第15話 狂っているのは世界ですか?それとも僕ですか?

「その棺桶に入っている金目の物、全部置いていけ!」


 僕達を制止した野盗が、続けてそう叫ぶ。残念ながらこの棺桶には金目のものは入っていない。

 最初の仕事の報酬である”普通にこの世界で暮らせば1年は食うに困らないほどの大金”を持ち運ぶのは危険なのでギルドで預かってもらっている。二種以上の冒険者の特権らしい。出世しといてよかったね。

 さて、今棺桶に入っているのは災厄だけ。言うなればパンドラの棺桶。でも、最後に希望も出てこないから例えとして不適切かな。


「か、金目のものなんて入っていませんから、と、通してください」


 リザは涙目になりながらもそう主張する。やはり勇気のある子だ。


「嘘つけ!こんな山道でそんな棺桶を引いていたら、大切なものを運んでますって言っているようなもんじゃねぇか。俺たちの目はごまかせねぇよ」


 まぁそう思うのも仕方ないよね。だって棺桶なんてそうそう運ばないよね。何かのカモフラージュだと思うよね。


「なぜ皆、間違えるのでしょう?」


 ルイーゼ様は野盗から一番近い位置にいたリザの前にさりげなく出て彼女を庇いながら、そう言ってため息をつく。強盗は人の道を誤っていると女神らしく説法するのかな。問答無用で成敗するかと思ってたけど。


「これは移動式ベッドだと言うのに」


 あ、やっぱりそこ気になりますか。


「何を言ってやがる!!いいから、ささっとしろ。ぶっ殺すぞ!」


「今、なんとおっしゃいましたか?」


 ルイーゼ様は野盗の言葉が気に障ったのか、鋭い口調でそう聞き返す。


「ぶっ殺すって言ったんだよ!そんなに死にてぇのか!?」


「やはりそうですか。では、あなた方も殺される覚悟があるということですね」


「はぁ?俺たちが殺されるぅ?誰にだよ。まさか、美人さん方にか!?おい、皆気を付けろよ。この美人さんとお嬢ちゃんに殺されるってよ!」


 野盗が仲間にそう声をかけると、一斉に下卑た笑い声をあげる。「はは、そりゃ楽しみだ」「ひぃひぃ言わせてほしいもんだぜ」とか口々に下品な事を言っている。ああ、この人たち典型的な小悪党だぁ。


「もういいでしょう。リゼ、少し懲らしめてあげなさい」


 まるで先の副将軍のようにリゼに声を掛ける。もしかしたら印籠も持ってるんじゃなかろうか。


「で、できません」


 リゼは何故かその指示を拒む。魔法を使えばなんとでもなるというのに。彼女の力ならば、それこそ簡単に命を奪うことだってできるだろうに。


「ははは、そりゃお嬢ちゃんには無理だよなぁ!」


 また嫌な笑いに包囲される。何故同じ笑顔なのに、リゼの笑顔とこうも差が出るのだろう。人間って不思議ね。


「どうしてですか?別に本当に殺してしまう必要はないですよ。少し痛い目にあってもらうくらいで十分です。彼らは臆病なので、それで逃げ出しますよ」


「ああん!?誰が臆病だって?」


 僕は知っている。小悪党というのは自分を馬鹿にする声には非常に敏感だと。なぜなら、彼らの虚勢は恐怖の裏返しであることがほとんどだからだ。ルイーゼ様の言う通り、彼らは臆病なんだろう。


「静粛に!!」


 ルイーゼ様がそう一喝すると、神の力なのか野盗達は金縛りにあったように身動きが取れなくなる。


「リゼ、どうしてできないのか教えてくれますか?」


「……こ、怖いんです。魔法で人を傷つけるのが……また、殺して、しまうんじゃないかって」


 リザは途切れ途切れになりながらも絞り出すように答えた。その一言で彼女の抱えている暗い過去が少し垣間見えた気がする。


「でも先ほど、スライムの巣窟を攻撃してましたよね?」


 女神は人間の機微にあまり聡くはないようで、空気の読めない質問をする。


「ま、魔物は大丈夫なんです。で、でも、人型だったりすると想像しちゃうんで駄目です!」


 いわゆるトラウマというやつだね。幼いうちに殺人を経験したら、そうなるのも無理ないよね。むしろ、よく今、どうにか自立してて偉いと僕は思うよ。

 僕はブラック勤めで心を殺すすべを身に着けているから、ゴブリンを虐殺した時もなんとかやり過ごせたけど、ホントぎりぎりだったもんね。子供にそれを要求するのは鬼畜でしかないよね。


「そうですか……。貴方がどういった経緯で人を殺してしまったのかは分かりませんが、生存のための闘争の結果としてそうなるのは、自然な事です。気に病むことはありません。少なくとも神罰が下るような罪を貴方は背負っていませんよ」


 いや今、神の視点はまずいよ、ルイーゼ様。だいたい、殺す殺さないっていう選択が普通に存在する世界は狂ってる。いや、分かるよ。生存競争があるっていうのは。僕の居た世界でもほんの百年くらい前にはそういう時代であったしね。

 でもね、僕の感覚では狂ってる。その感覚を失ったら、僕は僕でなくなる。平和ボケ上等。むしろ、僕が狂っているってことでいいんで、この感覚は絶対に手放しちゃいけない気がする。

 さて、この世界からしたら僕と同じように狂っていると言えるリザに助け舟を出そう。


「自然なことかどうかは置いといて。リゼちゃん、無理する必要はないよ。人を傷つけるのってすごく悲しくなるよね。僕は分かる。とっても良く分かるよ。ここはなんとかするから、少し遠くへ逃げておいてね」


「ご、ごめんなさい。お役に……立てなくて」


 リゼは今にも泣きそうだ。


「責めてない!誰もリザちゃんを責めてないから安心して!さぁ早く離れて。もうこの話はおしまい!」


 リゼを無理やり遠ざけようとそう声かける。

 と、そこへ地響きが聞こえてくる。

 そして、山道を駆け下りてくる冒険者と思われる人々。


「オーガの大群が出たぞ!!早く逃げろ!!」


 親切にそう声をかけてくれる冒険者が一人。


 今度は一体何だって言うんだ。それでもやっぱり狂っているのは僕の方なの?


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