第7話 意外と大雑把なんですね?


 ルイーゼがスナオに移動式ベッド棺桶を披露しているその頃、大蛇が棲んでいた洞窟に怪しい影がひとつ。


「あれぇ、スネちゃま死んでるぅ?」


 影は舌足らずな声でそう呟き、大蛇の亡骸を”スネちゃま”と呼んでペチペチと叩く。


「並の奴じゃ傷もつけられないほど、カタカタのカタに育てたんだけどなぁ。……まっいっか!今度はいくつか死んでもいいように、たくさん育てるにゃー」


 数秒だけ考える素振りをして、すぐに次の遊びへと気持ちを切り替える。大蛇を絶命させた原因には、さほど興味は湧かなかったようだ。

 影が何らかの力を発すると、蛇の亡骸はサラサラと砂のように消え去ってしまった。




「やっぱり、苦しいですよ!!」


 棺桶の蓋を内側から勢いよく開けて叫ぶ。そして酸素を失った体の切望に答える為に大きく息を吸う。危うく意識が落ちるところだった。

 いいから1回入ってみろと、ルイーゼ様がゴリ押すので無碍むげにもできず、渋々棺桶に入ってはみたが結果は案の定。

 僕の厄介スキルの影響をシャットアウトするために気密性を魔法で高めた棺桶で、呼吸がまともにできるはずない。小学生でも分かりそうなことだけど、理不尽な命令者達は試してみないと気が済まないのかもしれない。

 そういえば亀上司もどう考えても実現不可能な命令をして、「やってみなきゃわからんだろ!無理を通せば道理が引っ込む!」とよく叫んでいたっけ。

 道理の交通規制は、アホほど強いからほとんどの無理は通行止めなんだよなぁ。残念ながら。


「呼吸ができないくらいで、弱音を吐かないでください」

 

「呼吸ができないと弱音すら吐けないです!」


「あら、そうなんですか?神なので良く分かりません」


 絶対嘘だ。顔に書いてある。さっきの件をまだ怒っているのかな……。


「実は空気穴あるんですけどね。今は閉めていました」


「……ルイーゼ様、良い性格してますね」


「ええ、まあ。神ですから」


 女神は満更でもなく胸を張る。皮肉は通じないらしい。


「でも、空気穴があったら、病原が拡散してしまうのでは?」


「逆流弁がありますし、穴は極小なので影響があったとしてもちょっと気分が悪くなる程度ですよ。さぁ、空気穴も開けましたから、中に入ってください」


 女神は面倒くさそうに僕を棺桶に押し込める。少し気分が悪くなる程度……神がそんな大雑把でいいのかな?

 まあ僕にはおとなしく従うという選択肢しかないわけだけど。

 ただ、棺桶の中はお世辞にも快適とは言えない。車輪に衝撃吸収の機構がないから、振動が体にダイレクトに伝わり、常に震度3程度の地震に襲われている気分になる。

 こんな風に常時防災訓練状態で意識を高めても、もう地震大国故郷には戻れないと思うから普通に過ごしたい。

 その上、ぎりぎり横たわれるサイズなので小石などに乗り上げて大きく揺れると体のどこかが箱にぶつかりダメージを受ける。大怪我するほどではないが、小さな打撲があちこちにできる。定期的に誰かに殴られているようで地味に痛い。

 また空気穴も女神の言う通り極小なので、常に息苦しい。かろうじて呼吸している感じ。高山トレーニングをしているようで、正月に駅伝に出る選手になったのかと錯覚してしまう。ちなみに駅伝とかマラソンとかを走る人は、頭がおかしいんじゃないかと個人的には思う。いや、立派だけどね。なんなら、寿命も縮まる説もあるらしいよね。どんだけМなのか。いや、自分を虐め抜くSなのか。あっマラソンってひとりSMなの!?いけない、いけない。また思考の寄り道だ。

 閑話休題。何より、暗闇。これが一番気が滅入る。空気穴からか細い光が僅かに漏れてるけど焼石に水。人類には日の光が必要なんだなと改めて実感する。一説によると、日に当たらない事は鬱の原因にもなるらしいから気を付けないといけない。

 諸々負傷したりしているけど労災は!?労災は適用されますか?

