第17話 特種冒険者のお仕事は大変ですか?
ライラは僕に一声かけた後、再度土煙をあげながら風になる。台風の中心となった彼女がオーガの前を通り過ぎると頭や心臓などの急所を損傷したオーガが事切れて倒れる。残像が残るほどの速さなので、正直何をやっているかはよく見えないけど、多分、殴ってるんだと思う。
俄かには信じがたいけど、彼女はシンプルに鬼を殴り倒している。身長155cmくらいだと思われる小柄な彼女が、
「あれ、残りのオーガさん達はなんだか調子が悪そうですね」
ライラが鬼の大群の半分ほどを無力化したころ、異変に気付く。僕の病原がようやく効力を発揮したみたいだ。そうして、オーガは駆逐された。
「そう言う私もちょっと気分が優れませんが」
一息ついたライラは苦笑いしながらそう言った。その一言で気づく。このままでは、ライラも気を失ってしまう。慌てて棺桶の中に戻り、ルイーゼ様に力が届かない所へと運んでもらう。
「あれほど激しく運動したのですから疲れたのでしょう」
ルイーゼ様がライラに歩み寄りながら、そう声を掛ける。
「ああ、ルイーゼ様。お気遣いありがとうございます。ただ、この程度ならウォームアップの範疇ですから、全然問題ないはずなのですが。お恥ずかしい限りです。ところでスナオさんはどちらに?」
「情けない事に少し疲れたようであそこで休んでいます」
ルイーゼ様が遠くに置いた棺桶を指差す。上司がよく歌っていた歌の歌詞を思い出す。♪情けない男でごめんよ。だったかな。
「あ、ギルドのお姉さんだったんですね」
風の魔法の力でふわりと二人に近づいたリザは、ライラに気付きそう声をかける。
「そうです、いつもニコニコ、冒険者の皆様のオアシス。ギルドのお姉さんです」
ライラは営業スマイルでおどけてみせた。
「ところで、貴方も冒険者だったんですね。それもこんなに腕の立つ」
「すみません。隠すつもりはなかったのですが、あえて言う事でもないかと思いまして。こうした緊急事態に対応するため特種冒険者の資格を持っています」
「まさか、ギルドの職員全員が貴方と同等の力を持っているんですか?」
ルイーゼ様は眉根を寄せて尋ねる。こんな人間離れした力を持つ人間が、全国のギルドにゴロゴロいたら神としては看過できない問題だろうから、仕方ない。
「いえ、流石にそんなことはありません。そうであれば、私も少し楽ができるのですが」
ライラはそう言って笑い、言葉を続ける。
「特種冒険者が世界に数人しかいないというのは嘘ではありません。本来、私の所属は本部なのですが、この辺りで魔族出現の情報が出たので出張で来ております。受付をしているのは私の趣味です。ルイーゼ様のような方と出会うのが楽しくて。今回はすごい収穫です。ダムスティの民、リザ様にもお会いできましたから」
心底嬉しそうにライラは言う。彼女が優秀な理由が今分かった。彼女はスーパーエリートだったんだ。僕のような万年平社員には眩しい存在。にしても、気取らないエリートって正真正銘のエリートって感じがして素敵だよね。ますます好きになっちゃう。
「う、噂は本当だったんですね!?」
リザの表情が明るくなる。反対に僕の心は暗くなる。さっきギルドでリザに聞いた時から”魔族”なんて厄介そうな響きを気にしていたけど、嫌な予感しかしない。
「ええ、残念ながら。リザ様、念のため忠告しておきます。お姉様をご心配されるお気持ちは分かりますが、魔族には安易に関わらない方がよろしいかと思います」
現代社会で契約時に個人情報の取扱いなどやたら長い条項をおざなりに説明する時と同じようなトーンでライラは言った。職務上言う必要があるが、関わる相手が冒険者というリスクを顧みない人ばかりなので形骸化しているのだろう。
そういえば、僕らが分不相応の依頼を受託しようとして注意してくれた時も同じだったな。
「そ、それは分かっています。だけど―」
「いいんです。それ以上はおっしゃる必要はありません。理解をしていただいた上での行動であれば、何も問題はありません。そもそも、リザ様を止める権利は誰にもありません」
