第12話 初仕事でスピード出世って夢のようですね?

「え!?依頼達成できたんですか!!」


 ギルドに帰って成果を報告すると、優秀な女性職員……いつまでも職員、職員では失礼だよね。彼女がつけている名札で名前を確認すると、ライラとある。そのライラさんは、大きな歓声をあげた。


 あの後、集落に待機していた残りの戦闘要員ゴブリンを、ゴミおじさんを説得脅迫して再度、囮になってもらい駆除した。そこからははっきり言って虐殺。戦えないゴブリン達に意図的にパンデミックを起こし、殺し尽した。完全に地獄絵図だった。

 そういえば、100以上の命を奪った事で絶対病原ラストウィルスのスキルレベルが上がったという告知があった。確かレベルが上がれば制御ができるようになると女神が言っていたので期待したけど、真逆の結果が示された。

 効果範囲を広げられるようになった!とのこと。

 わーい、これで更なる虐殺ライフが楽しめる!!と無邪気に喜べるほど僕の心が壊れていればよかったけど、まだそこまでの域には達せない。ただ、範囲をどれくらい広げるかは自分の意思で制御できるから、とりあえずは大勢に影響はなさそう。無理やり前向きに考えるなら、今回みたいな対魔物の時、より遠くから攻撃?できる点は評価できるのかな。

 だけどやっぱり、このスキルの作った神は破壊願望があったとしか思えない。いったいどれくらいレベルをあげればこのスキルを無効にできるのか、ルイーゼ様も知っている様子だけだ教えてくれない。なんで!?

 いずれにせよ、まだまだ尊い犠牲が必要だと思うと気が滅入る。有害な魔物とはいえ、無感情で殺せるほどこの世界に慣れてはいない。今も言葉にならない思いを叫びたい衝動を必死に抑えている。

 こういう時はハードワークをこなす際に身に着けた心を殺すすべが役に立ってしまう。いちいち考えていたら確実に病んでしまう。そんなときは、心を亡くせばいいんだ!すごい発明だよね。

 ただ、念のため女神に抗議したら氷のように冷たい顔でこう言われた。


「有害な種を駆除するのは人類にとって日常茶飯事ですよね。スナオさんが目を逸らしているだけで同じようなことは、貴方の元いた世界でも頻繁に行われていますよ。安心してください。別に自分の快楽のためにやっているわけでないので、神罰は下りませんよ。生存とは闘争の結果でもあります。それは自然の営みです」


 なるほど。やっぱり、神の視点は広く少し怖い。僕はちっぽけな人間なので罪悪感でいっぱいです。でも、そう言っていただけると少しだけ心が軽くなります。

 そう思ったのも束の間、アノンがギルドへの成果報告のためにゴブリン達の耳を次々斬り落としているのも見て、また気分が悪くなった。





「まぁ俺は第一種冒険者だからな!!」


 ライラの歓声を受けて何故かアノンが胸を張る。世の中には、誇りとか羞恥心とかを母親のお腹の中に忘れて生まれてきた人間が、そこそこいることを僕は知っている。アノンもその一人だろう。でなければ、ほぼ囮で逃げ回っていただけなのにここまで偉そうにはできないと思う。


「ゴミが倒したのは5匹だけです。むしろ邪魔されたようなものです。ほぼ全てスナオさんの手柄です」


 アノンは相手にせず、ルイーゼ様は冷静に告げる。


「な、何だと!?」


「事実にいちいち反応しないでください。ゴミの声を聞くと耳が穢れます」


「お、お前なぁ!!お前だって偉そうに指示していただけで何もしてないだろ」


 ゴミおじさんは顔を真っ赤にして、女神を指差す。


「その汚い指を私に向けないでください。いいですか、私が直接手を下すとしたら、神罰が必要な時だけです」


「何を訳の分からないことを!」


「あの~報酬はどなたにお渡しすれば?」


 聞くに堪えない口論の間にライラは、しっかりと事務手続きを済ませ報酬を準備していた。仲裁を兼ねて二人に話し掛ける。うんうん、仕事ができますねぇ。


「ん?こいつはかなりの額だな。こんなに高かったか?」


 そう言いながらアノンは無造作に報酬へと手を伸ばす。それをルイーゼ様が問答無用で強く平手で払う。痛ぇ!とアノンが大袈裟にアピールする。怪力の女神だから多分本当に激痛なんだと思う。ちょっとだけ、ほんのちょっとだけだけどかわいそう。


