第26話 ギルドマスターは元英雄なんですか?

 翌朝6時半頃、冒険者ギルドの本部、ギルドマスターの執務室に僕らはいた。

 かれこれ30分くらいは待っている気がする。全世界に展開する冒険者ギルドの一番偉い人なので、それはそれは忙しいのだろう。僕が勤めていた会社は零細企業だけど、それでも平社員の僕は社長と話す機会なんて1回あったかな、ぐらいだ。冒険者ギルドほどの規模にもなれば、アポを取る事さえ大変なのだろう。

 だから、早朝に呼び出されて待たされたとしても僕は、どこぞの女神のようにイライラすることはない。

 

「一体、いつまで待たせるのですか!?こうしている間に魔王は侵攻の計画を進めているかもしれないというのに」


 我慢の限界に達したルイーゼ様が大きな声をあげる。それに驚いて、うつらうつらしていたリザが目を覚ます。こんな時間だもの、子供はまだ眠いよね。僕はね、社畜中の社畜だからこのくらいの時間はいつも電車に載っているんだ。もしくは、会社で起きて身支度を整えているんだ。会社は働くところであって泊まる所じゃないって?ははは、僕もそう思っていた時期がありました。社畜って会社に飼われるから社畜なんだよ。会社はマイホームさ。あはは。

 ちなみにライラはマスターを呼びに行って戻ってこない。何か緊急の問題でも発生したのだろうか。


「師匠、早くしてください!みなさん、お待ちです」


 噂をすれば、廊下からライラの声が聞こえてきた。師匠と呼んだ人物を急かしているようだ。


「のぉ、ライラ。儂、まだ朝飯食べてないんじゃけど」


「さっき食べたでしょう!そのくだり、もう飽きましたよ。ボケてないのは知ってるんですからね」


 まるで認知症の老人と介護士のような、はたまた漫才のようなやり取りがここまで漏れ聞こえてくる。大丈夫だろうか、このギルド会社

 僕が心配していると、執務室の扉が開いて待ちに待った目当ての人物と共にライラが現れた。ギルドマスターは傍目にみたら、節くれだった手足と白髪が目立つ弱弱しい老人だった。冒険者の長なのでもっと筋骨隆々の大男かと想像していたけど違ったみたい。

 リザやライラといい冒険者というのは見た目と能力にギャップがあるのはデフォなんだろうか。


「お待たせしました、皆様。こちらが冒険者ギルドマスターのロイです。私の師匠でもあります」


「よろしゅ」


 ロイと呼ばれた老人は、フランクに片手をあげて挨拶をする。見た目に反して動きは機敏で受け答えははっきりしている。


「は、はじめまして。リザです。魔法が使えます」


 リザは恐縮して、僕らと会った時と同じような自己紹介をする。


「伊藤素直です。諸事情により不躾なこんな状態ですがお許しください」


 僕は移動式ベッド棺桶の中から挨拶する。ここに運び込む時も本部で働く人たちに奇異の目で見られたなぁ。ただ、老人はこういう状況も過去に経験済みなのか興味無さそうに頷くだけだ。


「ルイーゼです。さすが、ギルドマスター様。かなりお忙しいようで」


 おおとルイーゼ選手、出会い頭に皮肉のストレートパンチをお見舞いだぁ!


「ん、部下が優秀だからのぉ。儂は暇よ、ちょー暇」


 ロイは老獪なのか、皮肉を意に介さない。ルイーゼは面食らっている。


「そ、そうですか。約束のお時間からだいぶ過ぎているので、お忙しいのかと」


「いやー、朝は眠いからのぉ。寝坊したわい、すまんのぉ」


「そ、そうですか。ギルドの長として責任感が足らないように感じますが?」


「儂、お飾りマスターだからだいじょぶ、だいじょぶ。さっきも言ったけどエクセレントな部下が勝手にいろいろやってくれるから、儂、楽ちんよー。一番弟子のライラの仕事振り見てれば分かるじゃろ?」


 握り拳をワナワナと震わせて必死で堪えているルイーゼ様。女神が主導権を握られるのは珍しい。


「確かにライラさんはとても優秀ですが、その上司が貴方だということに失望を隠しきれません」


「ふぉふぉふぉ。期待というのはのぉ、裏切るためにあるのよ」


「ル、ルイーゼ様。師匠は決して悪気があるわけではありません。いつも!いつもこうなのです!」


 そう弁明するライラの声には悲哀が籠っていた。相当苦労したんじゃないかな、こんな上司だと。でもだからこそ、ライラさんは超優秀に育ったとも言える。もしかしたらロイなりの育成戦術なのかもしれない。

