第18話 人外が集まるのは仕様なんですか?
名をサロメと自称する魔族が何らかの儀式で形成したのは、軽く僕らを踏みつぶせるサイズ感の巨大な石のマンモスだった。もしかしたら、この形状の生物をこの世界ではマンモスとは呼ばないのかもしれないけど、僕の目から見たらどう見てもマンモスだった。
「じゃあ、後は任せたよぉ。エレファンちゃん」
サロメはそう言い残すと、虚空に裂け目のようなものを作り出し、そこへ入る事でこの場から消えた。魔界にでも帰ったのかな。魔界があるのかどうかは知らないけど。
三人の制止の声が空しく山に響き渡るとともに、マンモスが吠えビリビリと周囲の空気が震えた。
「これはちょっと本気を出さないとまずそうですね……」
ライラはその言葉とは裏腹にかなり疲弊をしている。恐らく僕の病原の影響が残っている状態で激しい運動をしたのが良くなかったんだ。
「こ、ここはわたしが引き受けます」
そうだ!形成されたのが人型じゃなくてラッキーだったね!
「お姉さんとしては情けないですが、ちょっとお願いできますか?少し休めば回復すると思うので時間稼ぎをしていただければ」
僕の病原はそんなに生優しいものではないかもしれないが、特種冒険者は常人と比較し回復力もずば抜けて高いのかもしれない。
「はい!」
リザが返事をした時には、マンモスは今まさに三人を踏みつぶそう前右足を挙げている所だった。そのマンモスの胴体部分へ巨大な
物理は受験で使わなかったからあまり真剣に授業を受けていなかったけど、ぶつかった時の衝撃は重さと速さの掛け算的なもので決まるという朧げな記憶がある。だとしたら、この石礫の衝撃は凄まじいものになっているはず。例えば人間にひとつでも当たれば即バラバラの肉塊になるのは間違いない。
マンモスはただでさえ片前足を上げている不安定な体勢だったので、その衝撃に耐えられず転倒した。町まで聞こえそうな大きな音と共に地面が揺れる。
マンモスは倒れただけでなく石礫の攻撃により胴体の千切られ体が真っ二つになっていた。
ホント、リザの魔法は底が知れない。僕が人型をしていて本当によかった。
「さすが、ダムスティの民ですね!こんな大規模な魔法、久々に見ました」
腰を下ろし回復に専念していたライラがリザに拍手とともに声をかける。初めてではなく、久々という所がさすが特種冒険者。ただ、他にもこんな魔法を使う人間がいるとは異世界ってホント楽しい所だよねー、ははは。
「わ、わたしなんて、まだ―」
「まだ、終わっていませんよ!!」
ルイーゼ様がリザの謙遜の言葉を掻き消す大声を出した瞬間、マンモスの鼻が
「リザ様、大丈夫ですか?」
「わ、わたしは大丈夫です。すみません、鈍臭くて……」
「リザ様、アレの攻撃を受けない少し離れた所から攻撃した方がいいかもしれません。倒すのにまだちょっとかかりそうです」
バラバラにされた石がひとりでに集結しマンモスの形を再形成するのを見つめながらライラはリザにアドバイスした。リザはすぐに従う。自分が攻撃されるのは邪魔になるということを敏感に察した気がする。彼女は他人のネガティブな感情に対して過度に反応するきらいがあるんじゃないかな。
「魔族というのは本当に忌々しい存在ですね。私が直々に粛清したいくらいです」
ルイーゼ様は肩をすくめる。少し芝居がかっている。最初にスキルが反映した舞台俳優の演技を思い出した。
なんにせよ、是非!是非お願いします。神の立場はこの際置いておきましょう。
「今度、魔族と遭遇した時は是非お力を拝見したいです」
玄人には女神に秘められた力が感じ取れるのか、目を輝かせてライラは言う。
「できればそうならないことを祈りますよ。私が力を見せる時は終末でしょうから。……ですが、今はこれくらいなら許容範囲でしょう」
ルイーゼ様はそう言ってライラに向けて手をかざす。手の先から優しい光が溢れて、ライラを包み込む。
「どうですか?体調を万全に戻しましたが」
「え?……確かに、体が軽いです!!」