「それが神罰です。……確かに約束の額と違うようですが」


 眼前に用意された硬貨の枚数を目視してルイーゼ様は言う。二人が言う通り、報酬は確実に多い。記憶は曖昧だけど、確か報酬は金貨5枚くらいだったはず。その十倍はある。


「お二人が依頼を受託した後に増額されたんです。新たに得た情報によると大量発生したゴブリンが異常なほどに強いことが分かったので」


「そうなんだよ!俺じゃなければ対処できなかったぜ、ありゃ」


 水を得た魚のようにアノンは語る。ルイーゼ様は無視をして、報酬を革袋にさっさとしまう。5枚ほどをお情けとしてアノンに渡し、彼は不満の声をあげるが刺すような女神の視線で黙り込んだ。


「アノン様がそうおっしゃるなら、間違いありませんね」


 ライラは僕らに向ける笑顔とは明らかに異質の営業スマイルでそう言った後、続けて遠慮がちに問う。


「ところで、スナオ様にお目にかかる事はやっぱり難しいですか?」


「どうしてですか?」


「いえ、第一種冒険者の方が苦戦するゴブリンを大量に倒す方がどんな方かを見てみたくて。すみません、単純な好奇心です」


「命が欲しけりゃやめておいた方がいいぜ、お嬢ちゃん」


「そ、そんなに凶暴な方なんですか」


 言葉足らずなアノンの忠告にライラは聞き返す。言葉とは裏腹になんだか嬉しそうだ。


「凶暴ではありませんが、そのゴミの言う事は間違いではありません」


 冷静にルイーゼ様が追随すると、ライラの瞳がより輝いた。


「まっ命を懸けて見るほど大した姿じゃねぇよ!要するにフツーだよ、フツー。その辺の道ですれ違えば気にも留めないような」


 アノンはそう言って大声笑う。それは僕を馬鹿にしているよね?今すぐ棺桶を開けてやろうか?


「そう言われると余計に興味が沸いてきてしまいますね。そんなどこにでもいるような方が秘めた力とか素敵じゃないですか」


 ライラは歌うようにそう言った。かなり気持ちが高揚しているようだ。

 貴方こそ素敵な人ですよ。好きになってしまうかも。


「ところで、それだけの成果をあげたのですから待遇の改善があって然るべきじゃないですか?」


「あっ!そうですね。大事なことを伝えていませんでした。今回の件で少なくともスナオ様は第二種に昇格されます」


「まぁそれぐらいはいいんじゃねぇか!よく頑張ったと思うぜ」


 ゴミおじさん、あんた本当大概ね。ルイーゼ様は当然ながら、ライラも苦笑いを浮かべるだけで相手にしない。


「少なくとも、とは?」


 ルイーゼ様は気になった部分は指摘する。


「第一種への昇格も検討中なので、少なくともと申し上げました」


「んなバカな!たったひとつの依頼で第一種に昇格なんて聞いたことないぞ!!」


 ライラの言葉にアノンは今まで一番大きく反応して騒ぎ立てる。それだけ異例のことなのかな。


「確かに前例はありません。ですが、アノン様も件のゴブリンには苦戦されたんですよね?」


「ま、まあちょっとだけな」


「第一種冒険者の方でも少し苦戦する相手を同時に何十匹も相手にして問題ないのであれば、それはもう第一種なのでは?という話です」


「当然の論理ですね」


 確かにそのロジックには正当性しかなく、アノンはぐうの音も出ない。不機嫌そうな顔をするだけだ。


「飽くまでも検討段階なので、その点はご了承ください」


「どれくらいで結論は出るんです?」


「恐らく1週間ほどはかかるかと。ひとまずこの第二種の資格証をお渡ししておきますね」


 資格証を興味無さそうに受け取りながらルイーゼ様は聞く。目線は第一種に合っているらしい。


「では、次の依頼をこなして待ちます。魔物の大量発生は他に起きていませんか?」


「そうですね、……少し遠いですがスライムが大量発生している洞窟があるようです」


「その依頼、受託します」


 即決オブ即決。その決断力に憧れるぅ。


「アノン様も同行されますか?」


 ライラは悪気無く確認のため聞く。


「不本意ですが、囮をやるなら同行を許可しましょう。ただし、話し掛けないでくださいね」


 ルイーゼ様は眉間に皺を寄せながら言う。


「誰が行くかよ!ったく、俺を顎で使うのはお前らくらいなんだよ!もう二度と顔も見たくねーよ」


 アノンはそう吐き捨てると振り返りもせず、足早に去っていった。僕も1ミリも名残惜しくないのはある意味清々しい。


「あの……良かったら、わたしも同行してよろしいでしょうか?」


 後ろから声が掛かる。新手の押し売りか、と警戒して女神は振り返る。

 そこには、およそ冒険者ギルドには似つかわしくないローブを身にまとった十代半ばと見受けられる少女が立っていた。

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