第9話 大量発生は好都合なんですか?
極めて優秀なおかつ可愛い女性職員から、冒険者について分かりやすい説明を受けた。
行政、各種ギルド、個人などからの魔物討伐、護衛、犯罪者の確保などの依頼を受け全うし、その対価として金銭を得るのが基本的な冒険者の仕組みらしい。その依頼の請負と斡旋を主に行っているのが、世界中に拠点がある冒険者ギルドというわけだ。
また、ギルドに登録している冒険者にはいくつか種類というか、階級のようなものがあるらしい。上から順に第一種から第三種という分類になる。第一種冒険者ともなると、国境を自由に行き来できるなど、かなり大きな権限が与えられるらしい。ただし、第一種になるためには、相当大きな実績をいくつかあげないと認められないとのことだ。
当然、僕はギルドを利用できるくらいしか権限の無い第三種冒険者からスタートだが、何の不満も無い。ルイーゼ様が冒険者になれと言うからなるだけであって、野心の欠片も持ち合わせてはいない。現世でも偉くなりたいとは考えたことは一度無い。上層部は憎いが自分が取って代わってうまくやれるとは、とても思えない。自分で言っちゃうけど指示待ち人間だから、人の上に立つ器じゃないんだ。
万が一、女神様が第一種に是が非でもなれと言うなら、目指しているパフォーマンスはしようとは思う。飽くまでパフォーマンス。これ大事。
父の言葉ではないが、そんな大それた第一種の冒険者になんてなったら、大きな責任がつきまとうに違いない。絶対に嫌だ。だけど、嫌な事を何も考えずに嫌だと言えば、何故かそれ以上に嫌な事を課せられるのが、ブラックの常。それはこの世界も同じだと考える。だから、パフォーマンスが大事。まぁ今のところは目指せとは言われてないから良かった。
「スナオさん、どうせなら第一種を目指しましょう!」
はい、今、言われました。
「も、もちろん、言われなくてもそのつもりでしたよ!!」
間髪入れずに虚勢を張る。パフォーマンス、パフォーマンス。
「ちなみに、特種冒険者も世界に数名だけいますが、滅多に会うことは無いので気にする必要はありません」
職員さん、そんなキラキラした瞳で余計な情報を与えないでください。
「そうですか、それは良い事を聞きました」
ルイーゼ様も職員につられて目が輝く。
「と、ところで今、初心者におすすめの依頼とかないですかね?」
話題を変えるために質問するが、職員の表情が曇る。
「それがですね、丁度切らしてまして。最近魔物の大量発生が多くて、初心者の方にはちょっとおすすめできない依頼ばかりなんですよ」
「魔物の大量発生……それは好都合です。具体的に教えてくれますか?」
ルイーゼ様の表情が更に明るくなる。一体何が好都合なんだ。安心安全の異世界ライフにしてほしい!
「ギルド内の掲示板に依頼書は貼ってありますが……第二種の方でも数名のパーティを組んでようやく全うできる依頼ばかりですから、命の保障はできませんよ?」
いや、そこはもっと強く止めて!職員さん。そんな言い方では火に油を注ぐだけだよ。
「大丈夫です。スナオさんはいずれ特種冒険者になる人ですから」
第一種を目指すという話から飛躍しているなあ、おかしいなあ。
「特殊冒険者!ぜひぜひ目指してください。ただ、志が高いルーキーの方はたくさん見てきましたが、功を焦った方はほとんどもうこの世にいません。それが冒険者の性だということは理解しています。でも、もう一度だけ言わせてください。命の保障はできません」
真剣なトーンで言い聞かせるように職員はゆっくりと話す。うん、優秀な職員の忠告はちゃんと聞かないといけないと僕は思う。
「望むところですよね、スナオさん」
「……は、い」
上司(ではないけど)からのその類の問いかけには肯定しかできないように、脳のシナプスに刻まれているので抗いようがない。
「よく聞こえませんでしたが?」
「はい、喜んで!!」
「そうでしょう、そうでしょう。さて、私は依頼書を吟味してきます。スナオさんはここで待っていてください」
「ご無事をお祈りしております。私はこちらで失礼します」
ルイーゼ様は意気揚々とギルドに入って行き、女性職員は職務を全うしてカウンターに戻っていく。折角の忠告を無視したので心なしか彼女の口調は冷たく感じた。
