第22話 女神の血は美味しかったですか?

 ルイーゼ様の血を吸った吸血鬼は、頭を両手で抱えながら言葉にならない悲鳴をあげ、地面をゴロゴロとのたうち回った。

 ルイーゼ様の血なんか飲むからそういうことになるんだよ。自業自得!


「大丈夫ですか!?」


 ライラは女神に駆け寄り首筋の噛み跡を心配そうに覗き込む。騒いでいる情けない魔族は当然無視だ。


「問題ありません。蚊に刺された程度の痛みしかありません」


「傷は浅いかもしれませんが、伝承では吸血鬼に噛まれると噛んだ者を絶対の主人と認識する催眠状態に陥ると聞いた事があります。意識ははっきりしていますか?」


「安心してください。詳しくは話せませんが、私が一介の吸血鬼ごときに洗脳されることは有り得ません。むしろ、私の血がの物を浄化している最中でしょう」


 ルイーゼ様の言葉通り、吸血鬼の苦しみは一向に終わりそうにない。


「ルイーゼ様はやっぱり不思議な魅力がありますね。私の探求心がくすぐられます。無理にお聞きはしませんが、いつかお話ししていただければ幸いです」


「その時が来たらお話ししますよ。それよりも貴重な情報が手に入りましたね。朗報と言えるかは微妙ですが。どうやら我々は魔王の血統と接触したようですね。こうして魔族の刺客を送ってくることからもその可能性が高まります」


 ライラは神妙な面持ちで頷く。


「前に魔王の侵攻があったのが100年以上前ですから、その惨状を実際見ている人間はほぼ居なくってしまいましたが、相当酷いものだったようです。その魔王の暗躍が察知できたのは朗報に間違いありません。なんとしても再侵攻は事前に阻止しなければなりません」


「あ、あの……、姉さんは本当に自分から魔族の仲間入りをしたんでしょうか?」


 リザは心配のあまり、二人の会話に割り込んで質問する。


「魔族の戯言ですから、気にしなくていいですよ」


 ライラは優しく諭して、リザの頭を撫でる。


「私はリザの姉君あねぎみをよく知りませんから、無責任なことは言えません。一般論としては、魔族に組する人間は極少ないと言えます。ゼロではないですが。ただ、万が一それが事実だとしても、貴方の姉君であることに代わりはないのでは?」


 神はこういう時ひどくドライだ。神全員がそうなのかな。それともルイーゼ様の特性なのか。

 リザは自身が魔法で発する特大の雷に打たれたような顔をしていた。ショックを受けてしまったのかな。ルイーゼ様、責任取ってくださいよ!


「そ、そうですよ。万が一どころか億が一のような可能性が低いことを考えても仕方ありません。ルイーゼ様の言う通りどんな状況でもお姉様はお姉様ですから、まずは見つける事が大事ですよ!」


 ライラは慌てて冷や汗をかきながら、身振り手振りを交えてフォローする。その仕草に優しさが滲み出ている。ルイーゼ様のような圧倒的な美は感じなくとも、素朴な可憐さや愛嬌を振り撒いてくれる。どうせならライラみたいな女神に担当して貰いたかったなぁと思うのは贅沢ですか?


「姉さんは……姉さん。確かにそうですよね!!」


 どうやらさっきの表情は感銘を受けた表情だったらしい。幼気な女の子の心を壊すことにならなくて良かった。


「ところで、吸血鬼。それはどういうつもりですか」


 いつの間にか静かになった吸血鬼は、ルイーゼ様の傍らにまるで従順な従者のように跪いていた。その様子をライラが鋭い声で指摘した。


「どういうつもりも何も自分はルイーゼ様の下僕でございますから」


 跪いたまま真顔でそう答える吸血鬼にライラとリザは口をあんぐりと開けて絶句してしまう。僕も同じ気持ちだ。っていうか誰だお前。一人称まで変わってるんですけど!?


「なるほど、口だけではなく本当に多少は力がある魔族だったようですね。本来、浄化完了すれば跡形もなく消え去りますが、自我の防衛本能で催眠を反転させて自身にかけたのでしょう。私を絶対のあるじと認識しているようです。自己催眠などかけずとも、最初から敬ってほしいものですが」


「はい、自分の行いを猛省しております。いかなる処分も受ける所存です」


 心なしかその表情も、凶悪さが消え爽やかにさえ感じる。発達した犬歯がむしろ違和感だ。


「ルイーゼ様は、底が知れませんね……。仲間で良かったです」


 ライラがそう言うとリザがうんうんと頷いている。そうだね、二人は対等に扱ってもらえるからいいよね。僕は仲間じゃなくて貨物ですからね。でも、いいんだ。もう観客オーディエンスとして、楽しませてもらおうと思っているから。


「ライラさん、この自称下僕、どう処分されますか?やはり、死罪でしょうか」


 ルイーゼ様はパーティーの代表者であるライラの顔を立てるため、意見を伺う。


「へ?わ、私が決めるんですか?」


 寝耳に水と言った感じ。まぁ今までの振る舞い的に女神が独断すると思うよね。


「魔族討伐は貴方の特務ではありませんでしたっけ?」


 そこに皮肉は籠っていなく、飽くまで確認としてルイーゼ様は聞いているようだ。


「あっそうでした、そうでした。いやぁ、戦って討伐するならスパっといけますけどいざ無抵抗の者を裁くとなるとなんだか抵抗がありますね。貴重な情報源でもあるでしょうし。……も、申し訳ありません。私の裁量の範疇を超えております」


「も、もう人間に対して悪いことをしないというのなら、許してあげても良いと思います」


 困惑しているライラにリザが子供らしい優しい意見を出して助け舟を出す。


「人を裁くというのは本来、人には背負えないほどの重荷ですからね。そのお気持ちは分かりました」


 そんな言い方すると、人ではない事がバレますよ、女神様。僕の心配を他所よそに女神は続ける。


「では、処分は保留という事で。ちなみにお二人の後学のためにアドバイスをしておくと罪を犯した者の反省した態度に強く影響されて裁くのは良くないですよ。態度を偽造する咎人とがびとも多いですからね。罰というのは犯した罪の重さに比例するべきです。今回の例でいうなら、この吸血鬼はこれまでに何人、いや何百人もの人間を殺している可能性もあります。それでも許して良いのかということです。罪を正確に測定するのが人間には困難ですから、正しく裁くのも非常に難しい……どちらかというと不可能なんですよ」


 二人は真剣にふんふんと何度も頷きながらルイーゼ様の説法に聞き入っていた。やっぱりモノホンは違いますね!


「自分はどんな罰も受ける覚悟はできております!!」


 吸血鬼はその決意を伝えるために大きな声を張り上げた。


「静粛に。処分は保留と言ったでしょう。……ですが取り急ぎ、ひとつやってもらいたいことがありました」


 そう言って、ルイーゼ様は僕の方棺桶を見た。

 一体、どんな素晴らしい事を思いついたのかなぁー。楽しみダナー。

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