第11話 囮作戦成功……ですか?
「こいつら、本当にただのゴブリンかよ!?」
アノンが剣でゴブリン達と応戦している。僕は素人なので戦いの良し悪しを判断すべきではないと思うけど、明らかに苦戦しているように見える。かれこれ数分間戦っているが、倒せたゴブリンは2,3匹程度で今は防戦一方。どちらかというと逃げ回っていると言ってもいい。
あの数では逃げ切れないかと思ったけど集落にいたゴブリン全てが戦闘に参加しているわけではないらしい。そもそも、集落には雌や子供らしき個体もいたから戦闘できる個体は限られているってことだと思う。
なんにせよ、今アノンを取り囲んでいるのは20匹程度のゴブリンでどうにか凌いでいる。
「ゴブリンって強い魔物なんですか?」
皮肉ではなく、単純な疑問としてルイーゼ様に僕は聞いた。久しぶりに女神の姿を目の当たりにして、完璧なプロポーション、輝く金髪というその神々しさに少し気後れしたのは内緒。
「最弱と言っても良いはずです。あのゴミが余程弱いんじゃないでしょうか」
アノンのゴミ呼ばわりは確定次項らしい。だけど、あのゴミおじさんは第一種冒険者だと威張っていたはずだ。
「第一種冒険者って弱くてもなれるんですか?」
「うーん、どうでしょうね」
ルイーゼ様は素っ気ない。ゴミにはあまり興味がないようだ。僕もゴミ認定されないように気をつけよう。
「そんなことより、良い囮ができたじゃないですか!チャンスですよ」
一転、テンションをあげて女神は囃し立てる。
「え、でも……あのゴミ、じゃなくてアノンさんも死んじゃうんじゃ?」
「放っておいても、結果は同じでしょう?」
ルイーゼ様の顎で促されて、アノンの方を見るとかなりの劣勢に陥っていた。ゴブリン達から断続的に攻撃を受けながらジリジリと距離を詰められている。なんとか攻撃を防いでいるが、いつ致命傷を受けてもおかしくはない。
僕は意を決して棺桶から出ようと立ち上がるが体の感覚がおかしい。立った勢いで危うく転びそうになる所を勘だけを頼りに棺桶の縁を掴み事なきを得る。
女神の視覚を共有していたことを忘れていた!目隠しで動いているようなものだからそりゃ転ぶよね。
棺桶ががたつき少し音が鳴ってしまったが、幸いゴミおじさんに夢中なゴブリン達は僕に気づいていない。
ふぅと一息つき、おもしろ鼻眼鏡神器を外し、棺桶にそっとしまう。
そのまま気配を殺し忍び足でアノンを取り囲んでいるゴブリン達に近づいていく。
順調に距離を詰め、ついに囲みの一番後ろで待機しているゴブリンのすぐ後ろの木の陰に隠れることに成功した。
それは決して激しい運動ではなかったけど、心臓がバクバクと鳴りその音がゴブリン達にまで聞こえてしまいそうだ。人生初の命がけのスニーキングミッションで極限に緊張している。だって仕方ないよね、現代人のほとんどがこんなことは未経験で生涯を終えていくもの。ああ、脂汗も出てきた。
おぼつかない思考をなんとか落ち着かせるために、呼吸を深くすることだけを体に命令する。大丈夫。72時間連続勤務のデスマーチよりは辛くないはず!
数回呼吸をして、心臓が少し落ち着いてきた時、それは起こった。
一番近くにいる数匹のゴブリンが膝をつく。呼吸が荒く、胸や腹を両手で押さえて苦しそうにしている。僕の発する病原が体内を侵しているのだろう。彼らは敵意が自然と沸いてくる醜悪な見た目ではあるけど、弱っている姿には少し同情してしまうよね。
分かりやすい
残りのゴブリンは、今まさにアノンに攻撃している5匹だけとなる。その数匹に異常が無いところを見ると、病原が届く範囲外にいるんだと思う。
攻撃に参加する個体が少なすぎる事に彼らもようやく気づき、僕の方に振り返る。
アノンを牽制するために2匹だけが彼と対峙し、残りの何も知らない哀れなゴブリン達は仲間の亡骸に近づき、その異変の原因を探ろうとする。そして女神の目算通り、ものの1分程度で亡骸の仲間入りをしてしまった。
その光景を観察していた僕は、改めて心の底から思う。これは人里で絶対に使ってはいけない力だと。自分じゃ制御できないのが本当に悔やまれる。
驚愕のあまり隙だらけになった最後の2匹はアノンが難なく片づける。それぐらいはやってもらわないと困るよね。
「一体どうなってるんだ、こりゃ」
「止まってください!!」
警戒心のかけらもなく、ゴブリンの亡骸群に近づこうとするアノンを僕は大きな声で制止する。本当に権威のある冒険者なのだろうか?リスク管理が甘すぎるよ。
「だ、誰だ!?」
アノンは立ち止まって剣を構える。僕は彼を安心させるために木の陰から姿を見せる。更に両手をあげて丸腰をアピールし、敵意がないことを示す。
「貴方の敵ではありません。ただ、それ以上こちらに近づかないでください。貴方も死にますよ」
「何を馬鹿な事を言ってやがる。これをお前がやったって言うのか!?」
自分を落ち着かせるためかアノンは大声を出す。言葉ではああ言っているが、冒険者の勘はギリギリあるようで歩みは止めている。
「はい」
僕は信じてもらえるように。極めて冷静に答える。
「し、信じられん。どうやった?」
はい、その気持ち、よく分かるよ!
「話せば長くなるので、割愛させてください。とにかく!それ以上僕に近づかないでください、いいですね!!」
念押しするために、大きな声で忠告する。
「そんな得体の知れねぇもんには、頼まれたって近づきたくねぇよ!」
アノンは吐き捨てた。しかし、僕はさっきから気になっていることがある。まず、彼がしなければいけないのは感謝じゃないのか。偉そうな人ってホント他人に感謝しないよね。
「ゴミと
一部始終をじっくりと観察していたであろうルイーゼ様はそう言いながら颯爽と現れた。
後半部分は声が小さかったので聞き取れなかったけど、なるほど、なるほど。僕は鋏程度の道具扱いということですね。分かります。
ワーワーと言葉かどうかも分からない怒鳴り声をゴミおじさんはあげていたが、やがて静かになる。
あっ、やば。興奮していつのまにか、僕の効果範囲に入ったみたいだ。もしかしたら、ゴブリンと同じくらいの知能なのかもしれない。
かろうじて残った優しさで、ゴミおじさんから遠ざかりながら僕はしみじみと思った。
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