第24話 王都には棺桶持ち込み禁止ですか?

「さっさとその棺桶を開けろ。牢屋に入りたくないだろう?」


 王都の入り口で、馬車の荷台に乗り込んできた門番の兵士に、僕らはそう凄まれている。



 経緯を説明しないとね。だいたい分かると思うけど。

 あの後、ブラムは当然のごとくルイーゼ様に付いてきた。偉い人に処分を確認しないといけないので勝手に付いてくるのは都合がいいけど、その人相が目立ちすぎる。ライラ曰く魔族を連れていると分かったら、説明する前に大騒ぎになってしまうとのこと。

 そんな彼女の心配を受け止めて、女神は涼しい顔で”呼ばれるまで霧となって待機しろ”という命令をした。霧になるというのは比喩かと思ったけど、そう命令されたブラムは文字通り霧散した。吸血鬼は霧にもなれるんだね。うらやましい。僕が霧になったら、真っ先に行きたいところがあるけど皆には内緒だよ。

 

 そこから一路、王都を目指した。王都のほど近くの小高い丘から王都の全景が見えた。大きな城を中心に広がった非常に規模の大きい都市だった。

 僕の会社では”長期休暇”というのは都市伝説だったので、当然海外旅行なんかしたことが無い。だから、実物を見たことはないけど、昔テレビの旅番組で見たことがあるヨーロッパ辺りの雰囲気ある観光地によく似ていた。彩鮮やかな石造りの建物が美しい景観を作り出している。

 道すがらに聞いたライラの説明によるとこの世界で人口が一番多い都市らしい。また、王都と言うだけあって、この国の最高権力者の居城がある。

 つまり警備はそれなりに厳しいということ。都の入り口には立派な門があり、入国希望の人々が長い長い行列を成していた。

 そしていよいよ自分達の番になった際、棺桶を開ける事をルイーゼ様が頑なに拒否したらこうなったのだ。


「私は間違いを指摘しているだけです。それなのになぜ罪人扱いされなければならないのですか?いいですか、何度もいいますがこれは棺桶ではなく移動式―」


 女神様、女神様。世間ではこれを棺桶と認識します。悔しいとは思いますがそろそろ負けを認めましょう。


「もう良い!連れていけ。こちらで棺桶はあらためる」


 上長らしき兵士がそう命令すると、数人の兵士が集まり僕らを拘束しようとする。それを見たリザが震えて縮こまっている。子供の虐めるなんて、王都の兵士がすることでしょうか!問い合わせ先はどこ!?お電話するざます!


「お待ちください!警備隊長にライラが戻ったとお伝えください」


 ライラは口出ししないようにルイーゼ様に止められていたが、この状況では流石に黙っていられない。ありがとう、ライラ。僕に前科がつくとこだったよ。


「お前みたいな小娘が隊長に言伝ことづてなど100年早いわ!」


 どうやら、この上長は仕事はあまりできないらしい。重要人物特種冒険者の顔を覚えていないのは組織の人間として致命的だ。

 部下たちの方は察して青ざめている。


「そういう扱いは久しぶりで、なんだか新鮮ですらありますね。悪い事は申し上げません。お伝えした方が貴方のためだと思います」


 ライラは決して感情的にならず、冷静に伝える。実際、この失態が彼の上司、隊長にばれたら何らかの処分を受けるに違いない。この上長のことだから、部下のせいにするかもしれないが。あーやだやだ。


「ははは、言い訳は牢屋で聞こう。……ん?何している!?早く取り押さえろ」


 見かねた部下が耳打ちする。


「な、何!?この小娘がか?そんなバカな……」


「どうしたんです、連行しないんですか?」


 ライラはらしくない意地悪な笑みを浮かべる。


「身分証明書を……」


 聞こえるか聞こえないかくらいの小声で兵士はごにょごにょ言う。最後の抵抗だろう。


「先ほどまでの威勢はどうしたのですか?貴方のお仕事は物事を決めつけて恫喝することなのでは?さぁしっかり業務にあたってください」


 ルイーゼ様がライラの意地悪さを100倍に濃縮して援護射撃をする。


「身分証明書を見せろ!!」


 開き直った兵士は大声をあげる。


「はい、どうぞご覧ください」


 ライラは金色に輝く特種冒険者のプレートを鞄から取り出して兵士に渡す。部下たちは「初めて見た!」「本物だ!」などと色めき立つ。上長はそれをイラついた声で制止しながら不愛想にプレートをライラに返却する。


「通れ」


 眉間に皺を寄せながら横柄な門番は入国の許可を出す。


「はて、それだけですか?」


 ルイーゼ様は不満そうだ。


「俺は忙しいんだ。まだ何かあるのか?」


「いえ、なんでもありません!」


 僕は思わず声を出してしまった。こういう輩には下手に絡まない方がいいことを体が覚えているからだ


「うわっ」


 棺桶から突然声がしたので、兵士は尻もちをつく。今までの態度からは想像できない情けない叫び声付きだ。誰が見ても情けない姿を見た部下たちが笑いを堪えるのに必死だ。上長は羞恥と怒りで顔を真っ赤にして何やら怒鳴っているが聞き取れない。


「その体たらくで、どうやって王都を守るというのでしょうか?」


「まぁまぁルイーゼ様。そのへんで許してあげましょう。仕事漬けでストレスが溜まっているんですよ。それとも、ま、まさかルイーゼ様、怒っていらっしゃるんですか!?」


 全能の女神にはこういうのが効くはずだ。


「もちろん私は寛大ですから、この程度で怒ってはいませんよ。私を怒らせたら大したものです。さぁ、もう行きましょう。時間の無駄です」


 自分で門番を引き止めておいてよく言う。兵士も懲りたのか明らかに滑稽なルイーゼ様の発言にもう突っかかって来ない。


「はは、そうですね」


 ライラの笑顔もどこか引き攣っていた。

 なんにせよ、やっと王都へ入ることができるようで安心した。

 都の人口を減らさないように細心の注意を払わないといけないな。

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