第8話 冒険者になるのがセオリーなんですね?

 ルイーゼ様の言う通り、ハナメガネ騒動から1時間も経たないうちに町に着いた。女神の視覚を借りて町を観察する。

 転生前の説明にあった通り、文明レベルは僕のいた世界の中世くらいのようだ。家は木造や石造り。コンクリートや金属を使用した建造物は見かけない。

 実の所、僕は世界史に明るくないから実際の中世がどんな感じなのかはよく知らない。ただ雰囲気でそんな感じなのかなというイメージはある。ゲームの知識でしかないけど。

 ほとんどの人が徒歩で移動していて、ときどき馬車が通るくらい。蒸気機関もまだ開発されていないのかな。

 行き交う人々の中には武器を携帯している人もチラホラいる。魔物を倒したりするのが生業の冒険者が結構いるんだなぁ。これはまんまゲームの世界だね。

 人種は白人系の人が多いけど、アジア系っぽい有色の人もいて色々みたいだ。さっき、獣の耳が頭から生えていた人もいたけど見間違いかもしれない。

 少なくとも、僕が姿を見せてもそれだけで騒ぎになるような事はなさそうだ。一発芸をさせられた時に自分の服装を確認したけど、この世界に合わせてくれてあったし。まぁ姿を見せる事ができるかは別問題。ウィルステロになっちゃうからね!

 ちなみに町を歩くだけでルイーゼ様は二度見されるほど注目されている。その美貌……はプラスアルファの要素に過ぎない。”あんな美人が”、という修飾は付くかもしれないけど、町の皆が一番不思議に思っているのは、”なんで棺桶を引きずり回してるの?”だと思う。

 残念ながらこの世界には、伝説の龍の世界のように仲間の亡骸を棺桶に入れて運搬し、教会で蘇生させる文化は無いらしい。ナチュラルに棺桶が用意されたから、そういう文化があるのかと少し期待はしていたけど。


 観察が一通り終わった所で女神に行先を聞くと、冒険者ギルドに向かっている事が分かった。


「異世界を満喫するなら冒険です。冒険するなら冒険者ギルドに登録しておいた方が色々便利です」


 ルイーゼ様が確信を持ってそう言うので、僕は従順に従うだけだ。僕には明確な目的など無いし、自由は嫌いだからとても助かる。ただ知らない言葉が出てきたので一応確認はした。

 昨今の異世界フリーク達には"ギルド"というものは常識らしいけど、僕は知らない。僕のやってたRPGではジョブや職業は、システムで変えるものだ。ギルドとやらに登録したことなんて無い。

 女神の説明を聞いて、ギルドとは要するに互助会の事だと理解した。個人でできることの限界があるのは、どの世界も同じということだね。集団や組織になると、僕のようなパワハラ上司の犠牲者も出るけど、できることが増えるのは圧倒的メリットではあるよね。


