第25話 明日は雨が降るかもしれませんね?

 到着したのが既に夕暮れだった事と、強行軍での疲労を考慮し今晩は宿を取り、翌朝ギルドマスターに会いにいくことにした。

 ライラの気遣いで他に宿泊客の居ない宿を僕専用に手配してくれた。要人用の宿泊施設らしく調度品に高級感がある。久々のベッドに思わず飛び込んでしまった。なんということでしょう、寝床が柔らかいというのはこんなにも気持ちの良いものなんだ。

 やっぱり小さな幸せに気付くためには多少の不便を受け入れるのが良いね。キャンプとかするのも、その理屈だよね。他には棺桶で寝泊まりするのもいいよ。ベッドや布団の有り難みがすごく分かるから皆にもおすすめ。

 と、部屋のドアがノックされる。誰も入れないようにしてくれているはずなんだけど……。


「私です。少しお話しがあります」


 ルイーゼ様の声だ。ルイーゼ様は僕のスキルの影響を受けない。それが当たり前で気にしたことはなかったけど、確か女神の力だったはず。


「どうぞ、開いています」


 部屋に入ってきた女神に僕は見蕩れてしまった。下着がほぼ透けている寝間着姿がなんとも艶めかしい。いますぐ抱きしめて自分の物にしたい衝動が起きると同時に、そんな姿でも失わない気高さを汚したくないという思いも混在する。簡単に言うと、胸がドキドキしてたまらない!


「ど、どうしてそんな恰好を?」


「なにかおかしいですか?隣室で休んでいるのです。いくら全能とはいえ、私にも休養は必要です。それとも、自分が異世界ライフ満喫するまで休むなとおっしゃいますか?」


 ライラが何やら含みのある顔をしていたのはこういうわけか。変な気の遣い方をするんじゃありません!

 それにしてもルイーゼ様はどうしてこうハリネズミのように気を張っているのか。


「まったくもってそんなことは微塵も思っておりません。隣室でお休みだと存じませんでした。それにしても素敵な寝間着ですね」


「ライラがこれしかないというので、着ているだけです。あまりジロジロ見ないでください」

 

 恥ずかしそうに身をよじらせる。その姿も煽情的で僕は参ってしまう。

 とりあえず、ライラ、グッジョブ!


「それで話というのは?」


 僕は極力ルイーゼ様の顔だけを見るようにして聞いた。嗚呼、駄目だ。目線が勝手に豊満な胸に行ってしまう。健全な男性には抗えない力が働くんです!決して僕の意思ではありません!!


「貴方の国ではいつまでも人を立たせて話をするのですか?」


 貴方は神なので特別ですよ。とか冗談でも絶対に言えない。


「失礼しました、どうぞお掛けください」


 部屋に備え付けられた高そうな幾何学模様のソファーに女神を座らせる。油絵のモチーフになりそうな絵面えづらがそこに完成した。一生眺めていられそう。

 そして、沈黙。本当に絵のモデルのように女神が微動だにしなくなってしまった。いや確かに見てられるけど、緊張感もあって落ち着かない。


「あの、お話があったのでは?」


 ルイーゼ様は意を決した表情になり、切り出す。


「ああ、そうですね。どうですか、最近は?」


 表情と話題が合ってない。そんな思い詰めた顔で言う言葉じゃないですよ、女神様。

 最近ね……正直、周囲(主に女神)に振り回されるのは現世の時とあまり変わらないけど、起きている事象が全然違うのでなんだかんだ言いながら楽しんでいる、と思う。転生すると言われた時、いや、生まれてこの方、自分から積極的に強烈に何かをしたい、成し遂げたいと思った事がない僕には丁度いい。

 でも、なんでそんなことを女神は聞くのかな?


「刺激的で楽しいですよ。最近はほぼ見ているだけですが、僕には合っています。どうしたんですか、急に」


「いえ、管理者として、その、定期点検と言うか、メンテナンスと言うか……」


 こんなに歯切れが悪いルイーゼ様はとてもレアだ。何か深刻な問題でも発生したんだろうか。


「僕は大丈夫ですよ。もう何が起きても動じない自信があります」


 うん、僕って結構できる部下じゃない?上司が言いやすい雰囲気を作ってる。


「え、何がです?」


 あれ、はずした?


「いや、何か言いにくそうにしているので、悪い知らせかと思いまして」


「別にそういうわけじゃありません」


「じゃあ、どういうわけなんでしょう?」


 単純な疑問を発しただけで、何故か女神は不機嫌になる。

 結局デフォルトに戻るんですか、そうですか。すみません、不出来な部下で。


「理由が無ければ、お話ししてはいけませんか!?」


「す、すみません。そんなつもりでは……」


 そして、再び沈黙が部屋を支配する。このまま勢い任せてキスでもして、事を始められれば良かったがその選択肢はデッドエンド一直線なので、絶対に選んではいけない。

 なので、考える。今、自分が何をすべきなのか。

 女神はなんと言っていた?確か定期点検、メンテナンスという言葉が発せられたはず。定期点検……何を点検するんだ?

 女神の仕事は僕を満喫させつつ、この世界のバランスを保つことだ。つまり、点検する物は2択で決まる。僕か、世界かだ。今、この状況で点検しているとしたら、それはもう答えは明らかだ。なんと不器用な神だろう。もっと自然に気にかけてくれればいいのに。

 ただ、慌ててはいけない。これは僕の思い込みかもしれない。主体的に動くことは多くの会社では歓迎されるが、ブラック企業ではそうもいかない。自分の命令通りに動かないと気が済まない上司しかいないからだ。

 口ではそれくらい自分で考えろと言っていても絶対に確認した方が良い。確認しても怒られるけど、確認しなかった時よりはマシ。ブラック企業に最善は存在しない。よりマシな方を選び続けることしか生存の道は無い。その道もいずれ途切れるのは身を以って体感しているけど。


「あの、ルイーゼ様。念のため確認したいのですが、もしかしたら、僕の思い過ごしかもしれないですけど……」


 クッション言葉をこれでもかと積載する。


「回りくどいですね。なんですか」


「……僕の事、心配してくれてます?」


 ルイーゼ様は悪戯いたずらが見つかった子供のように頬を紅潮させる。


「し、心配とかそういうことではないですよ!計画の一環としてやっているだけです」


 計画?業務計画かな。


「それは分かります。逆に業務じゃなかったらこっちが心配になるくらい、ぎこちなかったですから。ルイーゼ様、ご心配には及びません。この程度の雑な扱いは現世で慣れております。ですから、女神らしく毅然としていていただければ」


「わ、私は今も毅然としているつもりです!」


「それは失礼しました。慣れない部下マネジメントを不器用ながら遂行しようとするルイーゼ様、たまらなく愛おしかったです」


「う、うるさいですよ!さっさと休養を取って、異世界を満喫する体制を整えてください。私もいつまでもこの世界に留まるわけにはいきませんから」


 そう言って慌ただしく退出すると部屋のドアを強く閉める女神様。

 今日は久しぶりにとても良い夢が見れそうだなぁ。

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