 なんにせよ、ムカつく爺さんであることに変わりはない。


「で、こんな朝っぱらに儂を起こすって事は、かなりの緊急事態なのかのぉ?」


 緊急事態と口ではいうものの、欠伸あくびを噛み殺していてまったく緊張感が無い。


「魔王がまた動き出したようです」


 ライラはピリッと姿勢を正し、良く通る声ではっきりと伝える。

 ロイの目に一瞬殺気がともり空気が一気に冷たくなる。リザが身震いするが、数秒も経たず弛緩する。「び、びっくりした」とリザが小声で呟くのが聞こえた。


「あっそう。で?」


「この方達と討伐に向かおうと思います」


「ん、任せたわい」


「かしこまりました」


 ライラとロイはまるでルーティン業務をこなすような淡々さでやり取りを終える。


「ちょ、ちょっと待ってください。それだけですか?事の重大さを理解していますか?失礼ですが耄碌もうろくしているのでは」


 ルイーゼ様は今にも胸倉を掴みそうな勢いだ。まぁこれには僕も完全同意だ。ライラの話によると魔王は過去世界を滅ぼしかけたはずだ。魔王が再度動き出すというのは、世界の終末が迫っているのと同義だ。それこそ、国家レベルの会議体が持たれてもおかしくないのに、こんな会話だけで終わっていいはずがない。


「魔王じゃろ?あやつらのことは儂が一番知っておるわい」


 ライラは深く頷くと補足する。


「師匠は、前回の魔王を討伐したパーティーの一人なんです」


「え?前回って100年以上前って話じゃ?」


 僕は驚きのあまり口に出してしまう。


「そうじゃよ」


「お、お爺さん、いくつなんですか?」


 リザは好奇心に負けて質問する。そういう強い探求心が無いとあれほどの魔法は習得できないのかもしれない。


「100を超えたあたりから数えるのやめたから知らんわい。でもまぁ、儂、1000年は生きるつもりぞい」


「長命な種族ってわけじゃないですよね?」


 異世界にはそういう種族もいるだろうから、僕は聞いてみた。


「ふぉふぉふぉ。儂の耳は尖っておるか?れっきとした人間じゃよ。エルフの連れにもよく疑われるがの」


 なるほど、この世界にもエルフがいてご多分に洩れず長命で耳が尖っているようだ。


「年齢などどうでもよいです。例え貴方が過去、魔王を討伐していたとしても脅威であることは変わりないでしょう?ましてや、現魔王は前魔王より強大かもしれませんよ。いや、そうに違いありません!」


 ルイーゼ様が閑話休題する。妙に魔王の肩を持つのが気になるけど。


「あれから100年以上経ったんじゃぞ。儂もソロで魔王を倒せるくらいには成長したわい。それに今の魔王が前より強大だとしたら、何故すぐにでも攻めてこんのじゃ?」


 ロイは鬼神のような真顔でそう答えた。先ほどまでの冗談を言っている柔和な顔と比較すると別人のようだ。

 また言っていることも筋が通っている。人類を支配する事が魔王の目的とするなら、前回の侵攻より上回る力があるのに、侵攻を実行していないのは理に敵わない。

 そのプレッシャーと正論に僕も含めた全員が何も喋れなくなった。

 神を黙らせ超絶人外ライラの師匠であるなら、あるいは本当に独りで魔王を退治してしまうのかもしれない。この老人の方が世界にとって余程脅威ではないのかな?

 あと魔王の倒せるならさっさと倒してほしいというのが本音だ。


「そういうことじゃから、ライラ。それなりに強い仲間も見つけたようだし、魔王討伐のお使い、楽しんでくるといい。ああ、あとアレも解禁でOK」


 どうやら僕らの品定めも既に終わったらしい。この老人、底が知れない。恐らく弟子の成長のために討伐を譲るんだろう。

 失敗の時のバックアップを残しておくのが大事と仕事のできる先輩がよく言っていた。ロイは自分がバックアップとして完全だという自信があるからこれだけ余裕があるんだと思う。ライラに語り掛けたその顔は優しいお爺ちゃんの顔に戻っていた。


 ちなみにアレって何?怖いんだけど。

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