ライラは営業スマイルではなく、本心からの笑顔だと分かる優しい表情でリザにそう諭した。流石、冒険者ギルドのエリート、勇気ある者に対して寛容だ。
「では、いよいよ貴方が現場に出てきたという事は、魔族の気配が強いんですね」
あっその顔、ルイーゼ様はもう分かっている顔だ。白々しく聞いたりして、ホント、性格がよろしい女神様で。
「おっしゃる通りです。通常より多少強力なオーガ程度ならばご覧のようにそこまで問題にならないんですが、魔族の気配が直近で一番高く感じ取れまして。慌てて出動した次第です。皆様もお気を付けください」
多分、問題にならないのはごく一部の人間だけだと僕は思います。庶民感覚を忘れたら大企業病の始まりですよぉ。
「は、はい。気を付けます」
「魔族には決して後れを取りませんが、留意はしておきます」
「のあーーーー!なにこれ、なにこれ、なにこれぇ!」
二人の返事合わせて聞いたことの無い舌足らずな声が混ざる。
三人は声の方へ一斉に振り返る。
オーガの亡骸を、リザよりもさらに幼く見える少女がしゃがみ込んで観察していた。
多分、魔族だ。
噂話と嫌な予感。そして何よりもその少女の容姿が普通じゃない。ほぼ大事な所しか隠していないビキニのような服を着ていて、紫色の髪と何より頭から鬼のような2本の角とお尻から尻尾が生えているのが特徴的だ。フィクションで出てくる悪魔っ子にそっくりだ。
「誰ですか!?」
そこにいる全員が多分もう勘付いているが、答え合わせのためライラは聞く。可能性は極めて低いけど、人違いで戦ったら大問題になるもんね。
ただ、優秀な彼女はいつ戦闘になってもいいように、警戒態勢を取るのを忘れない。
「スネちゃま、ブリブリ軍団、スライムたんに続いてマッチョマンズまで、やられちゃったのぉ!?誰なのぉ、サロメちゃんのかわいいペット達を次々やっつけてる奴は!」
魔族(仮)はライラの問いかけを無視して騒いでいる。
「一人で騒いでいないで質問に応えなさい。それとも、魔族には会話する知能すらないんですか?」
ルイーゼ様は魔族(仮)に対しても通常運転で煽っていく。そんな煽り運転だと、僕の世界だと捕まりますよ!
「はぁ、さすがにテンション下げー。次は絶対に倒されないようにドラゴンちゃんにでもしようかなぁ」
魔族(仮)は一向にこちらの問い掛けに応えようとしない。聞こえていないのかもしれない。ルイーゼ様は相当いらだっているご様子。
「答えが無いのであれば、魔族と見做して攻撃します。いいですね!?」
ライラも意外と好戦的で最後通告をする。
ギルドの迅速な対応から考えても、魔族は存在するだけで人間にとっては脅威なのかもしれない。
「その前に、犯人をボコらないとにゃー。流石にここまでされたら、サロメちゃんも黙ってられないかなぁ」
やはり聞こえていないのかもしれない。
その瞬間、ライラは地を蹴った。そして瞬きするほどの時間の後には、サロメの背後に到達し、移動の勢いをそのまま活かした蹴りを頭部へと放つ。
恐らく先ほどの土の柵も易々と一撃で砕くであろうその蹴りは、悪魔幼女のコメカミを確実に捉えた。蹴りの余波で、オーガの亡骸が吹き飛ぶがサロメの身体はビクともしない。
「さっきから、ハエがうるさいなぁ。めんどくさいけど、まずはハエ叩きするかにゃー」
その一言を皮切りに魔族から殺気が放たれると、棺桶に入っている僕までプレッシャーを感じた。
ライラは危険を察知し、超速で距離を取る。
「い~でぇ~よ。ごぉおおおれむぅぅ」
魔族(ほぼ確定)がそう気怠く叫びながら、右手をあげると足元の地面が大きく盛り上がり、何らかの形を形成し始める。
「なにがでるかなぁ、なにがでるかなぁ」
魔族の楽しそうな声に、場違いではあるけど往年のサイコロトークテレビショーを思い出してしまい、少し笑ってしまったのは内緒。
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