第13話 人は見かけに依らないこともありますよね?


「あ、わたしはリザと言います。魔法が使えます」


 話し掛けてきた少女、リザはそう言って、丁寧にお辞儀した。

幼さがまだ残る顔と何よりも雲がかすむ春の空のような青白磁色の髪がとても印象的なだ。体形は華奢ではあるが、まだ女性らしさを主張していない。


「どうして私に声を掛けたんですか?他にも冒険者はいるでしょう」


 相手が子供ということで、ルイーゼ様は無下に扱ったりはしなかった。どこかのゴミおじさんのようにはね。その辺は女神に分別があって良かった!


「お話が聞こえてしまって……ま、魔物の大量発生のい、依頼を受けるんですよね?」


 それでも女神のプレッシャーは強かったのか、もしくはリザが知らない大人と話すのに慣れていないのか、オドオドした様子で所々詰まりながら彼女は答えた。


「盗み聞きとは感心しませんね」


「ご、ごめんなさい」


 僕が聞く限り至極やんわりとルイーゼ様は注意したが、雷に打たれたようにリザは反射的に謝罪する。どうやら後者らしい。大丈夫、だいたいの大人は子供に優しいよ。仮に子供に優しくない大人がいたら、それは化け物だと思って近づかない方が良いよ。


「自分の非を素直に認められる子は嫌いではありませんよ。詳しく事情を聞かせてもらえませんか?」


 ルイーゼ様はそう言うと、屈んでリザと目線を合わせて微笑んだ。ルイーゼ様の女神らしい優しさを初めて見た気がする。……女神としてどうなんだろう。

 その滅多に見せない優しさに促されてリザは途中度々詰まりながらも自身の状況を説明した。彼女の話をまとめると、


・行方不明になった姉を探している。

・姉はどうやら魔族に連れ去られた可能性がある。

・魔族は魔物が大量に発生する場所に現れることが多い。

・だから、大量発生の依頼を受託する冒険者に同行したい。


とのことらしい。ここまで聞き出すのに15分くらいかかった。子供の相手は大変だ!でも、ルイーゼ様は怒ることなく、相槌でゆっくりと先を促していた。相手によって露骨に態度を変えるのは良くないと僕は思う。その優しさを広く世界に!


「なるほど、事情は分かりました」


「じゃ、じゃあ!?」


 リザの表情がパッと明るくなる。


「ですが、連れていくわけには行きません。我々はですが、貴方を気にかけて戦えるほど余裕はありません。申し訳ありませんが、貴方のためでもあります」


 第一種冒険者の部分を強調して女神は言った。さては、既成事実を作ろうとしているな?


「わたしなら大丈夫です!ほ、他の事はまるでダメダメですけど、魔法だけは自信があるんです!里でも姉さんに次いで出来が良いと言われていました!!」


 リザから必死さが滲み出ている。うーん、思いは買ってあげたいし断ったら泣き出してしまいそうだけど、僕と同行してもらうのは難しいよねぇ。


「そうは言ってもですね……」

 

 女神も頬に右手を当てて断り辛そうにしている。


「リザ様、失礼ですがご出身はダムスティの里ですか?」


 ルイーゼ様が意を決して断りの文句を言おうと口を開いた所で、ライラが割って入る。年端もいかぬ少女にもちゃんと様付けするその姿勢。素晴らしいよね、やっぱ。一緒に仕事するならこういう人がいいなぁ。


「はい、そ、そうです……けど」


 ライラの目が異様に輝いていて、リザはちょっと引いてしまっている。


「やっぱりそうですか!その髪の色、魔法を使われるということでピンと来ました!!いやあ、ダムスティの民に会えるなんて光栄です!!握手してもらっていいですか?」


 ライラは一人で盛り上がっている。異様な力のある僕に会いたがったりする所からしても、彼女は結構ミーハーなのかもしれない。リザは彼女の成すがままに握手を許す。


「説明してもらっていいですか?」


 話の腰を折られて少し不機嫌そうにルイーゼ様は問う。


「ああ、大変失礼しました。興奮して取り乱してしまいました。ダムスティの里というのは知る人ぞ知る魔法使いの里でして、強力な結界に守られているので里の民とごく一部の許された者しか出入りできないんですよ。そもそも地図に載っていないので正確な場所が分かりません。そんなミステリアスな所がまたいいんですよね!そして、その民の使う魔法はかなり強力という噂でして、あっすみません。実際に見たことはないので噂になってしまうんですけど。それで、リザ様はその里でも1、2位を争う実力だって言うじゃないですか!!ルイーゼ様、これはもう、パーティを組まないと損ですよ。年齢に騙されてはいけません。彼女ほどの魔法使いは大陸中探してもいないかもしれません」