そうだよね、今までも命知らずの人達がたくさん居たと言っていたもんね。死にたがりは必要以上には止めないよね。僕の世界みたいに世間の目が「監督責任や安全管理はどうなってる!?」とか厳しくないだろうし。
掲示板に貼ってある依頼書は数枚。この世界の文字で書いてあるが、不思議と読める。そういえば、職員の人とも普通に話せたな。
「なんで言葉が分かるんだろう」
疑問が思わず声に出る。
『転生者には言語能力くらいは当然サービスしてますよ』
「え!?ルイーゼ様!?」
掲示板を見ているはずの女神の声がした気がして、大きな声を出してしまう。行き交う人々が棺桶に注目する。
怪しい棺桶ではありません。ただの通りすがりの棺桶です。そっとしておいてください。
『取り乱さないでください。ベッドの蓋を開けられたら面倒です。念話も可能だという話をしませんでしたっけ?』
……そんなことを言っていた気もする。
「女神様は何でもできるんですね」
『何度言えば分かるんですか?全能だと。まぁ世界への影響を考えると無闇に力は使えませんが』
ここまでで既に結構大盤振る舞いな気がするけど、それは黙っておこう。力をセーブされて困るのは僕だから。
「ほぉ、こんな辺境の地にもたまには来てみるものだな。こんな天使に会えるとは」
ゴブリンが大量発生しているので討伐してほしい、という依頼書にくぎ付けになっているルイーゼ様に見知らぬ男が声をかける。
女神は依頼書によっぽど注目しているのか、男が自分に話し掛けているとは気づかず、依頼書から視線を外さず腕を組んで考え込んでいる。
「俺を無視するとは、よほど位の高い天使様らしい」
それでも女神は振り向かない。
女神様の視線が男に向かないので、彼がどんな表情をしているか分からないが、多分ムッとしているに違いない。口ぶりからして、高名な冒険者なのだとも予想できる。例えそうだとしても、立場にふんぞり返って偉そうにする奴は嫌いだから、いい気味ではある。
「相当お悩みらしいな。どれどれ、ゴブリンの大量発生か。俺ならゴブリンが例え1000匹いたところで問題じゃあない。ここで出会ったのも何かの縁。俺が同行してやろう。なに、報酬は均等に折半で良いぞ」
男はアプローチ方法を変え、ルイーゼ様の視線を遮り、依頼書を覗き込んだ後、女神の目を見て話し掛けてきた。
「先ほどから天使、天使と言っていましたね……。まさかとは思いますがもしかして私のことですか?」
どうやらルイーゼ様も聞こえてはいたらしい。男の話には乗らず疑問をぶつける。
「はは、謙遜することはない。アンタのように美しい娘は王都にもなかなか居ないぞ」
男はいやらしく笑って答える。
「謙遜?アンタ?本当に無礼な人ですね。天使ごときと私を同等に見積もるだけでは飽き足らないなんて。本来なら死罪に値しますが、面倒なので今すぐ私の視界から消えてください」
男は何を言われたか理解できないような間抜けな顔を数秒していたが、言葉の意味を咀嚼すると顔を真っ赤にして怒鳴った。
「こっちが優しくしてやれば付け上がりやがって!!一種冒険者であるこの俺を馬鹿して、タダで済むと思うなよ!?」
なるほど、貴重な第一種冒険者様でしたか。それでそんなにお威張り散らしていらっしゃるのですね。しかし、第一種といっても威厳というかオーラがあまりないのですね。この人が特別そうなんでしょうか。
先ほどの女性職員が異変を察知して慌てて駆け寄ってくる。
「アノン様、ルイーゼ様、どうかしましたか?」
どうやら男の名前はアノンというらしい。
「ああ、ちょうどいいところに。この依頼、受託します。後はよろしくお願いします。ゴミをこれ以上視界に収めたくないので」
アノンが何かを怒鳴る前に、ルイーゼ様はゴブリン大量発生の依頼書を指差し女性職員にやや早口でそう言うと、颯爽と踵を返し足早にギルトから出てくる。後ろでは最早、言語として成り立たない言葉でアノンが騒ぎ立てていて、女性職員が平謝りしてどうにか場を収めようと必死に立ち回っているのが感じ取れる。
あの職員さんには後日何か気の利いた物を送った方がいいかもしれない。
ところでルイーゼ様。その依頼は誰が全うするんですかね?
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