 

 非常に劣悪な環境で思考していると、考えも後ろ向きになってしまう。ここは改善要求をしてみよう。


「すみません」


「今度はなんですか?」


 声が少しイラついているように聞こえる。タイミングをはずしてしまったかもしれない。上司に話しかける時はタイミングは超重要だよね。機嫌や上司の業務状況をよく観察した上で最適な時を見計らうのが大切。

 そんなこと分かってたけど、観察できないかったからね!棺桶に閉じ込められてたからね

 話しかけてしまったらもう後には引けない。


「ええと、ずっと暗い所にいると不安になるので外の様子が見れると喜ばしいのですが……いや、できたらでいいんです。できたらで」


「ほう、なるほど」


 女神は棺桶を引くの止め、立ち止まる。


「わざわざ!この女神ルイーゼが!!こんなに嵩張るものをせっせと引きながら歩いているのに!不遜で不敬なスナオは!更なる要求をしてくるのですね?」


 相当疲れが溜まっていらっしゃるのか、かなり大きな声で詰められた。これはまずい。僕は棺桶を飛び出し、その勢いのまま座り込み頭を地面につける。

 我が国のリーマンに伝わる最終奥義。

 土下座だ。

 怒っている相手にはとにかく謝る。迅速に、大袈裟に、ドラマチックに!


「も、申し訳ございません。止むを得ない状況とはいえ、崇高なる女神様にこんな重労働を課してしまい、深く反省しております。ましてや、その上でこんな私めが何らかの要求ができると考えていたのが、思い上がりも甚だしいですよね!!煮るなり焼くなり、お好きなように私めを処していただければ!」


 女神は腕を組んで考える。


「そこまで言うならそうですね。これを掛けてください」


 そう言ってルイーゼ様が差し出してきたのは、パーティーで使うようなおもちゃの鼻と眉毛がついた眼鏡だった。


「かしこまりました!」


 謝罪の際は、疑問や思考は捨てる。相手の要求で可能なものはすぐに対応する。これが鉄則。

 女神がみなまで言わなくても分かる。この小道具で一発芸をしろとの要求だ。

 喜々としてハナメガネを掛けて、変なポーズでおどけて見せる。


「何をふざけているんです?」


 あれぇ、はずしたかな?女神の目が冷たい。確実に氷点下だ。お笑いの賞レースなら一回戦敗退決定だ!屈辱!……なのか?


「ええと、面白くなかったですか?まぁベタと言えば超がつくほどベタですが」


「ちょっと何を言っているか分かりません。それより、今何が見えていますか?」


 いや、そんな好感度が異様に高い漫才師みたいな台詞を言われても、小道具渡して振って来たのはそっちですやん。

 と言いたい気持ちにはそっと蓋をして質問に対応する。

 ルイーゼ様に言われて初めて自分の視界の違和感に気づく。ふざけた格好で笑いを取ろうとしてスベリ倒しているアラサー中肉中背の男、つまり自分が自分の視界に映っている。

 いや、ほら、清潔感あると思うよ、うん。それになんとなく優しそう。何にも褒める所が無いと言いがちな褒め言葉だけど気にする必要なんてないよ!

 顔も好きな人は好きなんじゃないかな。30億人くらい女の人はいるんだから、一人ぐらいは……自己弁護はそれぐらいにして、この不思議な現象と向き合おう。


「これはどういうことでしょうか?」


「私の視覚と聴覚を共有する神器です。これで移動式ベッドの中にいても外の様子が分かりますよ」


 なるほど。女神様が僕を見ていたから、それが見えていたということか。声が二重に聞こえるのは眼鏡の効果で聞こえている音と実際の耳で聞いている音が重なって聞こえているからなんだろう。ルイーゼ様って未来から来た猫型ロボットみたいですね。さすが、神。


「お優しいルイーゼ様!!神!」


 女神を褒め称えるが、ピンと来ていないご様子。


「事実を大きな声で叫ばれても、どうすればいいのか分かりませんね」


 確かにそうですね……。僕も「よっ人間!さすが人類!」とか言われても困るもんな。


「まあ、あれです。大好きってことです」


 僕はかなり噛み砕いて、意味を伝える。

 ルイーゼ様は面食らった表情を一瞬浮かべたが、すぐに振り返って棺桶を引く準備をする。


「くだらないことを言っていないで、早く中に入ってください。もうすぐ人里ですよ」


 心なしか女神の声は弾んでいた。

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