第21話 ピンキリのキリの方なんですか?


「どうなっている!?人間はもっと脆弱なはず」


 リザが創り出した魔法の明かりに照らされた吸血鬼の表情が焦っている。


 まだライトノベルと呼称も定着していなかった頃に読んだ小説には吸血鬼がよく出てきた。そこで学んだ吸血鬼の特徴は、まず単純に力持ちであること。並の人間なら軽く殴打するだけで肉塊になるほどの怪力であることがほとんどだった。

 今、ライラと対峙し動揺している吸血鬼もその特徴があてはまる。ライラと拳や脚が交錯するたび、おおよそ体がぶつかり合ってるとは思えない大きな音がして、逃げ場の無いエネルギーによって衝撃波さえ生まれている。まるで、かの有名な戦闘民族同士の戦いみたいだ。そのうち髪の毛も金髪や青髪になったりするんじゃないかな。

 やはり、ライラは並の人間じゃないよね。人類の特異点。僕としてはライラと普通に拳闘できる生物がいることの方が驚きだ。


「魔族もピンキリなんですね。ブランクがあるとはいえ私の蹴りがまったく効かなかった魔族が特別なんでしょうか」


 二人の攻防は一旦止まり、睨みあって対峙している。


 確かに先日ビクともしなかったサロメとは違い、一時的ではあるけどライラの攻撃で吸血鬼は確実にダメージを受けている。一時的って言ったのは吸血鬼の特徴その2があるからだ。それは回復力。受けた傷が数秒で何事もなかったように元に戻る。首を落としたり、心臓を突き刺したりしても死なない吸血鬼もよく出てきた。飽くまで僕が読んだフィクションに、だけど。

 すぐに回復してしまうとはいえ、ライラの打撃は吸血鬼の肌に打撲痕をつけたり、時には傷口から流血させたりしていた。一方ライラは無傷に見える。膂力は互角だが、スピードについてはライラの方が何枚か上手うわてのようだ。

 まぁ結局速すぎてそんなに細かくは見えないんだけどね!


「我があんな七光りの王族に劣っているというのか!ふざけるな!!」


「なるほど、サロメという魔族は魔王の家系なのですね」


 ライラは酒場で天然の一面を見せたが、基本は超優秀。先ほどの言葉もこの激情型の吸血鬼から情報を引き出すための計算された挑発だったことが伺える。もしかしたら、酒場の件も僕らを和ませるためにわざとやったのかもしれないとちょっと疑ってしまう。


「し、知らん。誰だ、サロメというのは。我は何も知らんぞ」


 明らかに動揺した口ぶりで吸血鬼は今更とぼける。


「魔王の家系ならあの強さも納得です。私ももっと精進しなければなりませんね」


「だから、知らんと言っているだろう!!」


 怒りに任せた大振りのパンチはライラにかすりもしない。なんせ、女神様の目でよく見えるくらいだからね。


「どうしました?貴方の回復力なら死にはしないでしょうから、このまま朝まで付き合ってもいいんですよ。良いトレーニングになってますし。少しずつ、勘が戻ってきました」


 多分、本当に朝まで続けてしまうんじゃないかと思うくらい、ライラには余裕があった。


「はは、ははははは、ふはははははははははは」


 吸血鬼は突然大声で笑いだした。あまりの怒りに脳が沸騰して蕩けてしまったのかもしれない。


「ここまで我を愚弄したのは貴様が初めてだ。余興は止めにしよう」


「それ、さっきも似たようなこと言いましたよね?」


「その減らず口を叩けるのも、ここまでだ。骨も残らぬほど焼き尽くしてやる」


 吸血鬼は高く飛びあがる。マントが羽に変化し羽ばたく。そうだね、吸血鬼は飛ぶこともできるよね。


「地を這う人間どもよ、思い知ったか。これが我と貴様達との明確な差だ!」


 今まで一方的と言ってもいいくらいボコられていた奴が遠吠えしているようにしか見えない。一言で言うと、とてもダサい。


「そのまま、地獄の業火に焼かれて死ぬが良い!」


 吸血鬼は上空で両手を高く上げる。と、その両手の上に燃え盛る青い火球が生じ、瞬く間に直径5メートルほどの大きな火球となる。魔族の皆から少しずつ元気をもらったのだろうか?なんて冗談を言っている場合じゃない。あれをぶつけられたら結構やばいんじゃないかな!その辺は腐っても魔族ですね。


「ダイアモンドダスト!!」


 リザがそう叫ぶと吸血鬼の周囲の空気がキラキラと輝きだす。魔法により空気が急激に冷やされ、水蒸気が凍結して光っているんだ。確かダイアモンドダストってそういう現象だったはず。ただ、その輝き方が半端じゃない。一体吸血鬼の周りの気温は何度まで下がったんだろう。

 冷却の中心は火球の中心と一致していると思われる。当然、火球はその姿を保てない。冷却は吸血鬼の羽まで凍らせ、その羽ばたきを止めるに至る。となると、後は自由落下するしかないのが自然の摂理だね。吸血鬼は「うわー」という情けない声を出しながら落ちていった。

 確かに人に向けて放った魔法じゃないけど、結果的に人間なら死んでるダメージを与えちゃってるよ、リザ。ルイーゼ様もその点を気になったのか、リザの方を見るが特段取り乱している様子はない。多分、絶対死なないという保証があるからなんだと推測する。可能性としてはとても低いけど、リザが”人を傷つけられない”と嘘をついている可能性もあるにはあるけど、今は考えないでおこう。

 ブラック勤めが長いと最悪を想定してしまうんですよぉ。いや、違うな。最悪想定しなくなっちゃうですよぉ。


 それはさておき、吸血鬼から目を離したのが良くなかったのか、今度の標的はルイーゼ様となる。吸血鬼は女神を羽交い絞めした。おお、くわばらくわばら。どんな神罰があるか分かったものじゃない。


「はっ油断しおったな!今からこやつを我の眷属にして同士討ちさせてやる!」


 勝ち誇ったようにそう言うと、吸血鬼はルイーゼ様の首筋に噛み付いた。

 どうなる?どうなっちゃうんだー、これ!

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