「着きましたよ」


 ギルドの外観は他の建物とそう変わらない。看板や多くの人の出入りが無ければソレとは判別できないだろう。

 ルイーゼ様は棺桶を引いたまま、建物に入ろうとする。受付らしき場所から、ギルドの若い女性職員が慌てて駆け寄り制止する。

 女神には匹敵しないものの顔立ちが非常に整った20代前半くらいの可愛らしい人だ。ポニーテールがチャームポイントだと思う。


「入会希望の方ですかね?棺桶を店内に入れるのは、他の会員様のご迷惑になりますからご遠慮ください」


「失礼な」


 ルイーゼ様の鋭い眼光が若い女性を射抜く。女性は少しだけ萎縮するが、真面目な性格なのか職務を全うしようとする。

 女神のあの氷点下の眼光を真っ向から受けて正気でいられるなんてすごい胆力だ。普通の職員がこれからギルドはすごい所なのかもしれない。


「申し訳ありませんが、ギルド内では規則に従っていただかないと」


「規則は守ります。ただ、貴方は勘違いしています。これは棺桶ではありません。移動式ベッドです!」


 なるほど、そこが女神様の逆鱗に触れたわけね。ルイーゼ様、誠に恐縮ですが、これはどこからどう見ても棺桶です。


「は、はぁ」


 困惑する女性職員の顔には"そういう問題じゃないんだけど……"と明らかに書いてあった。


「信じていませんね。スナオ、何か言ってください」


「ご迷惑おかけして―」


「わっ!」


 謝罪をしようしたら遮られた。棺桶から声がしたので、女性が驚いて声を上げたのだ。


「あっ棺桶は棺桶ですが、中身は生きています」

「棺桶ではありません」


「え、あ、ん?」


 僕とルイーゼ様が同時に話すので女性はうまく聞き取れなかったようだ。


「移動式ベッドなので、中身は生きています」


 女神の主張を受け入れないと話が進まなそうなので、僕は言い直す。


「あ、ああ。何か特別な事情がおありなんですね」


 それだけで女性は察する。それでいて深く追求はしてこない。どうやら仕事ができる人のようだ。


「ええ、ご迷惑おかけして申し訳ありませんが、僕はここから出るわけにはいかないんです」


「これは貴方達のためでもあるんですよ」


 ルイーゼ様の高圧的な態度に女性は鼻白む。す、すみません。人間界にまだ慣れていないんです。


「ご事情があるのは分かりますが、か……移動式ベッドをギルド内に入れるのはお断りします」


 うん、とても仕事のできる人だ。物の呼び方という大勢に影響の無い所は譲歩して、通すべき要求を通そうとする。


「それは困りましたね。会員登録したいのはそのベッドの中の人物なんですが」


 ルイーゼ様はわざとらしく頬に手を当てて、悩んでいるアピールをする。


「どうしても、ベッドから出て頂くことはできないんですか?」


 女性は至極当たり前の提案をする。それは、そう思いますよねぇ。


「信じられないかもしれませんが、ルイーゼ様が言う通り、僕が出ると多くの人が死ぬかもしれません」


 女性は腕を組んで、少し考えている。


「……それはもしかして、スキル的な問題でしょうか?」


 恐ろしく察しが良い。そして、荒唐無稽な話もすぐに切り捨てずに熟慮できる柔軟性がある。確信した。冒険者ギルドは信頼できる。


「その通りです。貴方はなかなかに優秀ですね」


 珍しく事に女神も素直に褒める。もしかして初めてかも?


「いえ、色々な会員様がいらっしゃるので、思い至ったまでです。……そうですね、ギルド内に入らなければ問題無いと思うので、入り口手前で手続きしてよいかを上席にかけ合ってみます。こちらでしばらくお待ちください」


 女性はそう言ってギルド内に入っていった。柔軟に手段を代えられる人ってステキ。亀上司は、プロセスに拘って成果があがらないことがしょっちゅうだったもんなぁ。


絶対病原このスキルって結構有名なんですか?」


 待っている間に興味本位でルイーゼ様に聞いてみる。


「今のやりとりからは、そう考えるのが自然ですよね。ただ、間違いなくスナオのそれは唯一無二です。そもそもスキルについて意識するのは冒険者くらいで、この世界の多くの人間が意識せずに生活しています。あの事務員は、ああ見えてかなりのベテランなのか……あるいは人間ではないのかもしれません」


「という事はこの世界には人間以外に知的生命体がいるんですか?」


「いるかもしれませんね。ご自身で確かめてください」


 冒険が少しだけ楽しみになるようなことをルイーゼ様は言う。もしかしたら、意識的にそうしているのかもしれない。やはり、女神も仕事ができるんですねぇ。

 すると、女性職員が戻ってくる。その屈託の無い笑顔が眩しい。僕もそんな表情ができたのなら営業成績がもう少し良かったかもしれない。


「お待たせしました。上席の許可が出たので、特別にこちらで手続きします。」


 そうして、僕たちは道行く人やギルドを訪れる訪問者から奇異の目を向けられながら、晴れて冒険者デビューを果たしたのであった。

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