第6話 どう見てもアレですよね?

「スナオさん。どうですか、この移動式ベッド!これなら気密性も高いから大丈夫ですよ!!


 ルイーゼ様は興奮気味にそう言って、大人が一人は入りそうな大きな箱を僕に嬉々として披露する。新しいおもちゃを見つけた子供のようで微笑ましい……けど、冗談で異世界を満喫していると言ったものの、僕の状況にあまりにも興味が無さ過ぎやしないか。

 女神さん、そういうところは亀上司とそっくり。こういう場合は、婉曲的に伝えても一生伝わらないので拒否されるのを覚悟して、自分の要望を伝えるのが吉!


「ルイーゼ様、一旦、体を洗いたいのですが。お風呂があれば最高ですが、贅沢は言いません。水浴びでも構いません」


 女神はまじまじと僕の有り様を見て、ふぅとため息をつく。


「何があったのかは分かりませんが、確かにその姿は見ていてもあまり気持ちの良いものではありませんね。臭いますし。近くに川があったはずです。そこで、体を清めてください」


 要望が通った!やっぱり、持つべきはブラック企業での過労経験だよね。ね?


 ルイーゼ様に案内された川は清流だった。水の透明度が高く、河岸からでも川の中で泳ぐ魚の姿がはっきりと確認できるほどだった。川の上流であり、この世界の文明レベルもそこまで高くないので、ほぼ手つかずの状態なんだと思う。

 小さな滝のような箇所があり、水の落ちる音が心地よい。

 情景にテンションがあがり、一刻も早く大蛇の体液の不快さから逃れたいという思いも加わったことで、僕は大胆な行動に出る。

 河辺にあった自分の身長ほどある大きな岩に乗り、思い切り川に飛び込んだのだ。

 大きな水しぶきがあがり、ルイーゼ様にも少し水がかかってしまった。


「ちょ!!子供じゃないんですから、はしゃがないでください!」


「いやぁ、こんな自然豊かなところ、それこそ幼い頃以来なのでテンションがあがってしまって……すみません。それにしても、すごく気持ち良いですよ。ルイーゼ様もどうです?」


 本当に気持ち良い。大蛇に汚された僕の体が、芯から清められていく。気持ちが更に乗った僕は軽く平泳ぎをしながら、冗談半分で誘ってみた。


「わ、私は結構です。わざわざ、濡れる理由がありません」


 妙に慌てて断る。様子が少しおかしい。……もしかしたら!ちょっと揶揄からかってみよう。


「あっもしかして、泳げないんですか!?大丈夫です。そんなに深くないですよ」


 その言葉に頬を一瞬で紅潮させて、女神が怒る。


「な、何を言ってるんですか。神は基本、全能です!!スナオは神を侮辱しすぎです」


「いや、なんか怪しいなぁ。泳げない女神様じゃこの先心配だなぁ」


 狼狽するルイーゼ様がなんだか可愛くて、意地悪をしてしまう。非日常でテンションがおかしくなっているのかもしれない。


「……分かりました。そこまで言うなら私が世界を統べる神に相応しい所をお見せしましょう。括目してみてください!」


 ルイーゼ様の目が怖い。

 女神は肩をいからせて歩きながら、僕が飛び込んだ岩よりも2倍は大きい岩に軽々と上り、ピンと背筋を伸ばして立った。その姿が既に女神然としていて、思わず祈りを捧げたくなるほど。

 現人神は深い呼吸を数回すると、高く跳躍した。

 空中で前回りに2回転ほどした上で、ひねりも3回ほど加えて、水しぶきは極小に着水した。

 うーん、10点!!!さすが女神様。


……

……

 なかなか、浮いてこない。

……

……

 ちょっとやばいかもしれない!!

 慌てて女神が着水した辺りで潜ると、力なくルイーゼ様が水中を揺蕩っていた!急いで抱えて河辺へ引き上げる。

女神は何度か咳き込むが、しばらくすると落ち着きを取り戻した。


「どう……でした……か、私の……飛び込み」


 ルイーゼ様は弱々しい声でそう言った。

 飛び込みはもちろん最高に美しかったです。こうなることが分かってて飛び込んだその誇り高さに何より感銘受けました!

 その思いが伝わるように、心を込めて伝える。


「さすが女神様!いろんな意味で神々しいです。でも、申し訳ありません。本当に水が苦手なんですね」


「な、何を言っているですか!私に苦手ものなどありません。理解しましたか、私が神の中の神である事を」


 平静を取り戻した女神は、頬を膨らませて怒る。何をそんなに意地を張っているのかはが分からないけど、ルイーゼ様にとってかなり大事な事らしい。


「ええ、そうですね。ルイーゼ様は完全無欠です。ところで……」


 僕が目線を下げると女神の視線もついてくる。視線の先には蠱惑的な光景が広がる。

 濡れた衣服が透けて、ルイーゼ様の冴え冴えとまばゆいばかりに白い体がほぼ露わになってしまっているのだ。それこそ、乳頭の形や色が分かってしまうほどに。


「非常に目のやり場に困る―」


 全てを言い切る前に頬に平手打ちが飛んできた。率直に伝えたことに感謝されこそすれ、暴力を見舞われるとは夢にも思わなかった。


「ふ、不敬です」




 ルイーゼ様はしばらく口を効いてくれなかったが、僕が甲斐甲斐しく火を起こし決して女神の方を見ないように大人しくしていると、衣服が乾く頃には向こうから話し掛けてきた。


「そういえば、良いものを調達してきました」


 そう言ってルイーゼ様が僕の前に、車輪のついた大きな箱をひいてきた。


「これにスナオさんが入って、私が引けば人里も移動できます。移動式ベッドですよ。とても優雅ですね」


 僕は笑顔で話すルイーゼ様もスルーして、箱の周りをぐるぐる回ってよく観察する。大人一人が寝転がって結構きつめのサイズ。極めつけは箱の蓋に描かれた何か宗教的に意味ありげな図形。それらから、ひとつの答えを導き出す。


「これ、棺桶ですよね」


「いいえ、これは移動式ベッドです!もし仮に本当にごく僅かな可能性ですが棺桶に見えてしまったとしてそれが、何かご不満ですか?いいじゃないですか、一度死んでいるんですから」


 ははは、女神のブラックジョークは面白いなぁ。

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