第19話 王都へ行けばいいんですか?

 所変わって、サロメの居室。


「エレファンちゃんを倒すなら、あいつらハエじゃないのかもしれないにゃー。新しいおもちゃになってくれるかなぁ!?」


 大きな鏡に映し出された一部始終を見たサロメは嬉しそうにひとりごつ。

 そこへ入口の大きな扉をノックする音がする。


「はいはい、開いてるよん」


 許可を得て入室してきたのは、燕尾服を華麗に着こなす老紳士だった。


「はろー、爺や。なんか用?」


殿下でんか、下界は楽しゅうございましたか?」


「げ、げかい?なんのことかにゃー?」


 サロメは精一杯とぼけてみせるが、老紳士は全てを見透かしているかのように彼女の目をまっすぐ見る。

 観念したサロメは、ため息をつく。


「爺やの目は誤魔化せないよねぇ。お姉様には?」


「ご安心ください。お伝えしておりません」


「さっすが、爺や!話が分かるぅ!!」


 サロメは手を叩いて喜ぶ。


「ですが!!」


 老紳士はそんな彼女に冷や水を浴びせるように語気を強める。


「しばらく無断外出はお控えください。陛下へいかの耳に入れば文字通り私奴わたくしめの首が飛びます」


「そう簡単に飛ぶ首じゃないくせに〜」


「殿下!そういう問題ではございません!」


「あ〜わかった、わかった、わかりましたよぉ。しばらくは引き篭もって、見るだけにすーるーよー。丁度面白そうなの見つけたし」


「そうしていただけると助かります。その代わりと言っては難ですが、血の気の多い者を見繕って下界へ派遣しますので」


 老紳士はニヤリと笑う。


「爺やのそういうとこ、ホント好き」


 サロメはふざけ半分で投げキッスをする。


「身に余る光栄でございます。それでは失礼いたします。いいですか、くれぐれもー」


「もぉ分かったってぇ!早く行って!」


 老紳士は扉が閉まるその瞬間まで、鋭い眼光でサロメを見つめて去って行った。


「お姉様怒ると怖いし、しばらくはおとなしくするかにゃー」


 老紳士に殿下と呼ばれたサロメは、広すぎるその居室でそう呟いた。




 夕刻。辺境の町、唯一の酒場に僕らは居た。正確には僕は店の外に置かれているのだけど。

 もうだいぶ慣れたけど、やっぱりこれって変だよね。明らかに貨物扱いだよね、僕。これが異世界ライフの標準なんですかね!

 まあ愚痴っても仕方ないので、何故酒場にいるのかを説明しないとね。

 その理由は簡単でライラの申し出により打ち上げをする事になったからだ。

 確かに魔族は取り逃してしまったが、ほとんどの冒険者が慌てて逃げ出すオーガの大群を退け、およそ人外しか倒すことができなさそうな石マンモスを倒したのだから、十分慰労に値すると僕も思う。

 リザが強く遠慮したが、ライラとルイーゼ様が押し切った。また、ライラが助けてくれたお礼に飲食代を全て出すと言ったのでそれは流石に遠慮した。むしろ、助けられたのは僕達だからだ。

 未成年であるリザが入店を断われるのではないかと心配したが、どうやらこの酒場は食堂的な役割を兼ねているようで特に咎められることはなかった。

 一通りの労いと食事・飲酒をする。飲酒とサラッと言ったけど、ライラは麦酒エールを木のジョッキで5杯も飲んでケロッとしている。僕は見てるだけで少し酔ってしまった。特種冒険者はいろいろ規格外なんだね。

 ルイーゼ様はワインを優雅に飲んでいた。「あまり期待をしていませんでしたが、なかなかですね」といつも通り上から目線の感想を仰っている。

 リザは育ちがいいのか食べ方がとても上品で綺麗だった。もちろん、飲酒はしていない。ぶどうジュースを美味しそうに飲んでいた。

 ちなみに僕の食事はリザが運んできてくれた。優しい子!お兄さん、感動したよ。人の出入りが無い時に棺桶から出て急いで食べたが、味はお世辞にも美味しいとは言えない。ポジティブな言い方をすればワイルドな味だった。僕らの国の料理は繊細な味の物が多いから味蕾が発達しすぎたのかもしれない。

 宴もたけなわ。今後についての話題となる。


「私は王都の本部に戻って今回の件を報告する予定ですが、みなさんはどうされるんですか?」


「よろしければ同行させていただけませんか?もっと言えば、お仕事の協力をさせていただけませんか?」


 ルイーゼ様、僕の意思確認は?何も聞いてませんよ。確認したいんですけど、僕の異世界ライフを充実させるために同行してくれているんですよね?

 あっ分かりました。自由が嫌いな僕の性格を察して先導してくれてるんですね。ありがとうございます。流石、女神様!


「私のお仕事と言うと、ギルドの受付をやりたいということですか?」


 真顔でライラは言う。

 ライラ、違う、それは違うぞー。リザもどう反応したら良いか困った顔をしてるから、多分察してるぞー。年下を困らせちゃだめだぞ、お姉さん。

 もしかしたら、優秀な彼女の弱点をひとつ発見したかもしれない。天然だという欠点を。

 ……いや、何が欠点だ!

 隙があってむしろ更に好感が持てちゃうよ!モテモテだよ!


「それも興味深いですが、私が言っているのはライラさんの本職の魔族退治の方です」


 ルイーゼ様はライラを辱めることがないように極めて冷静そう答える。その気遣いの1%で良いから僕に向けてくれないかなぁ。


「それはわたしもお願いしたいです!」


 リザが前のめりになる。


「それはもう喜んで!……ただ、念のためギルドマスターの許可を得てからでもよろしいですか?皆さんなら問題ないかと思いますが、案件が案件なので関わる人間は厳選しているところがありまして」


「そうですね。上長の確認を取るのは基本中の基本ですもんね。分かりました、王都まで同行します」


 ルイーゼ様は通常、女神が言うとは思えない組織の常識に言及する。ただ、神の世界も僕の会社と似たようなものだと知っている僕には違和感は無い。


「ご理解いただいて恐縮です。……はぁー。好き勝手やってた冒険者の頃が懐かしいです。あっ、今は今で結構楽しんではいるんですよ?」


 それは羨ましい。でも、仕事ぶりからしてその感じは伝ってくる。やっぱり生き生きと仕事をするには、楽しむ気持ちがないとダメだよね。


「う、う、うわーん。皆さん立派ですぅ。それに比べ、わ、わたしはホント何もできなくて、だから姉さんも里を出って行ってしまって!」


 リザが突然泣き崩れた。自己肯定感が低いのは知ってたけど、そんな風に泣き喚く子だっけ?なんか顔も紅潮している気がする。


「急にどうしたんですか!?」


 ライラがリザの豹変ぶりに動揺する。

 ルイーゼ様は冷静に状況を分析し、リザの飲んでいたコップを取り上げた。徐に中に入っている飲み物の匂いを嗅ぐ。


「なるほど、お店の方が間違えましたかね。これ、ワインですよ」


 リザはその後、小一時間ほど泣き上戸となり二人に絡み続けた。

 あー故郷のおいしい料理が食べたいなぁ。

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