 ライラは急に機体が赤くなったのかと思うくらい通常の3倍の早口でまくし立てた。


「な、なんだか恥ずかしい……です」


 リザは赤面しつつ、ローブの裾で顔を隠した。その仕草は父性本能を刺激される可愛さだ。いや、子供持ったことないけどね。そもそも結婚できるか怪しいけどね。ああ、言ってて悲しくなってきた。


「なるほど。それは興味深いですね。ひとつ質問よろしいですか?」


 女神の目つきが変わり、リザを真剣に品定めする。


「貴方の魔法の最大射程はどれくらいですか?」


「……しゃてい?」


 リザは言葉の意味が分からないのか、小首を傾げた。


「言い直しますね。貴方の魔法はどれくらい遠くまで届きますか?」


 はい、的確な質問。さすが、神。僕の効果範囲外から魔法でサポートできないと困るからね。


「あそこ、くらいです」


 リザはギルドの窓から見える隣の家を指差した。まぁぎりぎりかな?


「なるほど、あの家ですか。まずまずですね」


「いえ、ち、違います」


「ん?となると、あの窓くらいまでですか?」


 それでは短い。


「そ、それも違います。あの山くらいです」


「山?」


 そう聞き返して、ルイーゼ様は目を凝らす。すると、窓から見える景色の奥の奥、うっすらと山の形が見えてきた。あの山だとしたら、ここから3kmはありそうだ。魔法ってそういうものなの?本当だとしたらミサイルくらい射程あるけど?


「えーー!やっぱり、すごいですね、そんな魔法聞いたことないですよ。普通の魔法使いなら10軒先の家まで届かせれば良い方だと思いますよ」


 ライラが大袈裟に驚いてくれるおかげで、常識が知れる。ありがとう。


「本当ですか?」


 怪訝な顔をしてルイーゼ様が聞くものだから、リザはおののいてしまう。


「あっえーと、やっぱりもう少し遠くまで大丈夫かもしれません……」


 いや、短すぎて疑っているんじゃないよぉ。


「試しに見せてもらって良いですか?」


「わ、分かりました」


 ルイーゼ様に促されて、リザは魔法を行使するために集中する。すると、その魔力の余波が彼女を中心に溢れ出す。窓のガラスがガタガタと揺れ、掲示板の依頼書や、カウンターの内側の事務室の小物類が面白いように吹き飛んだ。ギルドにいる冒険者達の視線がリザに集まり、一時騒然となる。


「や、やめてください!!ギルドが吹き飛びます」


 ライラが体を張ってリザの両肩を掴み制止する。


「ルイーゼ様、もう十分ですよね!?」


「ええ、文句なしに合格です。人は見かけに依らない。大事なことを忘れていました。……これなら私の計画にも役立ちそうです」


 リザの起こした暴風により、乱れた髪を整えながらルイーゼ様は笑顔で言う。後半部分は僕にしか聞こえない音量で。計画?なんのことだろう。ああ、僕を満喫させるための計画かな?


「あ、ありがとうございます」


 リザはホッとした表情で深く深くお辞儀をした。いや、君なら一人でスライムの大群を駆除できるんじゃないかなぁ?と言うのは野暮だからやめておこう。



 手続きを終えて、二人が棺桶の所にやってきた。


「あ、あの、この棺桶は?」


「棺桶?……ああ、この移動式ベッドのことですか?」


 まだ、そこは譲らないんですね。


「この中にパーティリーダーのスナオさんがいるんです」


「へ?この中ですか?」


「どうも、始めまして。イトウスナオです」


 挨拶は大事。相手が子供であってもね。


「あ、は、はじめまして。リザといいます」


 空白の時間が数秒流れる。当然の疑問に対して説明がない事を耐えかねたリザは質問する。


「なぜ、棺桶の中に入っているんです?」


「いいですか、何度でも言いますが移動式ベッドです。そして、これが流行の最先端なんです」


 ルイーゼ様が、突然ぶっこんでくる。いや、説明が面倒だからって嘘は良くないよ、嘘は。


「そ、そうなんですね!」


 なんて純粋ないい子なんだ!我が子にしたい!


「あ、あのでも、この中から禍々しいオーラを感じるんですが……」


 さすが、実力派魔法使い。分かってしまいますか、この力。


「それは道中説明します。さぁこの移動式ベッドを引いてください。」


 リザは元気よく返事して素直に従う。

 あっこの女神、さては自分が楽するために幼気いたいけな少女を仲間に引き入れたな!!

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