第23話 絶対病原は、超絶ハズレスキルなんですか?

 ルイーゼ様が吸血鬼に指示したことは、生身の僕の傍に立つこと。女神様、それはつまり死罪と同じなんですが良いのですか?


「おお!さすが、マスター。すでに同胞を下僕として従えていましたか」


 棺桶を見て吸血鬼は嬉しそうに言った。確かに吸血鬼は棺桶で寝ているイメージがあるけど、本当にそうだったんだね。これ、寝心地悪いのに大変だね。


「同胞?そこに入っているのは人間ですよ」


「人間?ご冗談がお上手ですね、主。死人を運んでいると言うのですか?」


「はぁ……。どうしてこうも間違えるのでしょうか。これは棺桶ではなく移動式ベッドです」


 やれやれとルイーゼ様は首を振る。そろそろ認めましょう、女神様。これは紛うことなき棺桶です。


「失礼しました。主がそう仰るならば、これはベッドでございます」


 今まで訂正を受けた誰よりも吸血鬼は従順だった。


「分かればよろしい」


「それで、この中にいる人間がどうかしたのですか?」


「いえ、ちょっと確かめたいことがありまして。スナオさん、出てきてください」


「あの本当に大丈夫なんですか?」


 なんだか久しぶりに喋った気がする。


「何がです?ああ、ライラさんとリザさんなら少し離れて待機していますから大丈夫ですよ」


「いえ、そうではなく……その吸血鬼の処分は保留なのでは?」


 そう、僕が出て行けば吸血鬼は多分絶命する。


「そういうことですか。まさに、それを確かめるために出てきてほしいのです。それに判断する人間が人間なら、コレはとっくに死罪です。最早、亡霊も同様ですから気にする必要はありません」


 吸血鬼を物扱いする女神。相変わらず痺れますねぇ。


「なるほど、理解しました。中にいるのはお抱えの処刑人エクスキューソナーなのですね。問題ありません。先ほども申し上げた通り覚悟はできております」


 違う。そんな物騒なものでは断じてないよ。それに僕は問題大ありだね。無闇に殺したくないんだ。リザじゃないけど、貴方はほぼ人間じゃないか。殺人はきついよ。


「コレもそう言っていますし、さっさと出てきてください。大丈夫です。貴方が恐れるような結果にはならないと思いますよ」


「いやぁ、でも……」


「よいしょ」


 僕が渋っている隙をついて女神は棺桶の蓋を勝手に開けた。


「時間がもったいないです。こうしている間にも魔王が攻めてくるかもしれません」


 ああ、そういう話してたよね。魔王っていよいよファンタジーだよね。まぁ僕は勇者じゃなくて病原ウィルスあるいは処刑人らしいけど。……どういう話だよ。


「分かりましたよー。出ればいいんですね。責任は取ってくださいよ!」


「責任?私はこの世界に深く関与できませんので」


 涼しい顔して今更なことを言う。そういうとこ責任逃れ、亀上司にそっくりで嫌だけど、もう慣れました、はい。


「ん?処刑人ではなく間者かんじゃでしたか」


 棺桶から出てきた僕を隅々まで観察し、吸血鬼は言った。間者?ああ、スパイ的な意味だっけ。


「いえ、間者ではありません」


「そうですか、失礼しました。優れた間者は、存在感を消すのが上手く群衆に溶け込むのでてっきりそうだと勘違いいたしました」


 なるほど、君が言いたいのは「なんだこの一般人パンピー。他の三人に比べて全然オーラないぞ」ということだね。うんうん、良いオブラート。でも、思いっきり皮肉がこもってるねぇ。主に似るのかな?

 なんだか最悪な結果になっても良い気がしてきたぞぉ。


「伊藤素直といいます。しがない冒険者です。いや、どちらかと言うと要介護者ですかね」


 最後になるかもしれないが、餞別の意味も込めて自己紹介する。自虐するのは仕様だ。


「珍しいお名前でいらっしゃる。主、名乗ってもよろしいですか?」


 僕の渾身の自虐はスルーですか?分かった。僕、こいつ嫌いだ。


「名乗るのに、主の許可が必要なのですか?吸血鬼というのは律儀なんですね」


 ルイーゼ様は少し面倒くさそうに聞き返す。


「我々にとって真名は特別な意味を持ちます。信頼した相手、例えば伴侶や主などしか名を明かしません」


「はぁそうですか。面倒です。私が仮の名を与えますから、それを今後は名乗ってください。そうですね……ブラムでいいでしょう」


 なるほど、吸血鬼にはぴったりの名かもしれない。この世界にあの小説は無いと思うけど。


「ありがたき幸せ。ということです、スナオ様。よろしくお願いします」


 ルイーゼ様に最敬礼をした後、僕の方へ向き直って吸血鬼、ブラムはそう言った。

 そういえば、気になる点がある。


「ブラムさん、ご気分が優れなかったりしませんか?」


 僕と生身で対面して、既に2~3分は経っているはず。だが、一向にブラムは体調を崩さない。もしかしたら、吸血鬼の超回復で相殺しているのかな?だとしたら、ルイーゼ様以外に近くで話せる重要な人物となる。えぇ!こいつとは友達にはなりたくないけど。


「なぜ、そのようなことを聞くのです?ああ、先ほど苦しんで暴れていたのを心配していただいてるのですか、ありがとうございます。ルイーゼ様に浄化していただいて、むしろ今は清々しい気分です」


「ブラム、回復機能が働いているということもないですか?」


 ルイーゼ様は腕を組んで尋ねる。


「回復する時は力を使用するので感知できますが、今は全然ですね」


 つまり、吸血鬼特有のものではない。だとすると、ブラムが持つもう一つの特性によるものとなる。


「ルイーゼ様、僕のアレはもしかして魔族に効かないんじゃないですか?」


 僕はルイーゼ様に歩み寄り耳打ちする。


「そのようですね。そんな仕様はないはずなんですが……他にも仕様書といろいろ異なるので、気になってはいたんです。例えば、本来ならあれだけの命を奪えばもうスキル停止できるようになっているはずなんです」


 口に出す言葉では疑っているが、まるで台詞を言っているように聞こえる。ルイーゼ様が時々芝居がかるのは何故なんだろう。

 ただ、確かにかなり多くの魔物を殺戮してきた。これでレベルが1つしか上がっていないのだから、どれだけの犠牲が必要なのか戦々恐々としていた。


「破棄するようなスキルですから、仕様書もテキトーなのでは?」


「神々の仕事に誤りは無い……とは言い切れないのが残念ですが、それでも可能性は限りなく低いです」


「はぁ、そうですか。そんなことより、結局、どうすればこの凶悪スキルを無効化できるんでしょうかね」


 神々の内情は知った事ではないし、ルイーゼ様が何かを隠していたとしてもどうでも良い。とにかく僕は一刻も早く、常に棺桶が必要な要介護者から脱却したい。


「何か特別な条件が必要である可能性が高いです。スキルの習得に条件が付く事はよくあることなので」


「で、その条件は分からない、と」


「そうですね。ワクワクするでしょう?」


「ええ、とてもワクワクします」


 ルイーゼ様も僕も笑ってはいるが、二人とも感情は1ミリも籠っていなかった。

 ブラムは僕らの内緒話に文句のひとつも言わず、直立不動で待機していた。

 今度は本当の意味での人外が寄ってきてしまったなぁと思いながら、達成目標ゴールを動かされて、いや正確に言うと隠されて途方にくれる僕であった。

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