第10話 無敵ではないんですよね?

 第一種冒険者様であるアノン曰く辺境とされた町近郊の森林地帯。その奥深く。大量発生したゴブリンが集落を形成していた。120~130cmくらいの小柄な体長で筋骨隆々の緑色の身体、大きな鼻と尖った耳。学生時代にゲームでよく見た僕の良く知っているゴブリンだ。正確な数は分からないが、100匹以上はいるだろう。


「あれ、全部相手にするんですか?」


 僕は棺桶から女神に確認する。ゴブリンを討伐する為には当然棺桶から出る必要があるけど、怖くて出られない。


「想定より少なくて残念ですね」


「あっそうですか」


 うん、噛み合わないよね。知ってる。


「さぁそろそろ出てください」


 そう言ってルイーゼ様は棺桶の蓋に手を掛けるが、僕が内側から押さえる。


「……なんで蓋を押さえるんですか?安心してください。周囲に病原の影響を受けそうな人影はありませんよ」


「ちょっと確認したいことがありまして」


「なんですか?」


 うん、イラついてる。通常運転で安心感さえあるよ!


「ゴブリンって人を襲うんですよね。なんか物騒な武器がたくさん見えますけど、あれを使って襲うんですよね!?」


「ええ、だから駆除するんですよ」


 ですよねー!平和に暮らしてくれるなら討伐依頼なんて出ないよねー。


「誰が?」


「スナオさんがです」


「どうやって?」


「近くに立っているだけで、ゴブリン程度ならすぐポックリ逝きますよ」


「なるほど、あれですね!女神の加護的なアレでゴブリンは僕を襲わないんですね!」


 僕は期待を込めて、大声で叫ぶ。


「そんなものはありません。あまりサービスが過ぎると異世界生活が退屈になりますから」


 何の感情もなく淡々と宣言する。僕はそんな退屈なら、大好物ですけどね。


「あっじゃあアレですね。ゴブリンは攻撃する間もなく、ポックリ逝っちゃうんですね……?」


 疑心暗鬼になり、今度は小声で確認する。


「さすがに、1~2分くらいはかかりますから、1匹あたり数回は攻撃してくるでしょうね」


「ん~~、そうですかぁ。じゃあ、アレですね。防御力的なステータスが高くて攻撃されても痛くない感じですかね?」


「アレアレ、しつこいですね。ステータスは並の人間とさほど変わりませんよ」


 僕の淡い期待は霧散し、絶望が体中を駆け巡る。


「あーはいはい、なるほどなるほど。つまり、例えばあそこに見える斧で斬りつけられれば、たくさん血が出て、当たり所が悪ければ普通に死ぬということですね?」


「正しくその通りです。そういうスリルも異世界ライフの醍醐味じゃないですか。本当に危うくなったら私が治癒しますから大丈夫です。何か問題でも?」


 僕は知っている。”何か問題でも”その言葉を発する人は自分にとっては問題がないというだけで、相手のことを1ミリも慮っていない事を。女神がそんなことで大丈夫かい!

 だけど、これも僕は知っている。その言葉を発する人に”問題がある”と抗議しても怒らせるだけで絶対に改善なんてされないことを。それで何度痛い目を見たことか。


「ありま……せん」


 僕は声を絞り出す。


「じゃあ、蓋を開けて出てきてくださいよ!」


 イライラが溜まりに溜まったルイーゼ様は強めに蓋が引っ張る。でも、一片の優しさが残っているのは理解している。だって大きな岩を一人で動かす女神が本気を出せば、無理やり引っ張り出すのは簡単なはずだから。


「ま、待ってください!最後にひとつだけ教えてください。どうしたら攻撃を受けずに済みますか?」


「これで本当に最後ですよ!ゴブリンはそんなに素早くないですから、避けることに集中していれば多分大丈夫ですよ」


 出たー。”多分”。会社で部下が上司に使うと怒られる言葉ランキング(僕調べ)で常に上位にランクインするやつ。お前は勘で仕事しているのか!!エビデンスは!?とか怒鳴られるやつ。


「分かりました。僕史上最大限に集中して頑張ります……」


 覚悟を決めて、いや、決めさせられて棺桶から出ようとした所で聞き覚えのある粗暴な声が聞こえた。


「やっぱり、びびって見てるだけじゃねーか」


 第一種冒険者様アノンの登場であった。




 時を同じくして、ルイーゼが依頼を受託した冒険者ギルトではこんなやり取りが。


「あれ?ゴブリン大量発生の依頼、報酬こんなに高かったですっけ?」


 有能な女性職員が依頼一覧を整理していると、その異変に気付く。同僚が彼女の疑問に答える。


「ああ、それさっき更新されたばかりですよ。なんでも第二種のパーティが返り討ちにあって命辛々逃げ帰ってきたんですって。事情を確認すると、ゴブリン1匹、1匹がかなり強くて、それが大量にいるので手に負えないみたいですよ。その人たちの感覚では、第一種のパーティでも手こずるかもとのことです。ゴブリンがそんな強いとか、眉唾ですけどねー。それを言っているのが信頼できる冒険者みたいで、それを聞いた支部長は焦って報酬を大増額して、王都の本部に救援を要請したみたいです」


「そうなんですか!?」


「やばいよねー。このギルド史上最高額らしいよ」


「……さっき、ビギナーの方がこの依頼を受託していったんですよ」


「ああ~、それはまずいね。残念だけど二度と会えないんじゃない?」


「第一種のアノン様がサポートに行ったんで、大丈夫だと思うんですが……」


「ああ、あの人ね。偉そうだから私嫌い。良くない噂もあるし」


「良くない噂?」


「第一種の資格をお金で買ったとかね。飽くまで噂だけどねー」


「……それは、心配ですね。確かに私に気づかない一種冒険者というのは少し妙かもしれません」


「え、何か言った?」


 ボソッと呟くように言ったので同僚には聞こえなかったようである。


「ああ、すみません。彼らが無事だと良いな、と言いました」


 女性職員は祈るように目を瞑った。

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