。そんな世界あまり想像したくない。
「私も過去はどうだっていいわ。そんなことより、リザ。嫌な事があるとそうやって自分の中に閉じこもって自分は何もせずに、周りがなんとかしてくれるのを待ってる、そういう男らしくないところが何より嫌いなの!男ってだけで、魔法の才能を色濃く引き継いだのにも関わらずね!」
ん、男らしくない?リザが?
少女じゃなくて少年ってこと?まじで?
いや確かに女の子である事は確かめた事はないよ。でも、その長い髪とか華奢な体つきとか仕草とか話し方とか、こんなにカワイイのに男の子だと思うわけないじゃない。
この姉曰くそういう所が気に入らないみたいだけど、僕は良いと思うよ。現世ではジェンダーフリーが流行ってるし。突然判明したから焦ってるだけで。
いやね、そう言われて見ると平すぎる胸に違和感を感じるけどさ、そういう女の子もいるわけだからねぇ。それで察しろというのは無理だよ。
皆の表情を見ると一様に困惑している。そんなカオスな空気でも、リザの姉の独壇場は止まらない。
「これだけ言われても何を言い返さない。そういう女々しい所が本当にムカつく。何かあるとすぐ泣きながら姉さん、姉さんと頼ってくる奴が、私がどんなに努力しても届かない能力を持ってるのが本当に許せない!アンタをしっかり育てる事で皆に私を認めさせようとしたけど、私はどこまでいっても付属品。誰も私を見ようとしない。優しい姉を演じるのも疲れたのよ。私は生まれてこの方ずっと、自分が一番大切。私は私だけを愛しているの。だから、私を蔑ろにするならアンタも、里も、なんなら世界もどうだっていい」
姉妹……いや、姉と弟は仲が良いとは限らない。血が繋がっているからこそ、傍にいるからこそ、憎悪の感情が積み上がることはよくあることだと思う。僕は一人っ子だから経験はしたことないけど、友人やフィクションでそういう事例は幾度となく見てきた。
姉の発言から察するに、
ただ不幸なのは、姉と弟、その性格の不適合具合だと思う。自身を一番愛していると公言してしまうほど自己愛が強いのが才を持たざる姉で、常に周りを優先し自己肯定感が極度に低いのが才を持つ弟。あべこべ。
そりゃ、真に仲良くできるわけないよね。姉が自身を騙すことで保っていた関係は壊れるのが必然の脆いものだったんだろう。
性格、逆だったら良かったのに!まあ、環境が性格を創った可能性が高いから難しいかぁ。
僕が悶々と考えているとルイーゼ様が口を挟んだ。
「リザさんが男の子であった事には驚きが隠せませんが、それは貴方が世界から蔑ろにされる理由ではありませんよ。貴方の生き様に問題があるんです」
いけない!女神様の仰る通りなんですけど、そういう奴に正論を言っても逆効果です。ところで、リザが男の子であることはやっぱりルイーゼ様でも驚きですか。この旅で一番の衝撃ですよね。
「そうですね、貴方も辛い思いをしたのかもしれませんが、それは弟であるリザ様を傷つける理由にはなりません。そういう所が貴方から人が離れていく原因ではないでしょうか?」
真面目なライラは援護射撃をしてしまう。
お姉さん、逆上しないといいけど。
「はは、
なるほど、彼女の病状はかなり深刻らしい。最早、人の言葉は届かない。自分の存在を認めさせるためだけに動く魔物だ。うん、魔族になる運命だったんだね。
まさか現世にたくさんいた承認欲求モンスターにこっちの世界でも遭遇するなんて、異世界も生き辛い社会なのかな?
「お前なんか……姉さんじゃない!!」
リザが突然叫ぶ。
残酷な現実が彼女……彼を壊した。いつも優しさが籠っていた瞳には、今は殺気しかない。魔力が暴走し、彼を中心に石畳に大きな亀裂が次々に入っていく。
彼が姉に向けて手をかざすとその指先から雷が迸り2Mはある巨大な矢を形成する。その矢に莫大なエネルギーが込められていることが、周りの空間が歪んで見えることから分かる。あんなものが姉に刺さったら、魔族とはいえ一瞬で蒸発してしまうと思う。
「やばくない!?ねぇあれやばくない?お城も吹っ飛っじゃうよ!」
アユミは焦っているが、君が言うと少し楽しそうに聞こえるから不思議。
「リザさん、お気持ちは分かりますがいけません!」
「そうです、落ち着いて!」
ルイーゼ様とライラが必死で声を掛けるがリザには届かない。
「カルロ、棺桶を持ってきて!ここは退くわ」
「あいよ、その方が良さそうだ」
「あっ逃げる気だな!」
雷の矢は放たれ、その光で視界がホワイトアウトした。
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