そこへ完全に復活したマンモスからの攻撃が飛んでくる。マンモスなので物理攻撃しかしてこないと勝手に思いこんでいたが、そこはやはり魔族が創り出した生物(?)。空中に巨大な
でも、氷柱か……。マンモスといえば寒冷地というのは、こちらの世界でも常識なのだろうかと余計なことを思っているとリザは見えない壁のようなもので氷柱を防ぎ、ライラは軽く十数個の氷柱の雨の間を縫ってマンモスの懐に入り込んでいた。
本調子のためかそのスピードは最早、ルイーゼ様の目でさえ捉えれない。瞬間移動して現れたようにすら見えた。
そして、次の瞬間、マンモスは粉々砕かれ再びただの石に戻った。いや、石というか砂利と言ってもいいくらいの細かさだ。ライラが具体的に何をしたかは分からないけど、小学生並の語彙力で言えば、とってもたくさん殴ったんだと思う。じゃないとあんなに細かく砕く事はできないだろうから。
「ふぅ。最近特務がなくて体が
ライラはいつまにか、ルイーゼ様の傍に戻って一息ついている。これで体が鈍っていると言われたら、ルイーゼ様じゃないけどライラも人間かどうか怪しく思ってしまう。
しかし、マンモスも執拗だ。あれだけ細かくなったのにまだ再生しようとしている。ひょっとしたら、砂粒ほど細かくしても復活するのかもしれない。
「困りましたね。同じことを繰り返すのはやぶさかではありませんが……永遠にはできません」
ライラは腕を組んで考えこむ。そんなライラに遠くからリザが話し掛ける。
「ラ、ライラさーん。アイツを高く上空に吹き飛ばすことは可能ですか?」
なかなかの無茶ぶりだなぁ。ただのマンモスだとしてもあの大きさなら5tはくだらないし、ましてやアレは石でできている。その重さは倍では効かないないんじゃないかな。
「お任せください」
ライラは
あっそうですか。お任せしますぅ。
「では、わたしの合図でお願いします。す、すみませんが詠唱に少し時間がかかりますのでお待ちください」
「ごゆっくりどうぞ。その間は何回でも木っ端みじんにしますよ。トレーニングに丁度良いです」
ライラはその言葉通り、リザの準備ができるまで都合3回、先ほどと同じことを繰り返した。回を重ねるごとにその完了までの時間が短縮されていったから体が鈍っていたというのも、あながち嘘ではない。ライラ、恐ろしい子!
「そろそろいけますかー?」
ライラの問い掛けに、リザは詠唱を続けながら頷いた。
マンモスが復活すると、ライラはその長い鼻を両手で掴み、自分が軸になって回転を始めた。その小さな体に一体どんな力が秘められているのか、マンモスの体が宙に浮き、一緒に回転を始める。ジャイアントスイングの完成だ!
20回転ほどした後、遠心力を利用してマンモスを空へと解き放つ。高度がグングンと上がり、地上からはマンモスが手の平くらいの大きさに見える所で上昇が止まり最高到達点となる。
それを確認したリザが魔法を放つ。
「ブラックホール!!!」
出会ってから聞いた一番大きな声でリザはそう叫んだ。
え?ブラックホールってあのブラックホール?まじで?
遠すぎてよく見えないが、小さな黒い点がマンモスを飲み込んでいるような気がする。やっぱり、あのブラックホールだ。魔法、怖すぎない?星、滅ぶよ?
と、リザが膝から崩れ落ちそうになる。寸前のところでライラが駆けつけて支えた。
「す、すみません。この魔法は、しばらく動けなくなるくらい魔力を消費してしまうので」
「こんな魔法、私も初めて見ました。やはり、リザ様は特別ですよ」
「ええ、予想以上に素晴らしい人材です。これは嬉しい誤算ですね」
ライラとルイーゼ様が口々に褒める。唯一無二で本当に良かった。だけど、転生者の周りには人外が集まるような仕組みがあるんじゃないだろうかと疑ってしまう。もしくは、無理やり異世界生活を満喫させようとしてくる誰かさんの陰謀かも。
でも、待って。僕気づいちゃった!満喫どころか、この戦闘で僕、棺桶で寝てただけじゃない?
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